大切な事はみんな宇宙人が教えてくれた
「由宇作、私のおっぱいさわるの止めて下さいよぉ」
「……」
上様の突然の台詞に僕は一瞬硬直した。しかし宇宙船の椅子の背もたれに体重をあずけながら、いびきをかいている様子から、彼女は相変わらず眠っている事が見て取れた。今の人聞きの悪い台詞は恐らく寝言だろう。そして彼女は今、とても人聞きの悪い夢を見ている事だろう。
巨大フラーレンを後にした僕らの乗る宇宙船は、超光速航法を断続的に行いながら地球を目指していた。
「由宇作君、地球まであと5光年足らずだが、近くにアルファ・ケンタウリがあるから、寄り道して行くかい?」
「今回は遠慮しとくよ。上様の事も心配だし。それに早く家に帰って一服したい気分だしね」
「まっ、ツングースカの方は心配ご無用だろうが、早く家に帰って一服したい気分だってのは私も同じだな」
そう言うとゲルさんは、地球へ向けて最後の超光速航行を開始した。
「それにしても」
ゲルさんはコップに入った麦茶を一口で飲み干し、言った。
「流石ツングースカ専用だけあって、操縦しづらいったらありゃしなかったよ。宇宙船の大きさに比べて、カシミアエンジンやたらパワーあり過ぎだし」
続けてこう述べると、二杯目の麦茶も瞬く間に飲み干した。僕の部屋で一服している僕らの横では、上様が未だ眠ったままだった。冷房手段を扇風機に頼るしかないこの部屋で、いびきをかき続ける彼女は、心なしか寝苦しそうだった。
「ふっかーつ!」
そう言って我生涯に一片の悔いも無かった人のように、片腕を大きく突き上げながら上様が起き上がった。
「由宇作、復活した私に何か言う事はありますか?」
「体調良さそうなのは良かったけど……」
「けど、何ですか?」
「えーとね、いつから復活してたの?」
「……それは秘密です」
上様の顔をじっと見ながら質問する僕に対し、上様が視線を泳がせながら答えた。そして暑さの所為かどうかは定かでないが、彼女は汗をダラダラかいていた。
ゲルさんは先程、「暑くてたまらん!」と言い残し、エアコンの使える自分の部屋へ帰って行った。
「前から疑問に思ってたんだけど」
「何ですか? 由宇作」
「上様ってさあ、ラジカセロボ作れるくらいだから、エアコンの修理ぐらいお茶の子さいさいだよね?」
「それは勿論。で、それが何か?」
「なのに何で僕の部屋のエアコンは、壊れっ放しなのかなと思って」
「そんなの簡単ですよ。私が単に修理するのが面倒臭いだけです」
見事に筋の通った言い訳をぶちかましてくれた上様は、なぜか偉そうに胸をそらし、上から目線で僕を見ていた。
そして一週間があっという間に過ぎた。気温は相変わらず、むしろパワーアップしているような気もするが、8月初旬ともなると体が暑さに慣れてくる所為か、7月に比べ灼熱感はやわらいでいた。結局エアコンは修理されないまま、僕も上様も汗をダラダラ流しながらグダグダと、この暑い日々をやり過ごしていた。
「だけどさあ、宇宙セレブの人達って何気に地球の文化詳しそうだったけど」
日課のラジオ体操の終了後、由美ちゃんを見送った後、僕はふと疑問に思った事を口にした。
「調査任務についてた上様やゲルさんならともかく、一般の宇宙セレブがこんな辺境の星の文化に詳しいってのも、何か変だなと思って」
「それは主にここにいる宇宙セレブの所為ですよ、由宇作」
そう言って上様がゲルさんを指差した。
「このうんちく野郎ゲル・ビーツが、宇宙セレブ仲間にある事ない事うんちくたれてくれたおかげで、宇宙セレブの連中の間では、今、ちょっとした地球ブームなんですよ」
「まっ、ある事ない事に関してはツングースカの貢献の方が大きい気がするが、確かに宇宙セレブの仲間に懇切丁寧に解説してやった記憶はあるな」
「宇宙にはこんな諺があるんですよ。人の噂も75万光年、という諺が。宇宙セレブの間では噂話が1秒で半径75万光年広まるって意味です」
「……まあ確かに、あっという間に地球ブームになったからな」
「おかげで、漫画やらアニメやらゲームやら暴れん坊将軍やらが、宇宙セレブの間で大人気になってるって寸法ですよ。何しろ、宇宙セレブの間で今一番流行ってる映画が、『マジンガーZ対暴れん坊将軍』ですから」
「僕の記憶に間違いがなければ、地球でそんな映画は作られてないと思うけど」
「バミューダ虎夫がプロデュースしてわざわざ作ったんですよ。暗黒大将軍を倒し、キングオブ将軍の座を手に入れた暴れん坊将軍が、マジンガーZに最終決戦を挑むという内容で」
「著作権とかあったもんじゃないね」
「私も注意したんだが、バミューダ虎夫の奴は高を括っててな。どうせ地球と本格的にファーストコンタクトが行われるのは、暴れん坊将軍とマジンガーZの著作権が切れたずっと後だとか抜かして。本当に腹立つ男だよ、あいつは」
ゲルさんが苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「そのバミューダ虎夫はMMORPGにもはまりまくってましてね。本物そっくりホログラムを惜しげもなく使ったゲームの世界に、他の宇宙セレブを何人も誘い、ログアウト不能にして喜んでるみたいなんですよ。おかげで超銀河郵便連盟のハッカー達が、レスキューにてんてこ舞いだったって。散々愚痴こぼされちゃいましたよ」
上様がうんざりした顔をしながら言った。バミューダ虎夫氏とは、かくも人を不快にさせる事に関して右に出る者がいない宇宙セレブらしい。まあ、パーティー会場で会った時からその片鱗は見えてはいたが。
「何やってるの? 上様」
その日の朝食後、上様がジャンク品のノートパソコンのキーボードを一生懸命叩いていた。
「本書いてるんですよ。生活費の足しにしようと思って。由宇作の稼ぎが悪いから」
視線をノートパソコンの画面に向けたまま、人聞きの悪い事を抜かした。
「……ちなみに、どんな内容の本?」
僕がそう尋ねると、待ってましたとばかりに満面の笑みを浮べて上様は答えた。
「大切な事はみんな宇宙人が教えてくれた、というタイトルの本なんですけどね。人生の崖っぷちでやさぐれていた青年が、宇宙人と出会い人生の素晴らしさを学んで行く、愛と感動のありがちなサクセスストーリーです」
「宇宙人との出会いはそんなに無いとは思うけどね……で、今そのサクセスストーリーを書いていると?」
「それはまだですよ。今書いているのは自演用のレビューですよ。これがなかなか大変でして」
「……」
「こんなのどうです? もう、涙無しでは読んでいられません。この本に出会えて本当に良かった。特にアンゴルモアの大王。ただのちっちゃなおじさんだと思っていたあの紳士が、あんな素敵な十六文キックをぶちかますなんて、本当にシンデレラも裸足で逃げ出すくらい驚きの展開でした。この本は私の一生の宝物です。声を大にして叫びたい。カムバック・トゥー・アンゴルモア! アンド・ジャイアント馬場!」
「……てか、出て来るの? アンゴルモアの大王」
「出て来ませんよ、アンゴルモアの大王なんか。どこぞのオカルト本じゃあるまいし」
「でもレビューには出て来るじゃん」
「分かってませんね、由宇作。アンゴルモアの大王はジャイアント馬場同様、我々の心に熱く刻まれるちっちゃなおじさんなんですよ! お分かり? 由宇作」
全然分からなかった。




