骨董品のツボ転生
転生したらツボだった。
「いい色つやだわ! 買いましょう!」
しかも一瞬で買われた。
そういうわけで、運ばれていく。
布でくるまれ、背負われた視点から見る街並みは、活気があるものだった。
まるで『アラジンと魔法のランプ』みたいだ。
浅黒い肌で、ターバンを巻いた薄着の男性たちがいたり、体中を隠すようななめらかな布で作られた衣服をまとう婦人たちがいる。
俺を買ったのは、どうやらこのあたりの人ではなさそうだ。
まず、肌が白い。
耳がとがっていて長く、髪は金髪だ。
顔は――背負われている視点からはよく見えない。
背は、周囲の人と比べても低いようだ。
子供なのだろうか?
彼女は重そうに俺を運んでいく。
俺は声をかけた。
「なあ」
「……誰?」
「俺だよ、俺」
「…………?」
女の子がキョロキョロと周囲を見回す。
そのお陰で、彼女の顔立ちがわかった。
幼いけれど勝ち気そうな顔をしている。
でも、やっぱりまだ子供みたいで、声の主が見つからず、怖がっているようだ。
だから俺は全身を震わせて自分の存在をアピールした。
「俺だ。君が買ったツボだよ」
「ツボがしゃべった!?」
ツボがしゃべらない世界観らしい。
ともかく、俺は怪しいツボじゃないことをわかってもらうため、彼女にこれまでの経緯を包み隠さず語った。
前世――
なじみの骨董品屋に行ったら、商品として搬入されてきたツボに押しつぶされ死んだこと。
そして色々あってツボに転生したこと――
彼女は俺の話を聞いて、涙ぐむ。
そして、同情するように言う。
「かわいそうに……まだ楽しいことあったはずなのに、運悪く死んじゃうなんて……」
「いや、楽しいことはあったかなあ……?」
枯れていた人生のような気がする。
趣味が『骨董品屋でウインドウショッピングをすること』という人は、俺の周囲には誰もいなかった。
むしろ、自分がツボになったと理解した時、『ああ、そうなのか』となにかに納得したものだ。
俺は人として生まれた前世が間違いで、最初からツボとして生まれるのが正解だったのではないかと、そういう気持ちさえあった。
でも、彼女の価値観では『ツボに生まれ変わる』というのはかわいそうなことらしい。
優しい子は、俺に背中を向けたまま、力強く言う。
「私、船で貿易をしながら孤児院をやってるの! あなたのことは転売目的で買ったんだけど……これから、私の孤児院に置いてあげる!」
なんて心の広い人だろう。
俺なら、しゃべるツボのいない世界観でいきなりツボに『俺だよ。転生してツボになったんだ。怪しくないよ』と言われたら、その場でたたき割るかもしれない。
「私、エルフ族のモニカ! これからよろしくね、ツボさん!」
そういうわけで、俺の孤児院生活が始まった。
しかし、この時の、まだ俺は知らなかったのだ。
孤児院という場所が、ツボにとってどれだけ厳しいところなのかを……
○
孤児院には子供がいっぱいいた。
「これから新しくウチでお世話をすることになった…………えっと…………ツボさんよ!」
言葉に詰まるモニカだったが、笑顔でごり押した。
こうして俺は彼女の経営する孤児院の船室に置かれることになった。
海を渡る移動孤児院だ。
俺の置かれた部屋は一番広い船室であり、あまり物がなく、だだっぴろい印象の空間となっている。
日当たりはよろしくないし、ともすれば海風が吹き込むし、揺れるしと環境はあまりよろしくない。
だが、それ以上に、この空間には子供がたくさんいた。
五人の子供たちは、それぞれ違った種族らしい。
エルフ、ドワーフ、フェアリー、ドラゴン、スライム。
俺からすると『人とモンスター』というまったく違った種族に見えるのだが、シルエットからして違う彼らは同じ『人類』というくくりの中にいるらしく、普通に遊んだりしていた。
ツボにはきつい生活が始まる。
とかく子供は珍しいものを見つけると寄ってくる。
おまけに無機物は揺らしたり中に入ったりラクガキをしたりと、人として扱ってもらえない。
中でもドラゴンとドワーフの男の子が俺の天敵だった。
振り回したりキャッチボールしたりと、ツボをツボとも思わぬ行為を平気でする。
おまけにこの悪ガキたちはフェアリーの女の子をよく俺の中に閉じ込める。
布で出口をふさがれ、暗くて怖いと泣きじゃくるフェアリーの子を、俺はたびたびなぐさめることとなった。
そのお陰か、フェアリーにはよくなつかれた。
スライムの子はなにを考えているんだかよくわからないし、性別も不明だ。
たまに無言で俺の中に入ってはぶるぶる震えている。
モニカに曰く『楽しんでいる』らしい。
異世界ツボ生活は大変だ。
俺は孤児院の日々で、そう思うようになっていった。
○
海の旅は大変だった。
波や風で船はたいそう揺れる。
叩きつけられれば割れるツボでしかないこの身は、ちょっと船がかたむくたびに不安でいっぱいになった。
でも、スライムとフェアリーに支えられて、どうにか割れずに旅ができた。
波がひどくなったり、海獣が出たりすると、ドラゴンとドワーフがモニカを手伝うようだった。
みんな、それぞれに役割がある。
この孤児院は、みんな小さいけれど、一つの立派なチームだなと思った。
○
「なあ、モニカ、なんで船上で孤児院なんてやってるんだ? この世界ではそういうのが一般的なのか?」
次の、本来であれば俺が転売される予定だった港で、俺はモニカに聞いた。
彼女は船室の中、俺の横に体育座りをして、少し悩んでから答えた。
「私たち、種族がバラバラでしょ? だから、どこにいるかもわからない、みんなの親を探して旅をしてるの」
――親が見つかっても、帰れるとは限らないけどね。
そう最後に笑ってモニカは付け加える。
俺は、なんとも言えなかった。
こうして黙っていると、ただの色ツヤのいい、歴史と価値のあるツボみたいだ。
でも、俺はただの素晴らしいツボではない。
前世では、幼い彼女たちよりも何年も生きた人間だ。
でも、ツボでしかない俺は、彼女たちの状況に対しあまりに無力だった。
俺にできるのは、しゃべることとガタガタ震えることだけだ。
「あ、商品の積み卸しをしなきゃ。船旅もね、お金かかるんだよ」
明るく言って、モニカは船室から出て行く。
俺は黙って彼女を見送る。
だって、俺はツボでしかないから。
それしかできない。
○
ある日、船室に見知らぬ大人たちが来た。
そいつらはどうやら、俺たちが今いる港を警備している兵隊らしい。
「だから、怪しいものなんか積んでないですって!」
モニカはそう言いながら兵隊たちを止めようとする。
けれど、彼女の小さな抵抗なんか無視して、兵隊たちは船室へと踏み入ってきた。
がらんとした船室。
しかし、そこにポツンとある俺に、兵隊の代表者みたいな男が目を留めた。
「はあああ!? あのツボは!?」
こちらに駆け寄ってくる。
そして、膝をつくと、俺の方に顔を寄せた。
「この色……ツヤ……! 素晴らしい! 成立は……三百年ほど前、旧王朝時代か! この色味はもしや東の大陸の伝説的な磁器職人の作ではないか!? うむむむ……深みのある虹色だ……角度を変えればいかようにも変化する色模様! これは……いいものだ……!」
どうやら骨董がわかるやつのようだ。
その男は、モニカの方を振り返ると息を荒げながら言う。
「このツボをゆずってくれ! 金なら払う!」
モニカが困った顔をして、「でも……」とつぶやく。
俺は咳払いをして、口を開いた。
「おじさん」
「……ん? 中にフェアリー族でもいるのか?」
「違う。俺だ。あんたの目の前にいるツボだ」
「……このツボ、しゃべるぞ!?」
「そうだ。しゃべって震えることしかできないしがないツボだ。すまないが、そこの子と二人きりで話をさせてくれるか?」
「わかった。ツボの言うことなら聞こう」
いい人だった。
骨董好きに悪いやつはいないのだろう。
約束通りモニカと二人きりにしてもらう。
そして、俺は彼女に言った。
「モニカ、俺を売ってくれ」
「……でも、ツボさん……」
「船旅はお金がかかるんだろう? でも、俺は、しゃべることと震えることしかできない、深みのある色合いの、ツヤと保存状態のいい、歴史あるただのツボでしかない……つまり、資産価値しかないんだ」
「……」
「短いけれど、君たちと旅をして思ったよ。このまま一緒にいても、俺は君たちの役には立てない。それどころか、船旅の最中に割れて破片で君たちを傷つけてしまうかもしれない。だったらまだ欠けもない今のうちに、売ってお金に換えてくれ」
「……でも……せっかく仲良くなれたのに……」
モニカは寂しげな顔をする。
俺は、少し考えてから、告げた。
「じゃあ、こうしよう。――いったん、俺をあの人にあずけてくれ」
「……あずける?」
「そうだ。今、俺を持っていても、割ってしまうかもしれない。だから……みんなの家族を見つけて、船旅を終えて、君たちがきちんと大人になって、骨董品の価値がわかるようになったその時に俺を、迎えに来てほしい」
「……」
「その時まで――君が大人になるまで、俺はきちんと、待ってるよ。ツボだから動けないし」
モニカはうつむく。
たっぷり黙って、それから――
「……わかったよ」
渋々、うなずいた。
「……たしかに、このまま一緒に旅しても、割っちゃうかもしれないし……割っちゃったら、ツボさん、きっと痛いよね」
「そうかもしれない」
「必ず迎えに行くからね」
「……ああ」
「私も大きくなって、お金持ちになって、立派なおうちを建てて、ツボさんのこと、迎えに行くよ」
「ああ」
「だから、待ってて。絶対に、約束は守るから」
「ああ。待ってる」
モニカは俺のふちをなぞる。
俺は、キュッキュッといい音を立てた。
……その夜、ささやかな宴会が開かれた。
フェアリーは泣いてくれた。
スライムは、最後とばかりに、俺の中でぶるぶる震えた。
ドワーフとドラゴンの悪ガキも、『絶対に姉ちゃんと一緒に迎えに行く』と言ってくれた。
……思えばたった港一つ分の冒険だった。
キャッチボールされたり、中に入られたり、船が揺れて割れそうになったり、さんざんな旅路だったけれど――
骨董品にとって。
このうえなく大事にされた、幸福な日々だったのかもしれない。
そんなことを想いながら、俺は静かに震えた。
涙を流せないことを、少しだけ悲しく思った。
○
新たな主人の屋敷では大事にされたと思う。
毎日磨かれ、きっちりと劣化しないように管理をされた。
しかし、ツボだからやることがない。
たまに今の俺のオーナーが奥さんに怒られると愚痴を言いに来るぐらいだ。
……時間の感覚は薄れていく。
俺は、俺の世話をする人たちが年老い、入れ替わっていくことでしか、時の流れを感じられない。
一週間か、一ヶ月か。
一年か、十年か。
あるいはもう、百年ぐらい経っているのかもしれない。
ツボはただ静かに待つだけ。
そして――
ある日、俺の住処となった宝物庫の扉が開く。
俺はあまりのまばゆさに目を細めたかったが、目がなかった。
でも、見える。
入って来たのは、金髪碧眼の、耳のとがった女性だ。
大人びた包容力のある瞳。
すらりとした、しかし女性らしい体つき。
その人は。
「ツボさん。迎えに来たよ」
もう、どのぐらい前にしたのかわからない約束を果たしに、やってきたのだ。
彼女が俺と離れているあいだにどんな人生を送ったのかはわからない。
でも、俺を迎えに来たということは、きっと、幸福になったのだろう。
聞きたいことはたくさんある。
でも、今はただ一言だけ。
「待ってたよ、モニカ」
ずっと前から用意していた、ただそれだけを、言った。
彼女は俺を布でくるみ、背負う。
出会った時と同じように。
これから、色々なことを聞こう。
ドワーフとドラゴン、二人の悪ガキのこと。
泣き虫のフェアリーと、無口なスライムのこと。
でも、今はただ、沈黙して、事実を噛みしめる。
ただのツボでしかない俺は――
どうやら、彼女の目標になれたようだった。