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12.アウト・アンド・アウト

《ははは、この強化ボディにそんな豆鉄砲は通じないよ。もちろんミサイルもだ》

 克実は高らかに勝ち誇ってみせる。

 レールガンなら通るかもしれないが、あいにく弾切れだ。

 今の装備では打つ手無し。


 だが、克実のテクニックが素人並だというのはもうわかっていた。

 梨々亜についてこれているのは『グリューンハスラー』なるグラウンドファイターの性能が優れているからだ。

 そういう相手なら対処法はいくらでも考えられる。


「ボディの凄さはわかったけど、スピードのほうはそうでもないみたいね。いくら硬くても遅かったら私の逃げ切り勝ちよ」

《試してみようか?》

「出来るもんなら」


 梨々亜はマシンを加速させつつ、正面パネルに表示されているナビマップに目を走らせる。

 ひとつ先のカーブの下を山道が通っていた。

(いけそうね)


《『レルへドルヒ』オン!》

 『グリューンハスラー』が発砲。

 だがタイミングが荒い。

 目を閉じててもかわせる気がした。

 流れ弾が、あやうく前方のトラックに当たりかける。


「パパ! わたし、もう嫌なの。あんなことしたくないの! だから……」

《そのわがままさは間違いなくあの女の遺伝子だね。まったく……困らせてくれる》


 琴美はなんとか説得でこの場を収めようと奮闘している。

 しかし克実に聞く耳はまったくないようだった。


《結婚したのが失敗なら君みたいな子が出来たのも失敗だった。もっと素直で優秀な子が良かったよ》

「パパっ……!」

 琴美は首を絞められたように息を詰まらせた。


「あんた……それ以上言ったらマジで許さないよ」

《ははは、君の『バイスデヴァステイター』の装備では僕の『グリューンハスラー』には勝てない。それをわかって言っているのかな?》

 

 左車線ギリギリに退避するトラックを抜き去ると、前方に通行車がいなくなる。

 ゆるやかな右カーブが見渡せた。


「『ヴィルトアクスト』オン!」

 梨々亜の声を受けて右リアカウルに装備された小型ウェポンコンテナが展開。

 六連装レーザー誘導ミサイル『ヴィルトアクスト』が発射された。


 しかし狙いは後ろではなく前。

 アウト側のガードレールを吹き飛ばし、車一台分ほどの隙間を作る。

 梨々亜はその隙間から道路外へと飛び出した。


「『バイスデヴァステイター』、オフロードモード!」


 梨々亜の声を認識し、前後のフェンダーが大きくせり出す。

 同時にサスペンションが伸びてタイヤの位置が下へ移動。

 空中で変形を終えた『バイスデヴァステイター』が、高架下の砂利道にしなやかに着地した。


 梨々亜はアクセルを緩めず、そのまま未舗装の山道を駆け上がっていく。


《『グリューンハスラー』、オフロードモード!》

 克実も同じように高速道路から飛び出して追いかけてきた。

(よし)

 梨々亜の目論見通りだった。


 狭くうねった山道を二台のグラウンドファイターが土を巻き上げながら走る。

 右は壁のような山肌。左は切り立った崖。

 ほんのわずかでもバランスを崩せば谷底へ真っ逆さまだ。


《逃がさないよ。新設計のサスペンションとオートバランサーで悪路でもこのマシンのパフォーマンスは保証されているからね》

「すごいマシンね。もう少しで買っちゃいそう」

《だろう?》

「けど、そのピカピカの新型を持ち出してきたのがあんたの敗因よ」

《何……?》


「親子の問題解決させるためにアウトロー雇うなんてカタギのすることじゃない。連中に追いかけ回される気持ち、あんたにも味あわせてあげるよ」


 梨々亜は無線を操作し、アウトローたちが使っている周波数で呼びかけた。


「キタムラの社長が山道で新型GFのテストやってるみたいだよ! 見るからに高く売れそう。一台だけだ、早いもん勝ちだよ!」



《いたぜぇ、見たことねぇマシンだ!》

《俺が先に見つけたんだから俺のもんだ!》

《早いもん勝ちだろ!》


 やがて前方から三台のグラウンドファイターが走ってくる。

 梨々亜のマシンには目もくれず素通りし、克実のマシンへと大量のミサイルを撃ち放った。

《な、なんだ……!》

 緑色のグラウンドファイターは直撃を受けながらも無傷で爆炎の中を走り抜ける。


 さらに二台のグラウンドファイターが山肌を駆け下りてきて、克実へと機関銃を浴びせかけた。

《ぐうぅっ……!》


 強化ボディと自慢するだけあって、五台から集中砲火を受けてもマシンにダメージはないようだった。

 しかし破壊はされなくとも、克実に奴らを振り切るほどの腕前はない。

 そしてこの狭い道では逃げ場もない。


「せいぜい崖から転落しないよう気をつけることね」

 梨々亜は袋叩きに合う克実のマシンを尻目に、悠々と山道を駆け上がっていった。

《まっ、待て……! 琴美……!》


 ぐねぐねと曲がるカーブを抜けるたびに、ミラーの中で緑色のグラウンドファイターが小さくなっていく。

《この『グリューンハスラー』が、最新鋭のマシンが、こんな連中に…………》

 やがてその姿が完全に消え去り、無線からも声が聞こえなくなった。


 激しい爆撃の音だけが遠い山間にこだまする。


「さよなら、パパ……」

 琴美は心配そうな目で後方を眺めていた。


 酷い男だが、彼女にとっては紛れもない父親だ。

 憎んでも憎み切れない

 その心境は複雑なのだろう。

 そうでなければ、データを持って家を出た時すぐ警察にでも駆け込んでいたはずだ。


「まっ……殺されることはないと思うけど」

 その姿にいたたまれず、梨々亜はつい口を開いた。

「捕まえて身代金せびったほうが儲かるからね」


「うん……」

 しかし琴美は山を下りるまで沈痛な表情で振り返り続けた。


 ◆


 トーカイドーハイウェイに戻った梨々亜たちを追ってくる者は、今度こそいなかった。


 海と見紛うばかりに広大な琵琶湖沿いを走り抜け、キョートに入ったことを示す看板の下を通り過ぎる。

 目的地であるオオサカは目の前だった。


「ねぇ梨々亜ちゃん……温泉行かない?」

 琴美の唐突な誘いに、梨々亜は「はぁ?」と間の抜けた声を返した。

「さっきの山道で砂とかかぶっちゃったし、わりと汗もかいてるから、この状態でママに会うのもちょっとどうかなって思って……」


 梨々亜にしてもハードな道程だった。

 何度冷や汗をかいたかわからないくらいだ。

 一度汗を流すというのは魅力的な提案に思えた。


「だめ……かな?」

 とはいえ今はあくまで仕事中だ。

 今日中に届けなくてはならない荷物もある。

 と、昨日までの梨々亜なら、即座に却下していただろう。


「まぁ……ちょっとくらいだったら、いいけど」


「ほんと? やった! すぐ近くに温泉あるんだって。さっきのサービスエリアでパンフレット見てきたの」

「目ざといわね」


 ナビマップを見ると、次のインターチェンジのすぐそばにその温泉施設があった。

 関西地方はグラウンドファイターに対する規制が緩いため、一般道でもほとんどの場所で走行ができる。

 湯船に浸かって引き返してくるだけならさほどタイムロスにはならないだろう。


 追っ手を警戒してかなりのハイペースで走ってきたため、時間的な余裕はたっぷりあった。

 しかし寄り道を受け入れたのは、心のどこかでまだオオサカに着いて欲しくないと思っていたからだった。


 梨々亜はその気持ちを懸命に遠ざける。

 目的地に着くということ。

 それはふたりの別れを意味していた。

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