出会い
前回のあらすじ
半ば無理やり空喰町への潜入任務を受けさせられた棗純一。それならばと、彼は任務の傍らに学生生活を楽しむことを決意するのであった。
ある男は毎晩同じ夢を見ていた。自分の研究が世の中に認められ、不治の病と呼ばれる病気が次々に完治していき、世界中の人々が笑顔になる夢を。しかしそれは、ある女の子が登場すると同時に儚く崩れてしまう。そして、悪夢へと変貌する。上司や同僚、後輩からの罵倒や蔑み、仲間たちは離れていき、そして・・・。
「・・・はぁ!」
ここでいつも目覚めてしまう。そして自嘲気味に鼻で笑う。また性懲りもなくあんな夢を見てしまったと。
「いつまでたっても慣れねぇな」
男はまた夢の中へ戻っていく。同じ夢を見るとわかっていながら、それでも彼は戻っていく。
「お兄ちゃん早く起きて!もう7時過ぎてるよ」
妹の棗唯は、ベッドの上で横たわっている兄の棗純一に、これでもかと言わんばかりに力一杯引っ張り、ベッドから落とそうとしていた。
「・・・ん?」
純一は重たい頭を起こすと、朝から妹が自分の足を引っ張っているこの状況について考え、一つの答えを導きだした。
「唯、起こしてくれるのはありがたいんたが、どうして俺を落とそうとしているんだ?それに、小学生のお前に高校二年生になる俺が落とせるわけないだろ」
唯はむぅっと顔を膨らますと、足元に落ちていた目覚まし時計を投げつけてきてさっさと部屋を出ていった。時計の針は7時18分を指していた。
「やば、もう学校が始まっちまう!」
今日は6月1日火曜日であり、新しい学校への登校初日であり、潜入初日目である。転校理由は親の仕事の都合ということになっているらしい。個人情報は全て伯母の棗洋子がでっちあげているのだが、名前だけは今まで通り棗純一でいいらしい。なんでも、『呼ぶとき面倒だから名前は変えなくていい』とのことだ。
ちなみに、唯にもここの小学校に通ってもらうことになっている。
「もう先に行っちゃうからね!」
という唯の声が部屋に響くと同時にバタンという音がした。おそらく、先に行ってしまったのだろう。あれ、でもあいつ小学校の場所知らなかった気が・・・。
「ふぅ、仕方がねぇな」
純一はさっさと支度を済ませると、唯の後を追いかけていくのだった。
唯を小学校に連れていった後、俺の転校先である空喰高校に着いた。何の変哲もない、いたって普通の高校だ。
「あら、貴方は・・・」
「!!?」
不意に後ろから声が聞こえたものだから、思わず飛び退いてしまった。そこには和服を着た20~30代に見える黒髪で長髪の女性が立っていた。
「ごめんなさいね、驚かせるつもりはなかったの。貴方は棗純一君で間違いない?」
「そうですけど・・・貴方は?」
「私はこの高校の校長の一之瀬智恵です。貴方を待っていたのよ」
「それは、申し訳ない」
ペコリと頭を下げると「いいのよ」と言ってくれた。
「それでは、今から貴方をクラスに案内しますね」
クラスに案内されている道中、純一は洋子に渡された護身用拳銃の確認をしていた。確か、シグザウエルという拳銃を改造、小型化したものらしく、弾数は4発分だ。予備の弾薬は家に置いてあるものの、流石にそれを学校に持っていく訳にはいかない。あと持ってきている物は・・・などと考えていると、自分のクラスに着いたらしい。中からは「転校生を紹介しま~す」という声が聞こえてくる。
「グッドタイミングね、ではいってらっしゃい」
純一は智恵に背中を押されながらクラスの中に入った。
「え、あ、は、初めまして。棗純一といいます。どうぞよろしくお願いします」
純一が挨拶を済ませると、周りからの質問攻めが始まった。
「好きな食べ物って何?」
「何処から来たの?」
「休みの日とか何してんの?」
「今日学校案内してあげようか?」
「父親が画家って本当?」
「え、俺は山籠りしてる猟師だって聞いたぞ!?」
「私は宇宙飛行士だって聞いたんだけど」
などと多くの言葉が飛び交うなか、先生の「静かに!」という先生の一喝により、教室内は一気に静まり返る。
「おほん。では、あそこに座ってもらおうかしら」
先生が指差した先にはちょうど空いてある席があったので、そこに座った。
「さっきは大変だったな」
左の席から声がしたので振り向くと、そこには純一より少し背の高い、いかにもチャラチャラとした雰囲気を漂わせる青年がいた。
「本当に、どこからあんな噂が流れているんだか」
「あれ、俺が流したんだ」
「え!?」
「ハハ、嘘だよ」
などと話していると、いつしか仲が深まっていった。
「お前面白いな。えっと、名前は・・・」
「棗純一だ。そっちは?」
「俺か?俺は・・・」
そう言いながら顎に手をあて、わざとらしく悩むふりをする。そして口が開いた。
「神野達也だ。これからよろしくな」
「ああ、こちらこそ」
互いに名乗り、信頼も得た。この調子で情報網を広げていこう。それでいて、学生生活を全力で楽しもう。一度きりの人生なのだから。
純一の、潜入もとい学生生活が始まった。