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11.梨々亜の告白

 梨々亜はテーブルを蹴り上げた。

 脚の低い木製テーブルが宙を舞い、克実の視線を一瞬だけ隠す。

 その隙で充分だった。


 発射された弾丸がテーブルを貫き、ソファに埋まり込む。

 梨々亜は克実の側面に回り込んでいて、もうそこにはいなかった。

 テーブルが床に落ちてけたたましい音が鳴る。


 克実が銃を狙い直すよりも速く、梨々亜がハイキックを放った。

 顎に直撃。

 克実が目まいを起こしたように倒れ込む。


 梨々亜は転がった銃を遠くへ蹴り飛ばすと、テーブルを拾い上げる。

 そして四つん這いになっている克実の後頭部へ思い切り叩きつけた。


 意識を失ったらしい彼の首根っこをつかんで、隣の部屋へと引きずっていく。

 その姿を見た白衣の男たちは驚きと恐怖で完全に固まっていた。


「その子は返してもらうよ。それから、薬、ありったけよこしな!」


 抵抗する者はいなかった。


 ◆


 眠っている琴美を背負って駐車場に出た梨々亜は、『バイスデヴァステイター』のサイドカーに彼女を座らせる。

 ヘルメットを被せようとした時、琴美の目が薄く開いた。


「梨々亜ちゃん……」

 消え入りそうな声だったが、苦しそうな様子はなくなっていた。

「パパの声が聞こえた気がしたんだけど……」


「あんたの代わりにぶん殴っといたよ」

 テーブルで、とは言わないでおいた。

「薬もここにあるから。心配ないよ」

「……そっか」


 琴美はそれ以上のことを言わなかった。

 おおよその事情を梨々亜が知ったということを悟ったのかもしれない。


「梨々亜ちゃんはすごいな……いつもわたしを助けてくれる」

「あんたがピンチになりすぎなのよ。会ってからまだ一日だってのに、何度目よ」

「えへへ……」


 琴美は苦笑いをしつつも、安堵したように顔を綻ばせた。


「じゃ、行くよ」

 梨々亜はシートに跨り『バイスデヴァステイター』を始動させる。

「と……その前に」


 駐車場に停められている無人のヘリにフロントを向けた。


「『ヴィルトアクスト』オン!」

 右リアカウルに装備された小型ウェポンコンテナが展開。

 六連装レーザー誘導ミサイル『ヴィルトアクスト』が一斉射され、ヘリを爆破した。


 これでもう追ってくるものはないはず。

 梨々亜はスロットルを握ってハイウェイへと走り出した。


 ◆


「ひどい父親もいたもんね。逃げ出してきて正解よ」

 琴美への負担も考えて時速100キロ近くで走行中。

 返事はなかった。


「琴美……?」

 琴美は目を閉じて深くうつむいている。

 一緒ひやりとするも、ヘルメット同士をつなぐ無線からは安らかな寝息が聞こえていた。


「親のいる奴には、いる奴なりの苦労があるもんなのね……」

 梨々亜は構わず喋り続ける。

「……私の父親は、どんな人だったかな。正直よく覚えてないんだよね」


 思春期に入ってからは顔を合わせることすら避けていた。

 だが今となっては、もっと話をしておけばよかったと思っている。


「母親は、しつけとかに厳しい人だった。でも私はちゃんと言うこと聞いてたから、もっぱら妹が怒られてた」


 もし今の怠惰な生活を見られたらひどく怒られていたに違いない。

 妹はおてんばだったが頭も良かったので、年相応の落ち着きが出てくれば真面目な子になっていただろう。


 単調に過ぎていく高速道路の景色を眺めながら、頭の中には二度と戻らない日々がよぎっていく。


「もう何年も前に死んだ。家に押しかけてきた強盗に、家族みんな、撃ち殺された」

 そのことを他人に話したのは数えるほどしかない。

 心の奥にしまい込んだ、踏み込んでほしくない部分。

 そしてなにより梨々亜自身が思い出したくないことだった。


 先ほど梨々亜が知った琴美の事情は、恐らく琴美にとって知られたくなかったことなのだろう。

 秘密を知ってしまったことに対して、申し訳なさと罪悪感がこんこんと湧き出していた。


 時間が経つにつれ、それがトゲとなって胸の内を刺し始める。

 そのトゲの取り方を梨々亜は知らない。

 彼女が寝ているのをいいことに、梨々亜は燻った気持ちを吐き出し続けた。


「その時から、銃が怖くてしょうがない」

 銃口を向けられると否応なしにトラウマがよみがってくる。

 その根源的な恐怖を振り払うために、衝動的にやり返してしまうのだ。

 誰も梨々亜を守ってくれない。

 降りかかってる脅威に対して、自分の身は自分で守るしかない。


「つらいことがあっても明るくしていられるってさ、あんたすごいよ。……私には無理だ。忘れようと思っても、やっぱり出来ない」


「……忘れなくてもいいと思う」

 不意に発せられた琴美の声に、梨々亜はぎょっとして運転を誤りかけた。


「あんた……起きてんだ」

 平静を装ったが、みるみるうちに顔が熱くなっていく。

 ヘルメットをしていてよかったと思った。


「梨々亜ちゃんが優しいのは、つらいことを知っているから……つらい人の気持ちが誰よりもわかるからなんだね」

「私は優しくなんかないよ」


「ううん。梨々亜ちゃん、初めて会った時からずっと寂しそうな顔してた。そういう人は優しいんだよ」

 琴美は穏やかな口調で断言する。

 不思議と反論する気にはなれなかった。

「だからわたし、助けてくれるかもしれないって思ったの」


「そんな顔、してた?」

「うん」

「私、嘘つくの苦手だからね……あんたと違って」

「そうだね」


 琴美はくすくすと微笑んだ。

 梨々亜の口元も自然と綻ぶ。

 胸に刺さっていたトゲはいつしか消えてなくなっていた。


 ◆


 周囲の景色が山肌によって隠れ始める。

 梨々亜たちはギフ、シガ、ナラの三県に隣接する県境に差し掛かった。


 高速道路とはいえカーブが多く、あまりスピードを出せない区域が続く。

 さらに交通の要衝でもあるため積荷を狙おうと待ち伏せしているアウトローが多いことでも有名だ。

 運送業者にとっては緊張感が最大まで高まるポイントだろう。

 

 サイドミラーに緑色のグラウンドファイターが映ったのは、まさにその時だった。


 ◆


《残念だったね、この『グリューンハスラー』は耐火、耐衝撃の強化ボディを採用した最新鋭機なんだよ》

 無線を通じて、なにやら得意げな男の声が聞こえてきた。

《ヘリは破壊できても、中に積まれていたこのマシンだけは破壊できなかったようだね》


「パパ……!」

 琴美が振り返って呟いた。


 ヘルメットで顔は判明しないが、高級そうなビジネススーツには見覚えがある。

「現場主義な社長ね」

 痛い目に遭わせられたにも関わらずひとりで追いかけてくる根性だけは認めてやろうと思った梨々亜だった。


《忘れたのかい、琴美》

 緑色のグラウンドファイターが車列を縫うようにして迫ってくる。

《男を作って勝手に出て行ったのはあの女のほうだ。君も捨てられた立場なんだよ》


「そんなことない……!」

 琴美は首を振って懸命に否定した。


《今さら会いに行っても傷付くだけだ。君の居場所は、結局僕のところにしかないんだよ》

「あんたが旦那だったら私だって他の男つかまえたくなるね」

《部外者は黙っていてもらおう!》


 克実の口調に先ほどまでの余裕はなかった。

 焦っているのか、あるいは運転中は性格が変わるタイプなのか。


《『レルヘドルヒ』オン!》

 緑色のグラウンドファイターが突如としてフロント部に装備された13ミリ機関銃『レルヘドルヒ』を撃ち放つ。

 梨々亜はハンドルを切って回避するが、流れ弾が前を走っていたセダンに直撃した。


「部外者巻き込んでんのはどっちよ!」


 操縦不能となったらしいセダンが煙を吐いて真横から迫る。

 梨々亜は瞬時の判断で、一気に加速してすり抜ける。

 直後、ガードレールにぶつかったセダンが爆発炎上した。


 広がった爆炎の中から、緑色のグラウンドファイターがふらつきながら飛び出してくる。


「第一、琴美に当たったらどうするつもりだったのよ!」

《心配いらないよ。この程度では死なない体に仕上げある》

 克実はこともなげに答えた。

《君が死んでも琴美だけは無事に済むから安心してくれたまえ》


「パパ、やめて!」

《ああ、やめてあげるとも琴美。君が帰ってくる気になったらね》

「それは……」

「なるわけないでしょバカ!」


《なら僕の手で連れ帰るまでだ。『レルヘドルヒ』オン!》


「『アドラプファイル』オン!」

 後方からの射撃を軽々と回避しつつ、左リアカウルに装備された20ミリ機関銃『アドラプファイル』で応戦する。

 緑色のグラウンドファイターは、弾丸すべてをボディで弾き飛ばしながら直進してきた。

(効かない……!?)


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