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2.エスケープ・フロム・マシンガン

 梨々亜(りりあ)は即座にフロントブレーキとスロットルを握り込む。

 後輪を滑らせてその場で180度ターン。

 アスファルトから白煙が立ち上る中、ウィリーしながら急発進した。


「きゃぁぁぁぁーっ!」

 琴美の悲鳴と連続的な銃声が耳をつんざく。


「なに!? 撃たれたの!?」

「ひゃぁぁぁぁーっ!」

「どっち!?」

「にゃぁぁぁぁーっ!」

「うるさいっ!」


 右側のサイドミラーが撃ち抜かれて砕ける。

 残ったミラーの中で、SUVがようやく方向転換をし始めていた。


 梨々亜は赤信号の交差点にお構いなしに突っ込み、車体を大きくバンクさせて左折する。

 膝のわずか数センチ下までアスファルトが肉薄した。


「さっきの奴らの仲間なの!? なんでいきなり撃ってくるわけ!?」

 琴美に当たる危険性があるにも関わらずだ。

 彼女を連れ戻すのが目的ではないのだろうか。


「ってかあんた何人に追われてんのよ」

「さっきは、四人くらいいたと思う……」

 琴美が震える声で答えた。

「一回捕まっちゃってあの車に乗せられたんだけど、信号で止まった隙に逃げ出してきたの。そうしたらさっきのふたりが追いかけてきて……」


 さっきの男女ふたりに、一瞬だけ見えたSUVの運転手とライフルを撃ってきた奴。

 それでちょうど四人だ。


 サイドミラーに車のヘッドライトが映る。


「銃を持ってて話が通じない連中の相手をするには、このまんまじゃキツイね……」


《ずいぶん楽しそうなことやってるじゃないか、梨々亜》

 耳元から美都の呑気な声が聞こえてきて、通話の途中だったことを思い出した。


「ごめんボス。ちょっとあって荷物受け取る前に逃げてきちゃったから、代わりに誰か向かわせといて」

《そりゃ構わないが。そっちの状況はどうなってんだ?》

「助けを求めてきた奴を助けたら、問答無用で銃ぶっ放してくる連中に車で追いかけられる羽目になった」


《なんとかできそうなのかい?》

「あれを持ってきてくれたらね」


 会社所有のバイクはGPSで現在地がわかるようになっている。

 梨々亜がどこを走っているかも美都は把握しているだろう。


「すぐ首都高の外回りに入る。頼んだよボス、待ってるからね」

 美都が「はっ」と短く笑いをこぼした。

《社員の分際で社長を小間使いにするとはね……。しょうがない、20分で届けてやるよ》

「そんなに早く?」

《道が空いてたらな》


 通話が切れる。

 ホルダーに収まったスマートフォンを片手運転で操作し、地図アプリに切り替えた。

 わずかに速度が落ちたことで後続車との距離が縮まる。

 夜闇に浮かぶシルエットは、間違いなくさっきのSUVだった。


「琴美!」

「は、はいっ……!」

 急に名前を呼ばれて驚いたのか、引きつった声が返ってきた。


「あんたの事情は今は置いとく。あいつらは私に銃を向けた。つまりケンカを売ったってことよ。私はそれを買う。だから徹底的に叩きのめす。……やってもいいんだよね?」

「……うん」


 ためらいがちな返事だった。

 恐らくこういった荒事に慣れていないのだろう。

 真逆の19年を過ごしてきたんだろうな、と梨々亜は思った。


「まっ、ダメだって言われてもやるけどね。そういう私だからこそ、今まで生きてこられたんだから」


 ◆


 SUVのしつこさは凄まじかった。

 あえて細い路地を通ったり急なUターンをして振り切ったと思っても、またすぐに追いつかれてしまう。

 梨々亜は手はず通り高速道路に入った。


 広く真っ直ぐな三車線道路をスロットル全開でひたすら加速していく。

 深夜のため他の走行車がほとんどいないのが救いだった。


 スピードメーターの表示が130キロを超える。

 高速道路に入るのはある意味では賭けだった。

 街乗り用ネイキッドバイクの最高速度はこの辺りが限界だ。

 スピード勝負で勝ち目はない。


 片方しかないサイドミラーの中で、ヘッドライトが徐々に大きくなっていく。

 射程距離に入ったと見たのか、再びSUVがライフルを発砲してきた。

 梨々亜はバイクを左右に振って逃げ続ける。

 フルフェイスヘルメットの中は冷や汗で湿っぽくなっていた。


 インターチェンジをふたつ通り過ぎた頃、追走車がもう一台増えていた。

 二人乗りの大型アメリカンバイクだ。

 馬力にものを言わせてぐんぐんと梨々亜たちのネイキッドバイクへと迫ってくる。


 スーツ姿のガタイのいい男がハンドルを握り、細身の女がタンデムシートに跨っていた。

 梨々亜は先ほど路上で倒したタヌキ顔とキツネ顔の男女を思い浮かべる。

 だがタンデムシートの細身の女がサブマシンガンを持っていることに気付き、すぐに余計なことを考えるのをやめた。


「まずっ……!」

 SUVとアメリカン、二方向からの集中砲火が襲いかかってくる。

 もう避けきれない。

 当たるのも時間の問題だ。


 その時。

 前方に一台のトラックが走っているのが見えた。

 『ハレダ急便』の文字と、太陽をあしらったロゴマークがヘッドライトによって浮かび上がる。


「ボス! 信じてた!」

 梨々亜は思わず安堵の声を吐いた。

 自然と口元に笑みが浮かぶ。


「琴美、逃げるのはもうおしまいよ」

「えっ? おしまい!?」


 なにか勘違いしたのか、悲痛な声が返ってくる。

 梨々亜は好戦的に声を弾ませた。


「あいつらにも教えてやるのよ。私に銃を向けて無事だった奴はいないってことをね!」


 今までは防戦一方だったが、美都が運んできてくれた梨々亜の愛車に乗り換えればこちらも戦える。

 グラウンドファイターと呼ばれる戦闘用武装バイク。

 それに乗りさえすれば、梨々亜に敵はいない。


 マズルフラッシュを瞬かせながらチェイスを繰り広げる三台は、見る見るうちにそのトラックへと接近していった。



《まだ無事みたいだね、梨々亜》

 ヘルメット内蔵のインカムからノイズ混じりに美都の声が聞こえてきた。

 前方のトラックが一瞬だけハザードランプを灯してみせる。


「さすがボス。時間ぴったりの配送ね」

《何年この仕事やってると思ってるんだい? ギリギリまでそいつらを引きつけてブレーキするよ。後ろから乗り込みな》

「了解!」


 梨々亜は雨あられと降り注がれる銃弾をかわしながらトラックの真後ろにつける。

 冷や汗はいつのまにか引いていた。


「琴美、死ぬ気でつかまってなきゃ吹っ飛ばされるよ」

「えっ?」

《今だ!》


 美都の合図と共に、梨々亜のバイクとトラックは同時に急ブレーキをかけた。

 強烈な逆Gがかかり、ブレーキディスクが悲鳴を上げる。

「ぐえっ!」

 と琴美もうめき声を上げた。


 予期せぬ行動に対応できなかったのか、追走していた二台は最高速のまま梨々亜たちを抜き去っていった。


 トラックの後部ハッチが開け放たれる。

 テールゲートがアスファルトに擦れて火花が散る中、梨々亜はバイクごと荷台に突っ込んだ。


 ◆


「ぐずぐずしてる暇ないよ、琴美」

「ちょ、ちょっとまって……何がなんだか……」


 梨々亜は荷台の隅にネイキッドを乗り捨て、すぐさま奥に固定されている白銀のマシンに取り付いた。


 一見するとサイドカー付きの大型スポーツバイク。

 しかし一般的なスポーツバイクよりも前後に長く、より流線的なボディをしている。

 厚いカウル。尖ったフロント部分。

 後部に小さなウイングのついたそのフォルムはさながら戦闘機のようだ。

 ふたつのタイヤは、さっきまで乗っていたネイキッドの倍ほども太く、大きい。

 サイドカーに搭載されているのは座席ではなくウェポンコンテナだった。


「グラウンドファイター……!」

 マシンを見た琴美が驚きとも困惑とも言えない呟きを漏らした。

「梨々亜ちゃん、GFライダーだったの……?」


 トラックが大きく蛇行運転をし始め、荷台の外から断続的な射撃音が響く。

 梨々亜たちの代わりに集中砲火に晒されているのだ。


《梨々亜、こっちは一分だって保たないよ!》

 無線から聞こえる美都の声も切迫していた。

「わかってる! 琴美、早く乗って!」

「う、うん」


 梨々亜は固定器具の解除を手早く済ませて、白銀のグラウンドファイター、『バイスデヴァステイター』に跨る。

 本来二人乗りは想定されてないが、シートが広いこともあってどうにか女二人分の尻を収めることができた。


「『バイスデヴァステイター』、イグニッション!」

 キーは存在しない。

 梨々亜の声を認識し、両脚の間でエンジンが始動する。

 狭い荷台の中に脳を揺さぶるほどの爆音が響き渡った。

「反撃開始よ」

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