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ショートショートSFシリーズ

白い闇

作者: 藍 うらら

 S氏は一面が白い壁に囲まれた一室の傍らにひとり座り込んでいた。

 辺りを見回してみても、四方八方真っ白な世界だった。

 S氏の服装は何故か古びており、所々破れたりしていた。しかし、当の本人には何故自分がそのような状況に陥ってしまったのか解らない。つまり、記憶がなかったのだ。


 だからと言って、全ての記憶がなかったわけではない。二年前に念願だったマイホームを共に苦労して何とかローンを組んでまでして一緒に購入した妻。ついこの間、中学校に入学しこれから青春を謳歌しようとしていた息子――。

 それらすべての記憶が鮮明に脳裏に映し出される。その記憶から一体どのくらいが経っているのだろうか。S氏には全くもって解らなかった。

 ひとまずここを出ようとしなければ、事態がつかめない。もしや、自分は誘拐でもされて何処かに閉じ込められているのではないか、とも考えられた。

 例えば、身代金目的、金品目的など、様々なことが考えられる。

 取り敢えず、S氏は自分の所持物を確認することにした。しかし、財布さえない。ありとあらゆる場を探すも、見つかるものはこれといってない。唯一、見つかったものがあったが、それはどうも見覚えのないものだった。


 ジャケットの内右ポケットの中にあった政府発行の整理券。


 S氏にはそれが何だったかは解らなかった。

 その券を目にした途端になんだか妙に人間の存在が感じられた。果たして、どうしてこのようなことを思うのだろうか。

 しかし、それとともに、人間がいないという孤独感が増してきた。何故か、この券を手に入れたことを家族に報告しなければならないという義務感にも見舞われた。

 S氏はしばらくその場に立ち尽くしていたが、その義務感に押され、一歩また一歩と歩みを進め始めた。

 自分がなぜこのような状況になったのかを知るために。そして、この整理券を獲得したことを家族に報告するために――。


 歩き続けてどのくらい経っただろうか。一面真っ白な空間の一角に扉が見えた。

 とうとう出口らしきものを発見することができたのだ。

 S氏は一目散に走り出し、扉のノブに手をかけた。


 それに続いてどのくらいぶりかに浴びる外界の光。

 そして、見えるだろう自分の住む街――。


 しかし、S氏はその光景を見た途端にその場に呆然と立ち尽くした。それとともに、急に目頭が熱くなった。頭が真っ白になった。

 そこには、S氏が住んでいた人溢れる街の景色は微塵もなかった。そこにあったのは、


 ――破壊したビル。倒壊した家。まるで、戦後の焼け野原とも思われる廃墟と化した街の無残たる姿だった。


 そして、そこら中に落ちている整理券。

 S氏は全ての記憶を取り戻した。


 ――シェルターに入るための整理券を求め行列に並び、ようやく受け取れたところで奇しくも落下した物体を。爆風の中、何とかひとり運良く転がり込んだ自分を。家族に整理券を届けることができなかったという後悔を。


 S氏は思い出したのだった。

 


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] テンポよく進む文章、読者を惹き付ける謎、そして衝撃のラスト、それらすべてに自分の心は奪われました! 特に、主人公の心情や主人公の周りの状況の描写が素晴らしく、短い文章であるにもかかわ…
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