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5.わけあり女に優しい社訓

 ヘルメットを小脇に抱えて憎々しげな表情を浮かべているのは、先ほど一戦交えた堂家どうかティナだった。


「けっこう元気そうね、ティナ。もっと撃っとけばよかった」

「相変わらずドSでいらっしゃいますわね、梨々亜さん」

 ティナは肩で息をしながらも不敵な笑みを浮かべてみせた。


 訝しげな顔をしていた琴美も、珍妙な喋り方で「さっきの人?」と気付いたようだった。

 手に持ったままだったUSBメモリを慌てて隠す。


「あなたはバイクにお乗りになっているよりボンテージでムチを振っているほうがお似合いではなくて? こう、裸の殿方を跪かせて、ほーほっほっほっ、わたくしの足をお舐めなさぁい! といった具合に」

「どう見てもあんたのほうがお似合いよ」


 ティナとは一年前まで所属していた窃盗集団『ロードヴァルキュリア』でのチームメイトだった。

 とはいえ特別親しかったわけではなく、ティナが一方的に突っかかってくるのを梨々亜が毎回あしらっていたという関係性だ。

 年齢は梨々亜のひとつ下。今は18歳になっているだろう。


「で、わざわざ歩いて追いかけてきてまでこの子を連れ戻そうってわけ?」

 琴美がびくりと身構える。

 ティナは碧い瞳で彼女をじっと見つめたあと、心外そうに鼻を鳴らした。

「わたくしにもGFライダーとしての誇りがありますわ。マシンに乗っていない時はお仕事しない主義ですの」


 おかしな奴だが、妙な部分で真面目な奴だったということを思い出す。

 少なくとも騙し討ちのような真似はしないだろう。


「けどあんたらが大会社の社長とパイプ持ってるとは思わなかった。いつからこういう仕事も受けるようになったの?」

 しかしティナはよくわからないといった顔をする。

「わたくしはSNSを見てここに来ただけですわ。高く売れそうなデータを持っている人間が逃げていると話題になっていましたの」

「SNS……?」


「あ、あのね……」

 と琴美が照れ笑いを浮かべた。

「さっき言ったデータのこととか家出のことをちょっとSNSに書いたらなんか炎上しちゃって……位置情報とか特定されちゃって……」

「アホでしょあんた」

 少なくとも笑っている場合ではない。

 梨々亜は無意識に頭を抱えた。


 サービスエリアの駐車場に美都のトラックが入ってくる。

 さっきは気付かなかったが、フロントガラスには無数の銃痕が刻まれていた。


「途中で燃えてたのはやっぱりあんたのマシンかい、ティナ」

「ふん、ですわ」

 ティナは不愉快そうにそっぽを向く。

「次は負けませんわよ」

 そして梨々亜へ捨て台詞を吐いて休憩所の中へと消えていった。


「いろいろとごめん、ボス。おかげで助かった」

 トラックを降りた美都へ、梨々亜は頭を下げる。

 美都は気にするなとばかりに軽く肩を叩いた。


「事情は帰りながら聞くよ。さっ、マシンを積んで運転席に乗りな。あんたもね」

 言葉の最後は琴美に向けて言ったようだった。


 ◆


 トラックの運転席はかなり広いので余裕を持って三人が座れた。

 美都がハンドルを握り、真ん中に梨々亜、助手席側に琴美という並びだ。


 一度高速道路を下りて折り返し、再び入り直す。

 走っている途中、反対車線にティナのマシンが転がっているのが見えた。

 思っていたよりマシンダメージは少なかったようだ。

 しばらくするとSUVとアメリカンバイクの残骸も見えたが、乗っていた男たちの姿はどこにもなかった。


「……なので、オオサカまで連れて行ってほしいんですけど……」

 おおよその事情説明を終えた琴美が、今度は美都に懇願を始める。

「いいよ」

 美都はあっさり了承した。


「えっ! ほんとうですか!?」

 琴美は地獄で仏に会ったようにパッと表情を明るくした。

「ああ。金さえ払ってもらえりゃなんでも運ぶのが運び屋だからね。物だろうが人だろうが同じだよ」


「うわぁぁぁ社長さんありがとうございますっ!」

 感涙しそうな勢いの琴美。

「……マジ?」

 対する梨々亜は眉間に皺を寄せた。


「梨々亜、あんた明日長距離入ってただろ。行き先は」

 あえて梨々亜に言わせるように言葉を区切る。

 梨々亜は渋々答えた。

「……オオサカだけど」


 琴美が輝かせた目を向ける。

 次の美都の言葉は想像通りだった。

「荷物届けるついでにその子も連れてってやりな」

「梨々亜ちゃんっ! ありがとうっ!」

 琴美が勢いよく抱きついてきた。


「まだ引き受けるなんて言ってないけど」

「言わないのかい?」

「言うけど!」


 梨々亜は深いため息をついた。

「そりゃ、仕事だったら文句言わずにやるけどね。……それが真っ当な人間の生き方ってもんだし」

 自分を納得させるように呟く。

 真っ当に生きるというのも苦労するものだ。


「もう遅くてあんたも疲れてるだろうし、マシンの整備もあるから、明日は昼過ぎに出勤でいいよ」

「昼過ぎからじゃ日帰りはキツイでしょ」

「宿泊費も経費に入れといたげるよ。明後日は有休。出張だと思って遊んできな」


「ずいぶん特別待遇だこと。ヤバそうなことには首突っこまないんじゃなかったの?」

「それはケースバイケースさ。わけありの女には優しくしてやるってのがうちの社訓だからね」


 実際ハレダ急便には梨々亜含めてそういう女が多い。

 それはやはり美都自身もわけありだったからだろう。


 梨々亜がかつて所属していた窃盗集団ロードヴァルキュリアは美都が設立したチームだ。

 チームのボスとしてブイブイ言わせていた美都は、ある日襲撃した運送トラックのドライバーに一目惚れをした。

 そしてあっさりチームを抜けてその男のもとへと押しかけたのだ。


 現在ではその男性が美都の旦那であり、ハレダ急便の副社長でもある。

 悪事から足を洗って真っ当に生き、ふたりの子どもと旦那に囲まれて幸せそうに暮らしている美都の姿は、梨々亜のひそかな憧れでもあった。



 ◆


 トラックは梨々亜のアパートの前で一度止まり、ふたりを降ろして走っていった。


「なんであんたまで降りてんのよ」

「行くところないし泊めてもらおうかと思って。……いいよね?」

 琴美は少しだけ不安そうな顔で確認する。

「まぁ、一晩くらいだったらいいけど。どうせ一緒に行くわけだし」

 梨々亜が観念して頷くと、その顔には明るさが戻った。


「着替えとかは?」

「ちゃんと持ってきたから大丈夫」

「さすがね家出娘」


 梨々亜の部屋は一階の角のワンルームだ。

 会社から歩いて10分以内。その立地だけで選んだ部屋だった。


「わたし、友達の家にお泊まりするのって初めて!」

 琴美が楽しげに声を弾ませた。

「いつ友達になったのよ」


 念のために周囲を見回してみる。

 深夜の静けさに包まれているだけで、不審な気配はない。


 梨々亜がドアを開けると、真っ暗な部屋の奥から黒猫がトトトとやってきた。

 

「うわあああかわいいっ! 梨々亜ちゃんが飼ってるの?」

「餌やってたら勝手に上がり込むようになっただけよ」

「そうなんだー。うわー。いいなー」


 琴美は満面の笑みで黒猫を抱きかかえた。

 野良猫だがもともと人慣れしているようで、嫌がる素振りもなく腕の中で大人しくしている。


「なんていう名前なの?」

「ひじき」

 琴美はノーコメントだった。


 梨々亜は玄関を上がってすぐの扉を指す。

「先にシャワー浴びといて。そのあいだに部屋の片付けとかしとくから」

「別に気にしないよ」

「私が気にするの。普段人なんて来ないし、けっこう散らかってるから」


「彼氏とかも来ないの?」

「いないよ、そんなの」

「えぇ〜ほんとうかなぁ〜? あやしいねぇ〜」

 琴美は黒猫に話しかけるようにして風呂場へと入っていった。



 琴美がシャワーを浴び終わる頃には部屋の片付けも済んでいた。

 交代で梨々亜も入る。

 梨々亜が風呂場から出た時、琴美はソファで横になって寝息を立てていた。

 毛布を一枚かけてやって梨々亜も早々にベッドに潜り込む。


 寝転びながらスマートフォンを手に取った。

 琴美のSNSだというページを開く。

 キタムラの社長の娘であることや、重大なデータを持ち出したこと、そしてオオサカにいる母親に会いに行くことが書かれていた。


 彼女としては単なる日記のつもりなのだろうが、真偽も含めて注目を集めているようだった。

 とはいえ、ネットには似たようなデマがごまんとある。

 この程度の内容であればティナのように真に受けて行動まで起こす人間はそうそういないはずだ。

 ページごと削除してしまえばすぐに忘れ去られてしまうだろう。


 梨々亜は次に、琴美の父親について検索してみた。

 喜多村克実きたむらかつみ。快活で爽やかな笑みを浮かべた若々しい男性の写真が表示された。

 うさんくさい顔だな、というのが率直な感想だった。


 彼が緑色のグラウンドファイターに跨っている写真も出てきた。

 喜多村社長自ら新製品をアピール。という見出しと共に。


 ◆


 いつも通り、黒猫が体に乗ってくる重みで目が覚める。

 だが、なにやら美味しそうな匂いが鼻をくすぐったのはいつも通りではなかった。


 梨々亜がむっくりと体を起こすと、キッチンスペースに琴美が立っているのが見えた。

 小さな丸テーブルにフレンチトースト、スクランブルエッグ、サラダが所狭しと並んでいる。

 果たしてこれは夢の続きだろうか。


「あっ。梨々亜ちゃん、おはよ」

「……どうしたの、それ」

 まだ頭がぼーっとしているからか曖昧な質問になってしまった。

 冷蔵庫は空っぽだったはずだ。


「近くにスーパーがあったからさっき買ってきた。泊めてもらったお礼、これくらいしか出来ないけど……」

 琴美はあっけらかんとして答える。


 殊勝なのは結構だが、物騒な連中に狙われていることをちゃんと自覚しているのだろうか。

 しかし梨々亜にはそれに突っ込む気力がまだ湧いていなかった。


 琴美は湯気の立った紅茶をテーブルに置いて、満足げに写真を撮っている。

 料理以上に彼女の外見も仕上がっていた。


 ゆるふわのミディアム。大きな目をさらに強調するまつ毛エクステ。

 控えめなチーク。桜色のリップ。

 天使の羽を模したパールホワイトのイヤリング。

 大企業の社長令嬢だけあって品格のある可憐さを漂わせていた。


 対する梨々亜はバリバリの寝起きクオリティ。

 自慢の長い茶髪も今は陸に上げられたタコみたいな有様になっていることだろう。

 とりあえず布団の上で丸まっている黒猫を押しのけて、洗面所に向かうことにした。


 ◆


 滅多に自炊をしない梨々亜にしてみれば奇跡のような朝食を済ませると、琴美がリュックからピルケースを取り出した。

 中に入っていた錠剤を飲む。

 それでそのピルケースは空になったようだった。


「薬?」

「うん……ちょっとね」

 露骨にはぐらかされたのでそれ以上の追及はやめておいた。


 出かける準備をあらかた終えたとき、インターホンのチャイムが鳴った。

 梨々亜と琴美は緊張して顔を見合わせる。

 

 警戒しながら玄関を開けると、若い女警官が姿勢良く立っていた。


「特別交通機動隊の虎井杏とらいあんといいます。阿武梨々亜(あぶりりあ)さんですよね。話を聞きたいことがあるので、署までご同行願えますか?」

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