ターニャの計算違い
ターニャ令嬢視点です。
「いやダメだよターニャ、平民は侍女にできないんだ」
「え?」
その時、サッカムの言葉に私は耳を疑った。
全ては予定通りのはずだった。
シナリオの通りにサッカム王子をパラ上げしてゲット。まぁ、悪役令嬢がなぜか何もしてこなくて、まさかネットによくあった「ざまあ」展開かと警戒したのだけど、全体からすると些細な違いのはずだった。
悪役令嬢は私、つまり主人公を傷つけた事で王子様の怒りを買い、平民に落とされたあげくに追放される。
その後、さすがに追放はあんまりだと主人公が手を差し伸べるんだけど、見つかったレナは見知らぬ暴漢に汚されていて、もうお妃様にはなれない身体になっていて。
戻った国王夫妻は王子様の勝手な行動に怒るのだけど、レナ嬢の罪を知って考えなおして。
主人公とめでたくお姫様となり、後に王妃様になって輝かしい人生を。
そして、レナはお姫様の一番下の侍女として、かつて足蹴にしていた侍女たちに嘲られながら惨めな一生を……というのがストーリーなのね。
なのに、どうしてお妃様になった主人公が、レナを侍女にできないわけ?
おかしいじゃないの。
「ターニャ、王宮侍女は貴族子女の社会勉強の場という側面もあるんだ。だから本職・短期含めて平民はいないし、これを覆す事は父上や俺でもできない。宮殿の安全管理に影響するからね」
「サッカム様がじきじきに指示なされば、ひとりくらい問題ないんじゃ」
「本当にやさしいな君は。自分をいじめ抜いた女を手元で保護してやろうなんて」
「……」
「俺としても、できればそうしてやりたい。
だけど無理なんだよターニャ。宮殿のセキュリティは職務上、王族の権限すらも上回るから。わかってくれ」
かわいく甘えて見せたけど、サッカムは目尻を下げつつもそこだけは絶対に譲らなかった。まるで何かを恐れているみたいに。
いったい、なんなのよもう。
まぁ仕方ないか。残念だけど、サッカムが動かない以上無理強いはできないし。
さて、それじゃあこれからの事を改めて確認するわね。
ちょっと甘ったるすぎる気はするけど、主人公は必ず報われる運命。
悪役令嬢の破滅も決まってる。
そして、わたしはよくいる逆ハー狙いの自爆女みたいな事はしない。狙いはサッカムただひとり。
え?なんでって?
そりゃあもちろん、確実に王妃様になるためよ。
あのゲーム『ドキドキ森のターニャ姫』には確かに逆ハールートがあって、たしかに人気があった。
だけどね、実は逆ハールートには後日談がないの。
そう。
他のエンディングにはちゃんと後日談があるのに、逆ハーだけはない。そして確か制作元も「さて、どうなるでしょうか?」と言うだけで何も語らなかったのよね。
わたしは、ここがとても重要だと思うの。
ここは要注意だと思う。
きっと、いきなり逆ハーするのはやめとけって事じゃないかしら?
本当に逆ハーしたいなら。他の攻略対象も欲しいなら。
それはちゃんと自分の足場を固めてから、じっくり時間をかけてやるべきだってね。
それに実際、この世界は確かにゲームの世界っぽいんだけど、全部そっくりってわけじゃない。なんか微妙に違うのよ。
たとえば、今の侍女の件もそう。
それから、悪役令嬢のいるテルル家だけど、ただの侯爵じゃないみたい。きいた話によると辺境伯の上に位置するような家柄で、一騎当千みたいな凄い人がたくさん輩出してる武門の家なんだって。
テルル家にそんな設定があるなんて初耳もいいとこよ。どうなっているの?
それだけじゃなくて、他の攻略対象にも、そして悪役令嬢本人にも色々違いがあった。
お高く止まってるって話も全然きかないし、取り巻きも連れてない。
むしろ、裏庭にいると小鳥や小動物がたくさん集まってくるので『小鳥の君』なんて言われているらしい。
なにそのダッサいアダ名。
生き物が寄ってくるとか、プッ、アハハハ、どこの田舎者だってのよ。
でも、困るのよねえ。
いじわるもして来ない、というよりそもそも学校で出会う事がない。
さらにいうと、武門の家らしく本人も鍛えているみたい。なんでも、見た目はしなやかで腰もほっそりとしているのに、腹筋割れてるって噂も。
なんで肝心の悪役令嬢がそんなありさまなわけ?
とどめに。
王様ご夫妻が諸国訪問ってどういうこと?
国事行為で各国を固めてまわって外交しているなんて、そんな展開知らないわよ。
王様なんて、ドーンと座って偉そうにするものでしょう?外交なんてヲタネタ、乙女ゲームに持ち込まないでよ。
ゲームでは偶然何度かお忍びのご夫妻にお会いするイベントがあるはずなのに、国外にいるんじゃどうしようもないし。
ね、おかしすぎるでしょう?
ここまで来てもなお、ゲームと全く同じになると思い込むほど、わたしはお花畑じゃないわ。
ハーレムのことは棚上げ。
お楽しみは王妃様になってからにする事にして、今はサッカム王子だけに注力した。
罪の捏造自体は簡単だった。
誰がやったか知らないけど、イタズラ自体はあったからだ。令嬢本人のいる時間と合わないし、取り巻きも連れていない彼女がやった可能性は低いと思うんだけど、そんなことは関係ない。
誇張のため、わざわざ切り裂いたノートを見せて悲しい顔をしていれば。
それだけで王子は、レナ嬢が犯人だと勝手に判断してくれる。
さあ、問題はこの後ね。
筋書きはこう。
令嬢との婚約は勅命、つまり王様の命令で行われたものだから、婚約破棄にも勅命が必要なんだって。
よく知らないけど、これにはインジっていう特別なハンコが必要で、まぁこれは王太子であるサッカムなら何とかできるらしい。つまり、おふたりのいない時に勅命の書類を作成して、サッカムが代理として婚約破棄命令を出すんだって。
そうやって婚約破棄とあの女の追放を先に実行してしまう。
本当は国王じゃないのでもちろん叱られる。だけど、そこは説得してみせるとサッカムは微笑んだ。
「でも大丈夫なの?国王様の名前でそんな命令を勝手に出しちゃって」
「勅命っていうのは重いんだよターニャ。内外にも通達されるしね。
なのに『今の婚約破棄ナシね!』なんて訂正を簡単に出せると思う?そんなことしたら国としての信用ガタ落ちだよ。
つまり」
「出したもの勝ちってこと?」
「当たり前だけど、なんでも許されるわけではないよ?
ただ今回の場合、事情が事情だからね。あの女を放っておいたら何をはじめるかわからないんだから、すぐにでも処理してしまわないとね」
「うん」
なるほど。
多少は事情が違うみたいだけど、その分だけサッカムが原作より頼もしいなんて。
心強い限りね。
首をかしげると、サッカムは微笑んで言った。
「よし、じゃあ始めようターニャ。君を傷つけるものを俺が取り除いてやる」
だけど、それは地獄の入り口だった……。
婚約破棄は予定通りにうまくいった。レナ・テルルも平民に落としたうえ、身ぐるみ剥ぎ取ってお城から追い出した。
ふふ、あの子の身につけてたアクセサリー、なかなか良かったのよねえ。
もちろん、装身具については全てわたしに持ってくるよう手配してある。
未来の王妃様が大事に使ってあげるから、感謝しなさいよね。
なのに。
「殿下!大変です!」
「どうした?」
「れ、レナ嬢の装身具は全て魔道具でした!」
「え?」
なにそれ?
「誤って身につけた侍女のひとりが昏倒、ひとりが全ての魔力を封じ、手足を拘束されました。身辺防衛用の非常に強力なもののようです!」
「まて、その手の魔道具ならそもそも本人から外せないんじゃないのか?」
その時、魔道士の格好をしたおじさんが近づいてきた。
「殿下、推測を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「なんだ、申せ」
「おそらくレナ嬢の改造でしょう。彼女は魔導文字の知識も我ら宮廷魔道士なみかそれ以上ですから」
「なんと、魔道具を改造したというのか!?」
サッカムが驚いている。
魔法や魔術で、そんなことできるものなの?わたしにはよくわからない。
でも、ひとつだけわかる事がある。
つまりあの子、身の危険を感じて仕掛けを入れておいたって事か。
うわぁ……やっぱりゲームのレナ・テルルと違って油断ならないわ。
でも大丈夫。
攻略対象のひとり、暗部にコネのあるニールセンに頼んであるから。
いくら武門の人でもお嬢様には違いないもの。国家直属のプロにかかれば、さすがにどうしようもなく一発でボロボロでしょ。
ふふふ。
誰とも知らぬ男に嬲られまくって、ボロボロのレナ・テルル……わたしを見上げてどんな顔するかしらね。
ん。
やっぱり、腹ボテになるまでどこかに監禁させて、いいところでお城に引き上げさせようかしら。ぶち抜かれた直後とくらべて、どっちが見てて楽しいかしら?
ふふ……ほんと、楽しみだわぁ。
だけど。
「見失った?」
「ええ。少しは予想してましたが……さすがテルルの娘というべきか」
ニールセンの信じられない報告を受けたわたしは、めまいがする思いだった。
まさか国のプロが、非武装の小娘一匹取り逃がすなんて。
「ニールセン、レナを追わせてたのか?」
「はい殿下、いかに平民に落としたとはいえ元テルルの娘ですから、身柄の確保はしておくべきと思ったのですが」
気を利かせて、わたしの依頼だという事は隠してくれているようだ。
「なぜ見失った?鍛えているかもしれんが、たかが小娘じゃないか。おまえのとこが動いたんなら」
「いえ、あれは無理です殿下。この国の兵士も、そして特殊任務に着く者でも、あれを追える者はいないでしょう」
「どういうことだ?」
「殿下。レナ嬢は森を通れるのですよ。武装なしで。
途中、出会った森の魔物たちはレナ嬢を全く襲いませんでした。それどころか、彼女をかばって追いすがる我々を攻撃してきました」
「……なんだと?」
ニールセンの言葉にサッカムが唖然とした。
「ど、どういうことだ?まさかあの女は魔物だったとでも」
「いえ、テルル家の者ですから例の能力かと」
「?」
「殿下……まさかご存知ないのですか?」
「何がだ?」
「テルル家は代々、かつて当代最強と言われた魔獣使いの血が流れているのです」
「あ?初代テルル家の妻が森の魔獣使いだって件だろう?それは当然知ってるが、それがどうかしたのか?」
ニールセンがなぜか唖然としていて……そして大きくためいきをついた。
「テルル家があの森を領地しているのは、初代があの森の娘だったからではないのですよ殿下。
初代の血縁か、あの家は代々、とびっきりの魔獣使いの血が流れているのです。今代当主は違いますが、当主の妹がやはり魔獣使いとなっている。
そして、おそらく……こちらの情報が正しければ、次代の血をもつのはレナ嬢だったのでしょうな」
「何を言いたい?ニールセン?」
意味ありげにためいきをつくニールセンに、サッカムが眉をしかめた。
「これで、テルルの血を国外流出させてしまう可能性が高くなったと言いたいのですよ」
「はあ?」
「わからないのですか殿下?
あなたの婚約破棄、そして彼女を平民に落とした上での追放。
かりに無事に生き延びたとして……レナ嬢がこの国に残ると思いますか?
私なら間違いなくこのまま出奔しますな。
何しろ、森の魔物が彼女を襲わないのなら……どこからでも国境を越えられますしね」
「バカな!貴族が勝手に外国に逃げたりすれば!」
「貴族?違いますよね?」
「……」
「そう、彼女はもうこの国の貴族ではない。他でもない殿下、あなたが彼女を平民に落とし、さらに死よりも残酷な刑にかけてこの国から叩き出したんだ」
「まて、貴族でなくしただけだ!」
「貴族の娘を突然に平民に落とし、身分を証明するものも一切とりあげて城から叩き出す。その意味がわかっておられますか?
普通はまず生き延びられない。その日のうちに殺されるか、身も心もボロボロにされて売られるでしょう。
つまり、あなたがやったのは貴族の娘にとり、断頭台に送られるよりもはるかに残酷な事なのですが……その自覚がおありですか?」
「……それは」
「自覚もなくやったのですか。まったく、おろかな話だ」
「しかし、あれは無事逃げおおせたのだろう?」
「無事だったからって、自分のやらかした事がナシになると?」
「……」
えっと、なんだか話がワケわかんないんですけど?
「あの、それで結局彼女はどうなったのかしら?」
「さて、わかりませんね。
というより、そもそもあれほど森に親和性が高いなら、このまま森を通って国境越えの可能性もあります。無理ですな」
「指名手配だ!ただちに告知を出せ!」
「侯爵令嬢だった娘を平民にしたうえに町に叩き出して、さらにそれを国を上げて追跡すると?他国がどう思われますかな?」
「……ニールセン、貴様さっきから何を言いたいのだ?」
「ではハッキリ言わせてもらいましょう。
これ以上問題をややこしくしたくなければ、余計な真似をするな。それが一番です」
「どういうことだ?」
「おわかりになりませんか……やれやれ」
ニールセンはためいきをつくと「もう結構です、失礼します」と踵をかえした。
「まて、話は終わってないぞニールセン!」
「終わりですよ殿下。もうあなたに話す事は何もね」
「な……!?」
なんとそのまま、ニールセンは立ち去ってしまった。
わたしは、立ち去っていくニールセンの姿に妙な違和感を覚えていた。
「ターニャ?どうした?」
ふと気づくと、サッカムが眉をしかめてわたしを見ていた。
「いえ、ちょっと気になった事が……気のせいかしら?」
「ほう?何があった?」
「いえ、ニールセン様の態度を見て、何か違和感というか」
「それで奴を見てたのか……確かに、アレがあんな応対するなんて珍しいな」
「はい」
首をかしげていて、ふと横を見るとサッカムが苦笑していた。
「あの、サッカム様?」
「気になるのはわかるが、俺以外の男を見ているのは」
「え……ああすみません、そうじゃないですからっ!」
アタフタしていたら、なぜかサッカムに大笑いされた。
なんなのよ、もう。
でも。
残念だけど、それは笑い話にはならなかった。
翌日、ニールセンがいきなり出奔したのがわかり、大騒ぎになったからだ。
そっか。
じゃあやっぱりアレ、ニールセン出奔ルートの絵だったんだ。
ゲームの記憶の中にあったのよね。
ニールセンルートのバッドエンドなんだけど、彼が国を出ていってしまうというもの。
あれのスチールそっくりだったんだ。
ん?でも、どうして違和感?
……!?
そうよ、ニールセンが出奔って大変じゃないの!
ニールセンは攻略キャラではあるけど同時に、サッカムルートのキーパーソンでもあるの。
彼は変人の宮廷魔道士だけどサッカムがお気に入りで、サッカムも彼をとても重用しているのよね。そしてサッカムルートでは、国王陛下ご夫妻の説得の時に援護射撃もしてくれる、本当に重要人物。
彼が欠けている状態で国王説得なんて、ゲームでもやった事ない。
こ、これは大変かも……。
その心配はやがて不安になり。
ついには現実になった。
国王夫妻が突然王城に戻ってきた。本来の予定を半月も繰り上げ、前触れもなく。
そして休息もなく執務室に入った。出迎えに出たサッカムなどまるっと無視していた。
「この二点の勅命をただちに取り消せ!」
「お言葉ですが陛下、国王たる者が一度出した勅命を取り消すなど国の威光に関わりますれば……」
「ほう、それを言うのかね大臣?」
国王様はギロリと目を向けた。
「よろしい、ならばそこから始めよう。
先の二点の勅命は我の意思ではなく、印璽を盗用した偽造である。
ゆえに先の二点を無効とする勅命を発令する。
これでよいな?」
「な……!」
「何を慌てておる、話はこれからじゃ。
次に、謀略で平民に落とされたレナ嬢をただちにテルル侯爵家令嬢に戻す勅命を発する。今回の件に関してはテルル侯爵家に多額の賠償を行う必要があるが、それは後の事だ。ただちにレナ嬢の身柄を安全に確保せよ、最優先でな。
それから、ただちにヤツをここに連れてまいれ」
「お待ちください、国の要職に関わる貴族の立場をそのように簡単にコロコロ変えるなど、国の体面が……」
「体面?そんなものが今さら残っていると思うのか?」
国王様の目が大臣に向いた。
「今回の事は大問題どころの話ではない。
だがな。
そもそも、アレひとりでこんな蛮族顔負けの無法やれるわけがなかろうが。
つまり……あとは言わんでもわかっておるな、のうメッファス?」
「それは……いえ、わたくしはお止めいたした次第で!」
「わしの情報網を甘く見たなメッファス。
言っておくが、伊達に妻を連れて外遊しておったわけではない。ちゃんと留守中の目くらいは残しておったわ。
まぁ……わしも甘かったがな。まさか、堂々とここまで我が国に大損害を与えてくれるとは」
「……」
「連れて行け」
そのとたん、どこかで見覚えのある黒服の人たちが現れ、あっというまに大臣を連行していった。
ん?あの黒服って……ああそうか。
ゲーム画像で、裏ルートで見た事がある。特殊部隊だっけ。
そっか。ちゃんとゲーム通りにいるんだなぁ。
黒服のひとりが大臣のいた場所に移動して、国王様の作業を手伝いはじめた。
さて。
いきなりの事でタイミングを逃していたけど、ここは本来わたしのいる場所ではない。
サッカムと待ち合わせしてたのよね、ここなら誰もこないからって。
全く運が悪いわ。
とりあえず、叱られる前に去ろうとしたのだけど、
「どこに行こうというのだ、女?」
「!」
いきなりのことでびっくりした。
「す、すみません、なんか移動のタイミングを逃しちゃって」
思わずバカ正直に言ってしまった。
「なるほど、そなた最初から室内におったな。して、何をしておった?」
ここは隠さない方がいいでしょう。下手にごまかすのは絶対まずい。
「はい、サッカム殿下の命で、ここで待つようにと!」
「ここでだと?」
「はい……その……ここなら誰も来ないからと」
「……なるほどな」
フム、と国王陛下はおっしゃった。
「このような場所で逢引きとは感心せぬが、あれの命といえばそなたのせいではなかろう。
して、そなた名前?」
「はい、陛下。ターニャ・オルクスにございます」
「ほう……」
国王陛下は目を細めてわたしを見た。
「あ、あの?」
「そなた、自分の立場がわかっておるのか?」
へ?
「たった今、わしは息子を処罰する算段をしておった。おまえの逢引きの相手であろう?」
「え……」
え、なにそれ?
「気づいておらんかったのか……なんとも愚かな娘よな。その頭の中身はクルミか何かか?それとも、オスを誘うための手管でいっぱいでまともな知性など入る余地もないのか?」
「え……なにを」
「フン、ではわかりやすく説明してやろう。
今、わしが発した勅命は2つ。ひとつはわしの名で発行された偽りの勅命を無効化するもので、そしてもうひとつはレナ嬢を可能な限り安全に保護するためのものだ。
だが、おそらく後者は意味がない可能性が高い。
テルルの娘はただの令嬢ではない。テルルとしてのスキルを活かしておればとっくに逃げおおせているであろうし、そうでないならもう何もかも手遅れだろう。
ゆえに意味はない。
だが、国としての姿勢を示すには重要なのだ。
すなわち。
レナ嬢を陥れたのは間違いであり……それを実行した者は、我の不在を狙って我が国の乗っ取りを画策した反逆者であるとな」
「そ、それはちがいます!」
「ほお、何が違うのだ?」
あわててわたしは言った。
「サッカム様は、殺されかけたわたしを守ってくださったのです!反逆だなんてとんでもありません!」
「ああ、その与太話は聞いておる。レナ嬢に悲惨ないじめを受けたとアレにウソを吹聴し、煽動し、レナ嬢に対し悪意を抱かせたそうだな」
「ウソじゃありません!」
必死に言うと、国王陛下はクックッと笑いだした。
その、明らかに嘲笑である笑いに、思わずわたしも素が出た。
「なんで笑うのよ!」
「おうおう、下級とはいえ貴族子女とは思えぬ物言いよのう。
まぁよい、どうせ貴様のやらかした事に比べたら今さら些細な事じゃ」
ふうっと息を吐くと、国王陛下はとてもこわい顔になった。
「婚約者のいる息子に素性のよくわからぬ女が近づいていたら、普通どこの親でも調べるだろう。
ましてやサッカムはわが息子、つまり王子であった。当然、それなりの調査が行われた。
それだけではない。
そなたには監視もついておった……気づいておらんようじゃがな」
「え……」
監視?どういうこと?
「ここしばらくのそなたの行動は、全て時間単位で筒抜けというわけじゃよ。
のう、ターニャとやら。
あらゆる行動が把握されているとなれば、当然、自分が何をやらかしたのかも把握されておるとは思わぬか?」
「!」
血の気が引いた音が聞こえた気がした。
「わ、わたし、何も」
「何もしてないと?いやいやとんでもない、色々やらかしておるとも。
まず、王族に対する偽証罪。これだけで内容次第では首が飛びかねん。
次に、男爵令嬢の身で侯爵令嬢に対する暴言の数々。ま、これはレナ嬢が問題にしていないものについては罪にならぬが、公の場で公然とのたまった分だけでも、王都追放くらいにはなる分があるのう。しかも、その事に対してレナ嬢が忠告しておるが、その途端に大声でわめきちらし、レナ嬢にいじめられたと噂を撒き散らしておるな。
ふふふ……これで何もしていないとは、ずいぶんと面の皮の厚い事よな」
「……そ、そんな……こと、わたし……!」
涙を流してみせても、国王陛下はまるっきり動じない。本当にあのサッカムのお父さんなのかしら?
「そして最後だが……軍の懲罰部隊をありもしない王妃権限で勝手に動かし、無実のレナ嬢を捕縛、汚させようとしたな」
「し、してませんそんなこと!」
「言い逃れしても無駄じゃ、行動は全て把握しているといったろうが。
さて。
ここまでをやらかして……それでもなお、自分はやってないと吐かすか?」
「で、ですから、わたくしは本当にいじめられて助けを求めただけでっ!」
「フン……まぁいい、そなたは今は殺さぬよ。貴様のような女に断頭台など甘すぎるわ」
泣いてすがろうとしても、まるっきり効果がない。
「では、そなたの罪についても勅命で言い渡す。
ターニャ・オルクス、未来永劫、社交界への出入りを禁止する。
王都にもとどまってはならぬ、すみやかに退去せよ。
ただし平民にはせぬ。
そなたのこの先は……そなたを拾い上げた、今代のオルクス男爵に一任するとしよう」
「……はい」
どうやら助かったと思った。
『ドキドキ森のターニャ姫』には最悪のバッドエンドも存在する。よほどの失敗をしなきゃ逆にたどり着けないけどね。
その最も象徴的なのが、断頭台送り。
サッカムルートだと、助けてくれる人もなく肝心のサッカムのパラも極端に低いと、まれに発生する凄惨すぎるバッドエンドだ。
これが、立ち絵も洒落にならない。
凝り性のスタッフがいたらしくて、その絵だけでR18G、グロ系アダルトの指定を受けたほどの凄まじいもので。
……うん。一部のリョナ入ってるゲーマーは伝説のように語ってたらしいけども。
ゲームの中とはいえ、断頭台なんて冗談じゃない!
だけど、そんなわたしの気持ちはとても甘いものだという事に、やがて気付かされる事になった。
お父様……正しくは義父様のオルクス男爵が迎えに来て、わたしは王城を後にした。
だけどお父様の目は異様に冷たかった。
そして、その意味はすぐにわかった。
帰りの馬車の中で、お父様がぼやきだした。
「わしは、おまえをもう少し賢い娘と思っていたがな……見誤っておったか」
え?
「おまえを養女に迎える時、わしはハッキリ言ったであろう?中位貴族までなら正妻を目指し、上位貴族以上なら側室を目指せと。おまえの美貌と才覚なら可能であろうから、やってみよと。
普通、平民から迎える娘に、いきなりあのような事は言わぬ。事実そうであったとしてもな。
つまり、あれを言ったという事は、おまえをそれだけ高く評価していたという事だ。
なのに、なぜ……つまらぬ欲をかいた?
よりによって王子の正妻を無法に叩き出し、自分がその後釜に座ろうなどとバカな事をやらかした?」
「そ、それは、だってサッカム様が」
「ウソをつくな!」
こわい声でどなられた。
「繰り返すが、わしはおまえの才覚を評価しておった。
おまえが正しく知略を駆使すれば、王子を動かすのは余裕だったはずだ。
そして実際、陛下のお話を伺う限り、おまえは見事に王子を手駒にしてしまっておった。
まぁそれはいい、男を操るのも女の才覚だしな。
王族を操るなど大それた事にもほどがあるが、まぁそれでも、それで国を正しい方向にきちんと導くのならば、それはそれで何とか言い訳もできた。いや、できなかったとしても……わしはおまえを恨みはせなんだよ。わしみたいな小物の娘にはもったいないほどの偉業であろうからな。
だが……おまえは違った。
つまらない目先の欲に踊らされて王国を揺るがし、よりによって第一王子の人生を破壊してしまった。
これはもう無理だ。
この失点は……さすがにもう、どうしようもない」
「人生を……破壊?」
なんのことだろう?
「知らぬのか、では教えてやろう。
サッカム王子は本日づけで廃嫡、平民に落とされた。そして一兵卒として最前線送りとなった」
「え……」
なに、それ。
「堕ちた貴族や王族など、まず長生きはできぬ。現地に王子を助ける者がいれば命を拾える可能性もあるが……生き延びたところで二度と王都には戻れない。王命で常に最も過酷な最前線に送られるからな」
「そんな……」
そんなバカな。
「落ち込むのはまだ早いぞ。というか、おまえに彼を心配する余裕はないぞ?わかっておるのか?」
え?
「おまえを養女にしたのはなんのためだ?我が家より上位の貴族と結ばせるため、そうだな?
だが王都にも入れない、社交界にもいられない以上、これはもう絶対に不可能だ。
それどころか、同列の貴族にも正妻で入るのは不可能だ。今回の件が噂で広まったら、もはや、真っ当な貰い手などありはせんよ」
「……」
「まぁ、幸いにもおまえは顔と身体だけは悪くないからな。廃棄処分にはせずにすむだろうが」
「……」
わたしは何も言えなかった。
いや、胸がいっぱいで、言葉が見つからなかった。
いったい、どこの攻略を間違えたんだろう?
リセットしたい……できる事なら。
だけど、リセットする方法など見つかるわけもなくて。
二ヶ月後。
おかしな魔法をかけられて頭の回らなくなったわたしは、にやにや笑いを浮かべる気持ちの悪いおじさまばかりの集まりに連れて行かれて。
そして鎖につながれて、そこから二度と出してもらえなくなった。
(おわり)