50肩の力をぬく。
また画面が止まったので、私は本を次のページにした。
今度は秘湯から場面が王宮に変わっていた。
側妃の一人が王の執務室の方角を見ながら、溜息をついていた。
王の様子が、国境の紛争から帰って来て以来、おかしかった。
仕事が最優先になり、まったく、側室方に、見向きもしなくなったのだ。
何度か、手紙で、メイドにそれとなく伝言を頼むが、忙しいの一言が帰って来るばかりだった。
王妃様も心配して、王に進言するが、ことごとく無視されているようだ。
戦場で、何があったのだろうか?
王宮の者たちが心配する中、王は、周囲の思惑とは全く違う人物を思って、書類の山と戦っていた。
一方、マナと母、それにメイド長のメリルは、秘湯と呼ばれる温泉に浸かっていた。
「うーん、良いお湯ね、マナ。」
マナは、母の問いかけに、無言で頷いた。
確かに秘湯と言われるだけの効果はあった。
疲れた肉体に、じんわりとぬくもりが広がっていく。
しかし、マナの心には、力いっぱい抵抗したのに、結局、王に、抱かれた夜が頭を過ぎっていた。
そんなマナの様子を気にしながらも、母はなぜか、マナを無視すると、メイド長の胸を睨み付けた。
「全く。なんて、けしからん胸かしら。大き過ぎよ。」
「奥様、それは言いがかりです。それに旦那様は、私の胸には、見向きもされません。」
メイド長は、きっぱりと言いきった。
「そうなのよね。それだけ、大きいのに。あの人、大丈夫かしら?」
メイド長が、変な心配をする女主人に、”気にするところはそこですか。”と突っ込みたかった。
マナも母のトンチンカンな意見に、少し微笑んだ。
その時、秘湯に浸かっていた三人の前に、傍の森から、ひときわ輝く黒い毛並みの馬が現れた。
母がそれを見て、満面の笑みで教えてくれた。
「マナ、森の守り主が現れたわよ。」
母の言葉にマナも目線をそちらに向けた。
馬の澄んだ黒い瞳に、自然と目が吸い寄せられた。
しかし、なぜかその馬は、輝く毛並みを持ちながらも、首筋に醜い噛み痕が幾筋もついていた。
思わず見とれるような精悍な姿だったのに、非常に残念だ。
馬は、しばらく三人を見ていたと思ったら、いつの間にか、姿を消していた。
マナは、森から目線を外すと、母を見た。
「さっきの傷跡が、気になる?」
母の言葉に、マナは素直に頷いた。
「昔、あの牝馬に、何頭もの牡馬が挑んだのよ。」
「結果は?」
「流石に、そこは見ていないので、わからないけど、今でもこの森の主は、あの牝馬よ。」
「そうですか。」
マナは、もう一度湯に浸かると、ゆっくり肩の力を抜いて、足を延ばした。
「もう少し、ゆっくりしたいですね。」
マナがポツリと、そう呟いた。
母はマナの答えに、嬉しそうに頷いた。
「当然よ。まだ、ここの絶品料理も、堪能していないのよ。帰れないわ。」
「絶品料理ですか?」
マナは、聞いたことがない言葉に、湯の中で目を見開いた。
「ええ、ここの料理は、素材が命なのよ。だから大切なのは、料理人ではなくて、どれだけ新鮮かよ。明日、連れて行ってあげるわ。ねえ、メイド長。」
メイド長は、艶やかな髪と大きな胸を揺らしながら、
「お任せ下さい、奥様。」
と、答えた。
三人は、秘湯と絶品料理を一週間かけて、堪能してから、やっと王都に戻った。




