38幻の羊羹
私は、お風呂でフラフラになりながら、何とかお湯から立ち上がると、着替えて朝食に向かった。
いつものメンバーが、いつものごとく、いつもの席について、厳かに朝食を食べる。
昨日と変わらない朝食のはずが、さっきの朝風呂のせいで、ついつい、メリルに目が向いてしまう。
メリルは至って、昨日とかわらない様子だ。
他のメイドさん達も、昨日と何も変わらない。
これが公爵家のメイドというものだろうかと、私は改めて感心した。
取り敢えず、朝食を食べ終え、昨日と同じようにグリムとマナ、それにホークの三人が、公爵家の馬車で王宮に向かうのを、見送った後、ルドルフと歩いて、北門の砦に向かった。
途中、朝風呂の話を思い出して、ついついルドルフを見てしまう。
この人が、あの巨乳のメリルに赤い鬱血痕を残した所をついつい想像してしまい、まともに顔を見れない。
いわゆる挙動不審者になっていたのだが、ルドルフは運がいいことに、違うことを気にしていると勘違いしてくれた。
少し微笑むと、バスケットを指示した。
「大丈夫ですよ。昨日の約束通り、きちんと幻の羊羹を作ってきましたので、安心してください。」
そうだった。
私は、昨日から楽しみにしていた幻の羊羹の事を思い出した。
おかげで、先程の挙動不審は、鳴りを潜め、ルドルフの顔もまともに見れるようになった。
やはり、幻の羊羹は、偉大な力を持っている。
私はルドルフと連れだって、昨日と同じように、砦に着くと、早速、パキの先導で、訓練場に向かった。
訓練場に着くと、昨日と同じように、準備運動のランニングから始まった。
最初の15周目は、全員、元気だった。
次の25周目までに、昨日と同じように三分の一が脱落した。
しかし、それからは、脱落者が一人も出ず。
残りのものは、最後の50周まで完走した。
もっとも、完走した途端、ゴールにへたり込んでしまい、身動き出来るものは、一人もいなかったが・・・。
「すばらしい、進歩ですね、皆さん。さすがシルバー隊長とブラン副隊長です。」
「「いえ、明日は、もっと良くして見せますよ。」」
シルバーとブランは、口々に決意表明をする。
ルドルフは、嬉しそうに頷くと、昨日と同じ訓練を始めた。
ただし、今日はバスケットを手に持っていない。
私の目がキラリーンと光った。
「今日は、私も動きます。私が打ち込む剣戟を全て捌けたら、合格です。」
私はすかさず、聞いていた。
「合格だったら、今度は!」
私が言おうとすると、ルドルフはにっこり笑って、付け加えてくれた。
「もちろん、明日も極上ケーキをお持ちしますよ。」
ごくりと私と、私たちの後ろで見学していた、二人の見物人の喉が鳴った。
ふと後ろを見ると、リボンとその横に、初老のドクターがいた。
「おい、若者。がんばれよ。ケガはすぐさま、俺が治してやるから、心置きなく戦って、極上ケーキをゲットするんだ。」
「私も心を込めて、怪我の介抱をしますので、心おきなく戦って、極上ケーキのゲットをお願いしまぁーす。」
見物人の二人から、心のこもった応援を貰って、私たちはルドルフに挑んだ。
結果は、私となんとブランが、全ての剣戟を受け切って、なんとかルドルフから合格をもらった。
シルバーは、一発受け損ね、訓練場の端まで飛ばされて、肋骨を折った。
パキにいたっては、起き上がれずに、ドクターに治療された後、医務室に運ばれて行った。
私たちは、リボンが用意してくれた朝食を食べるために、昨日と同じように、隊長室に移動した。
今日は昨日より、一人分多い。
「いや、何。儂も久しぶりに、旧友と話がしたくてな。」
そうドクターは言っていたが、彼は一言も話さず。
きれいにお弁当を一番早く平らげると、ルドルフ作のケーキを食べ始めた。
それはそれは、大変、満足そうな様子だった。
全員が自分の分のケーキを食べ終わると、医務室に運ばれたパキの分が残った。
「まあ、パキさんの分は、私が食べますので、ご心配なく。」
リボンがパキの分のケーキの所有権を主張した。
「いや、リボン。ダイエットにならんから、儂が食べてやろう。」
ドクターが親切そうな顔で横合いから、ケーキの所有権を奪おうと割り込む。
「まあ、そんな心配は無用ですわ、ドクター。私、甘いものは、食べても太りませんの。」
二人は、無言で睨みあう。
醜い闘争の末、レディーファーストを主張して、リボンが幻の羊羹をゲットし、幻のイチゴのショートは、ドクターの胃袋に消えていった。
その後、二人にケーキを譲った形になったパキは、ご機嫌な二人に、とても丁重な治療を、施して貰ったそうだ。
ちなみに、幻の羊羹は、日本であれだけ極上お菓子を食べ尽くした私の、想像の遥か上を超える味だった。
異世界に落っこちて、本当によかった。
これが食べられるなら、我が人生に悔いなし、と思える味だった。




