うまい話は信じない
僕は話題を少し変え、宇宙人のオーバーテクノロジーがどれだけ凄いのかについて、彼女にあれこれ質問した。僕らの話題は宇宙人のハッキング能力に及んでいた。
「宇宙人のオーバーテクノロジーなめて貰っちゃ困りますねえ。エシュロンへのハッキングなんてお茶の子さいさいなんですから」
「ハッキングしたの? エシュロン。まさかウィキリークスにリークとかしてないよね?」
「そんなの1回しかやってないですよ」
「やったのかよ!」
「どこぞの首相が頭はおばかさんなのに、下半身は物凄いとか書いてありましたよ。国債価格は下がり続けているのに、イチモツは上がりっ放しだとか」
「……」
「あん時は上司にこっぴどく叱られましたよ。調査任務なんだと思ってるんだって。だから私、言ってやったんですよ。あたしを選んだあんたが悪いって」
大丈夫なのか? 地球。こんな宇宙人に命運を任せちゃって。と僕は大いに思った。
「あっ!」
彼女が大きな声で叫んだ。
「どうしたの? 上様」
「また茶柱立ってますよ! 凄いじゃないですか! やっぱり私って、幸運を呼ぶ女神と渾名されるだけの事はありますね」
そう言うと、ずずうっとお茶を飲み干した。
「どっちかって言うと、悪魔のような女の方が合ってない?」
「そうそう、幸運を呼ぶ悪魔のような女神って渾名でした。凄いでしょう私」
最早返す言葉が無かった。
「なんか不服そうですね、由宇作。私がこんなに近くで幸運パワーを分け与えてるっていうのに」
僕の目をじっと見ながら彼女は言った。
「幸運パワーと言われましても……」
「言われましても? 何ですか?」
僕はうまく説明出来なかった。そして言葉を発する代わりに溜息を吐いた。
「由宇作って、うまい話って信じない性質でしょ?」
彼女は小悪魔的な笑みを浮かべ、僕に尋ねた。
「うまい話を信じる資格が無いって思ってるだけだよ」
「資格? ですか?」
「うまい話を信じても命取りにならないだけの余裕。それが僕には無いからね」
「だからうまい話を信じないと」
「正確には信じる余裕が無いってだけの話だよ」
勿論これは、正確には昨日までの僕の話だ。しかし昨日以降、僕の人生に余裕が生まれたなんて思える程、僕は楽観的では無かった。
「あっ、もうこんな時間。じゃあ私そろそろ戻りますね」
大きくあくびをすると、彼女はそそくさと戻って行った。
時計を見たら午後2時を回っていた。思えば彼女がやって来たのは朝の6時過ぎだから、かれこれ8時間は一緒にいた事になる。彼女がドアから出て行くのを見届けた後、僕も大きくあくびをした。
そう言えば彼女はどこに戻ったのか、少し疑問が湧いた。常識的に考えれば、このアパートの敷地にある大家さんの自宅って事になるだろう。なぜなら彼女は大家さんなんだから。しかしながら彼女は宇宙人でもある。ならば宇宙船に戻った可能性も考えられる。いずれにしろ玄関のドアを開け、彼女がどこへ向かうのか見れば済む話だろう。しかし今の僕は、そこまで詮索するのが非常に面倒臭く思えるほど、睡魔に襲われていた。彼女がどこへ向かうにしろ、彼女の目的もやはり昼寝だろうから。
やばいっ! 仕事に遅刻する! それが目が覚めて最初に思った事だ。しかしすぐに、今日が日曜である事を思い出し、安堵した。
日曜のいつ頃なんだろうとふと思い、目覚まし時計を見ると、針は3時過ぎを指していた。午前3時にしてはやけに明るい事に違和感を覚えているうちに、徐々に記憶が戻ってきた。やがて僕は、1時間程昼寝をしていた事に気付いた。
このまま暫くまどろんでいようかと思いつつ、何か嫌な予感がして、周囲をキョロキョロ見回した。幸い嫌な予感は当らなかった。
「お腹ぺこぺこなんですけど」
なんて言葉はどこからも聞こえて来なかった。安堵した僕は、まだ暫く寝ていようと再び横になり目を閉じたが、その途端、玄関のチャイムが鳴った。
僕は自分がまだまだ甘い事を再確認した。
「はいはい上様、今行きますよ」
そう呟きながら僕は玄関へ向かった。別にチャイムなんか鳴らさなくても鍵は開いてるんだから、勝手に入って来ればいいのに、と思いながら。
しかしドアを開けた僕の目の前の光景は、予想に反したものだった。
「失礼ですが、佐藤由宇作さんですね。我々は警察の者ですが」
目の前には二人の中年男性が立っていた。どうやら警察官らしい。そのうちの一人が僕に声を掛けた。
「はあ、そうですが」
「山田ツングースカと名乗る女性をご存知ですね?」
最初の男が言い、もう一人も
「自分の事を上様と呼ばせる女性です」
と言った。
「はい、知ってますが」
そう答えた直後、僕は後悔した。
どうやら警察が彼女、山田ツングースカを捜しているらしい。しかしそれが何を意味するか深く考えもせず、僕は知っていると答えてしまった。少なくとも日本の警察に限って、そんな事は無いと僕は勝手に思い込んでいた。しかし日本の警察に無いなどという根拠はどこにも無かった。少なくともFBIには在ると言われているんだから。そう、宇宙人関連の捜査を行う部署が。
あいつめちゃくちゃな奴だけど、根は凄くいい奴なんじゃないかと思い始めていた僕は、この場をどう切る抜けるかについて必死で思いを巡らせた。そして考えているうちに腹が立ってきた。見つかるようなへまはしないって豪語してたくせに。
「か、彼女が何か? べ、別に僕に危害を加えるような事はありませんでしたよ」
言った後、またしまったと思った。彼女を庇いたい一心で言ったつもりなのに、これじゃかえって彼女が危険な生き物のような印象を与えてしまう。
「それは良かった。まだ危害を加えられていないのですね」
捜査員の一人が言った。やはりこの人達は宇宙人関係の捜査官に違いない。僕はそう確信した。
「と、とにかく彼女はお茶とお煎餅が大好きなんですよ。ほ、ほら、お茶とお煎餅が大好きな奴に、悪い奴はいないって言うじゃないですか」
僕はめちゃくちゃな屁理屈を述べた。
「それが彼女の常套手段なんですよ。そうやって油断させるんです」
しかし僕の屁理屈はあえなく反論された。