『穢れ』
前回のあらすじ
巫祭りというこの町特有の行事を知った棗純一、そこで彼を待ち受けていることとは・・・。
少女には、生まれたときから不思議な『力』があった。その『力』は人知を遥かに越えており、人々はそれを畏怖し恐れた。それでも少女は戦い続けた。自分を遠ざけた人々を守るため・・・ということを口実に、押さえきれない『力』を解放するためである。
彼女は15歳という若さでこの世を去った。原因は未だ不明で、『何者かに殺された』という説があるものの、彼女ほどの『力』を持った者を本当に殺すことが出来るのかという意見もあり、本当のことはわからずじまいである。彼女の死後、世に蔓延る穢
れが増え、人々は彼女が奉られてある社へと足を運び彼女の『望み』を叶えることを条件に、穢れを浄化してもらった。 しかし、彼女の望みが叶うことはなかった。魂だけの存在となった彼女はいつも、嘆いていた。
違うの、そうじゃないの!私が望んだことは、そんなことじゃないの!そんなことじゃ・・・。
次に彼女の意識が戻ったときには、身体中に多くの管を付けられ不思議な液体の中に浸っていた。
「やあ、お目覚めかい?」
見たこともない白装束をまとった男性がじっと見てきていた。
「貴方は誰?」
思った通りのことを言葉にして出してしまった。我ながら単純な奴だと思う。
「俺か?俺は棗勇人だ。君の名前は・・・魔理亜はあだ名だったんだろ?」
確かに私のことをそう呼ぶ人は多かったが、それは本名ではない。
「私の名前は『ユイ』よ」
これはまだ、何も始まっていない最初のお話。
棗純一の周りでは、様々な音が鳴り響いていた。太鼓や笛の音、浴衣を着た人達の話し声や交差する足音。 そして何よりも・・・。
「兄ちゃん、私あのモコモコしてるやつほしー。買ってよ~」
妹の棗唯の物をねだる声が一番響いていた。
「ダメだ。お前さっきも」
「お願い~」
純一の言葉を遮って、唯は涙目になりながらおねだりをしてきた。唯がこの顔をすると、純一の心が折れるのは時間の問題だった。
「仕方がないな。一つだけだぞ」
「わ~い♪ありがと~」
「はぁ、あいつらと合流する前に俺の財布の中身が尽きそうだな」
などとうなだれていると、前から見覚えのある集団が近づいてきた。
「おい純一、遅刻したのは御前だけだぞ!いつまで待たせるつもりだ!」
「すまん達也、ちょっと買い物をしててな」
「まあまあ、遅刻っていっても5分遅れただけだからいいじゃん。それより、純一君の後ろにいるその子は?」
達也をなだめた涼風香織は、純一の後ろに隠れている唯に話題をそらした。
「・・・棗唯・・・です」
誰にでも明るく接する唯には珍しく、よそよそしい態度をとっている。
「どうした唯?このおねーさんが怖いのか?」
そう尋ねると、ううんと首を振った。
「あそこの・・・おバカそうなおにーさん」
「バッ!?」
バカ扱いされて怒鳴りそうになった達也だが、涙目になっている少女を見て出かけた言葉を無理やり飲み込んだ。
「おバカな人とは話しちゃダメっておにーちゃんに言われてるから・・・」
達也はキッと純一を睨んだが、純一は「そんなこと知らん」と言わんばかりに視線をそらした。
「唯ちゃん、大丈夫だよ」
不意に香織の後ろから声が聞こえたかと思うと、そこから九重花音が姿を現した。いつも思うのだが、こいつはどうやってああまでも完璧に香織の後ろに隠れているのだろうか。不思議だ。
などと純一が考え込んでいるうちに話は進んでいく。
「達也くんはバカじゃないよ」
「そうだ花音、俺の素晴らしさを唯ちゃんに教えてやってくれ」
達也が横から茶々を入れているのを見て、純一も香織も同じことを考えた。もうそれ以上花音に喋らさない方がいいと。
「達也くんは、バカじゃなくてアホなんだよ。だから唯ちゃ・・・え?どうしたの達也くん?顔が怖いよ」
「花音、やっぱりわざとだろ!!」
「うぇ~、ごめんなさ~い」
花音が達也を怒らせ、達也が追いかける。いつもと同じ風景だが、こんなに大勢の人の前でもするのかと少しため息が出てしまう。
「唯、あんな風に怒りっぽい奴だけど、根はいい奴だから仲良くしてやってくれ」
「おにーちゃんがそう言うなら・・・わかった」
渋々という感じに了承してくれた唯の頭を撫でてやると、照れているのか顔を赤く染めてうつむいた。
「純一君、とりあえずあの二人を後を追いかけようよ」
「ん、そうだな」
唯の手を引きながら二人を追って行くのだった。
「いや~、まさかこんな所まで来てしまうとは思いもしなかったぜ」
「・・・・・・」
純一は無言のままじっと達也を睨んでいた。
「な、なあ、花音もそう思うよな?」
「え、う、うん!そうだね」
「だ、だろ!だから純一・・・な?」
「・・・・・・」
それでも、無言の圧力は続く。
「・・・すまなかったよ」
謝罪の言葉を聞くと、純一は「はぁ」とため息をついて睨むのをやめた。
「お前ら、いくらなんでも羽目外しすぎだ。30分以上も見つからないとかどれだけ走り回れば気がすむんだよ」
目の前には工場のような建物が建っているが、周りを見渡す限りどこにも人の姿は見当たらない。だいぶもとの場所から離れてしまったのかもしれない。唯は疲れきってしまい、純一の背中でぐっすりと眠っている。
「とりあえず、元の場所まで戻ろうぜ」
達也の言葉と共に、祭りのあった場所まで戻ることにした。唯はしばらく起きる様子はない。5分ほど歩いていると、達也が何かを見つけたのか、一直線に走っていった。
「これは・・・」
「どうしたんだよ達也、そんなに慌てて」
純一達も立ち止まった達也に追い付くと、銀色の毛をした子猫がいた。
「どうしたんだその猫?何だか少し様子がおかしいぞ」
耳の後ろを掻きむしっており、純一達が近づいても一向に止める気配がない。よく見てみると、黒い痣のようなものがあった。
「この子、『穢れ』ができてますね」
不意に花音がそのようなことを口にした。香織は「仕方がないわね」と言いながら徐にカバンをあさりだした。
「え、それってどういう」
「純一!そこから離れろ!」
達也の怒鳴り声が純一の言葉を遮った。
「ど、どうしたんだよ達也?」
「いいから早く!」
そんな達也の説得も虚しく、事は起こってしまった。
ズシュリという柔らかい物を無理やり切り裂いたような、気持ちの悪い音が聞こえた。
その音のした先には、体の毛が赤く染まった頭部の無い猫、ナイフのような刃物を握っている顔に返り血を浴びた香織とそれを見守っている花音がいた。
「さ、処理も済んだから早く祭りに戻ろ」
香織はナイフをしまい、移動しようとしている。
「お、おい待てよ!どうしてこんなこと・・・」
色々と聞きたい事があるのだが、頭のなかを整理しきれずにいた。そんな純一に、香織の一言が止めをさした。
「どうしてって、『穢れ』ていたからよ?」
純一が何が言いたいのかわからないといった風に、純一の問に対して答えた。無論、純一の頭はもっと整理がつかなくなった。
「大丈夫ですか純一さん?顔色が悪いですよ?」
花音が心配そうに話しかけてきたが、純一にはそれさえも気味が悪かった。目の前で起こった事に対して何の疑問も持たず、純一のことを心配してきたからだ。
「純一はもう大丈夫だから、早く移動し始めようぜ」
達也がこう言うと、「それならいいけど・・・」と言いながら移動の準備をし始めた。
「だから言っただろ、そこから離れろって。まぁ、どのみち見ることになってたかもしれないけどな」
達也が肩をすくめながら言ってきた。純一も、いくらか冷静になることができた。
「どうしてあいつらは、あんな酷いことが当たり前のようにできるんだ」
「それが、ここでは当たり前だからさ」
「・・・なら、『穢れ』ってなんだよ?」
「さあな、実を言うと俺も「わからねぇ」んだよ」
「・・・本当に知らないのか?」
「ああ、「「知らない」」ねぇ。ただ、『災いの元』とだけ聞いている」
「・・・そうか」
色々と納得のいかない部分もあったが、それがここでのルールなのだから従わなければならない。適応していかなければならない。 そうでもしなければ、ここでは生きてはいけない。
「二人とも、早く来ないと置いていくよ」
達也とのやりとりをしている間に準備が済んだようだ。
「おう、今行く」
こうして、純一達は移動を再開した。
「そういえば、あれだけのことがあったのに唯ちゃんよく起きなかったよな」
「ああ、こいつは眠るとちょっとやそっとじゃ起きないんだよ。まあ、起きたら起きたで大変なことになるんだけどな」
以前なかなか起きない唯を無理やり起こそうとしたところ、「うがー」という奇声を発しながら手元に落ちてあったハサミを投げてきた。それほどに、唯の寝起きは悪いのだ。
「まあ、あんなもの見ずに済んだんだからよかったじゃねーか」
「・・・そうだな」
もし唯があれを見ていてトラウマになろうもんなら、俺はこいつらのことを・・・。
「・・・そんなことがあったのね」
あの後は何も起きること無く無事祭りを終えることができた。結局、唯は最後まで起きずずっと純一に背負われていた。帰宅後、純一はすぐに伯母の棗洋子に今日あったことを報告した。
「洋子さん、この町のこともっと詳しく教えてください。このままじゃ、迂闊な行動がとれなくなります」
「悪いわね純一、私にも大した情報は入ってきてないのよ。その『穢れ』もあなたに言われて初めて知ったのよ」
おかしな話だ。空喰町を調査してこいという任務のはずなのに、この町の習慣などについて一切情報が入ってないのだから。この町のことが外部に漏れないように徹底されているのか、それとも・・・。
「そうだ!純一、その町にはもう一人工作員を送ったって言ったわよね?」
「確か、あの写真を撮った人だよな?」
「そうよ。今日あなたが見つけた工場に明日向かわしておくから、そこで情報交換を行って」
「わかった。それで、そいつは一体化誰なんだ?」
面識の無い相手だと探すのに手間取ると思いそう聞いたのだが、洋子は笑いながらこう返してきた。
「あなたの師匠でもある『烏』よ。今回は彼にも参加してもらっているの」
「師匠が・・・この町に?」
「そうよ。ちなみに合言葉も決めてあるんだけど・・・わかるよね?」
「『紳士魂』ですよね?」
この言葉は、師匠がいつも任務に参加する際使用している合言葉である。そろそろ違う言葉にしましょうと提案したところ、全く聞く耳を持ってくれなかったこともあった。
「正解。あと、明日彼に会ったときに『手に入れた情報はその日の内に報告せよ』って伝えといて」
「わかった、伝えておく」
純一がそう言うと、洋子は「頼んだわよ~」と言いながら通話を切った。洋子が前に「このケータイの通話は誰にも盗聴されないようになっているから大丈夫」と言っていたが、本当に大丈夫なのだろうかと疑問を持ちながら、純一も『プー、プー』と鳴っている通話を切った。
その後純一は、久しぶりに会う師匠が以前よりもまともになっていますようになどと願いながら床に就くのであった。