59進軍
私は翌朝、ルドルフではなく、屋敷に迎えに来た、ブランと一緒に、砦に行くことになった。
ブランは、なぜか何度も、私を振り向くと、しきりに荷物はないのかと聞いてきた。
「荷物ですか?いつも持ってないですよ。」
私の答えに、ブランは何故か、フリーズしている。
そうこうしているうちに、私たちは砦に到着した。
こんな所でフリーズしなくても、いいのになぁと、私が考えていると、ふと、砦の中が、今日に限ってかなりザワザワしているのに、気がついた。
「なんで、今日は、こんなに、うるさいの?」
私はフリーズしているブランを無視して、砦の中に足を踏み入れた。
砦の中には、整然と並んだ馬が所狭しと、ひしめいていた。
「何これ?」
私が唖然としながら、呟くと正気に返ったブランが後ろから、この状況を説明してくれた。
「今日はこれから、北門と南の守備隊は、隣国との戦争の為、”洗面器のすきま”っていう土地まで、進軍予定なんだけど・・・。聞いてなさそうだね。」
ブランが憐れんだような視線を私に向けた。
なんですって、戦争!
何その”洗面器のすきま”っていう、ふざけた名前。
じゃ、なかった。
戦争なんて単語、一言も聞いてない・・・ような・・・あったような・・・昨日!
私は、この時になって、やっと、隊長室でしていた会話を思い出した。
思わず、問いただそうとした途端に、リボンに捕まった。
「あっ、いたいた、黒子ちゃん。悪いんだけど、ちょっと来て!」
私は、ブランを問いただそうとしていたのだが、いつのまにか”黒子ちゃん”呼びになっていた、リボンに訓練場まで、引きずられた。
「リボン!」
そこには、強面の愛妻家であるチャゲが、筋肉達磨の体を思いっきり、誇示して立っていた。
「さあ、帰るぞ。」
「いやよ、チャゲ!」
チャゲの顔が、さらに凶悪顔に変化した。
「ダメだ。今回は戦争だ。いつもの時とは違うし、そこは戦場なんだ。砦の中じゃない。女が行っていい所じゃない。」
「じゃ、黒子ちゃんは、どうなのよ。」
チャゲの凶悪顔が、私に向けられる。
げっ、お願いだから、夫婦の争いに、私を巻き込まないでぇー。
私の顔が引きつった。
「そんな事を言ってるわけじゃない。俺はリボンが心配なんだ。」
「なら、私はチャゲが戦場でケガしても、心配しないと思ってわけね。」
「そうじゃなくってだなぁ。」
チャゲの渋った所に、リボンは畳み掛けた。
「私は、チャゲがケガしたら、イッチバン、最初に治療したいのよ。」
「それは、嬉しいが・・・。」
チャゲの顔がどうやって、愛しい妻を説得しようかと、忙しなく考えている所に、ドクターが現れた。
「何をやっている、リボン。用意はいいのか?」
「ドクター!すぐ最後の準備を終えますので、ここをお願いします。」
リボンはドクターに、事態をまる投げすると、駆け出していった。
「リボン・・・。」
チャゲが哀しそうな目で、リボンを見送った。
「いい加減にしないと、離婚されるぞ、チャゲ。」
ドクターの一言に、ビクッとすると、チャゲは諦めたように項垂れて、訓練場の方に歩いて行った。
それはそれは、見るものを涙に誘う、哀愁漂う背中だった。
私は、その背中を見送って、視線をもとに戻すと、なぜかドクターと目があった。
ドクターは持っていた小さな袋を、私に渡した。
「これは?」
「さあ、中身は知らん。麗しのメリルと馬鹿くそルドルフから、渡してくれと頼まれたものだ。」
私が呆気にとられているうちに、ドクターはそれを渡すと、どこかに行ってしまった。
私は一人で、小さな袋を抱えて、訓練場の脇に佇んでいた。
えっと、私はどうしたらいいの?




