幸運を呼ぶ女
「超銀河郵便連盟規約第3条は、先程あなたが言ってた、通信の秘密に関連した条項の集まりでしてね。私たち郵便局員は、新人研修の時に真っ先に覚えさせられるんですよ。もう、本当に面倒臭いったらありゃしなかったんですがね」
と、如何にも過去のトラウマを思い出しているかのような顔をしてみせた。
「でまあ、その通信の秘密っていうのも、突き詰めて考えれば、プライバシーへの不干渉という考えに行き着くわけでして。ようするに超銀河郵便連盟規約第3条は、郵便事業を行うに当って、如何にしてプライバシーへの不干渉を実現していくか、実際には完全なるプライバシーへの不干渉は無理なんで、現実には郵便事業との兼ね合いで、如何にプライバシーへの干渉を最小限に抑えるか、という理念の基に、くどくどと書かれた条項の集まりなわけですよ、これが」
そう言ってからこの宇宙人は、またもや煎餅を頬張った。いい加減どんだけ煎餅食いやがるんだと思いながら、僕は彼女が説明の続きを始めるのを待った。
お茶を飲み干した彼女は、説明を再開するかと思いきや
「あ、お茶の御代わり貰えます? 私、出がらしのお茶も好きなんですけど、出がらしじゃないお茶はもっと好きなんですよね。えへへ」
と言って暗に新しいお茶を要求した。しかし僕は出がらしのお茶を彼女の湯呑み茶碗に注いだ。そしたらこの宇宙人は、そのお茶を一気に飲み干し、先程の台詞を繰り返した。このまま出がらしのお茶を差し出したら、また同じ事が繰り返されるだろう事を予感した僕は、仕方なく急須のお茶っ葉を新しいものに取り替え、この新しいお茶を彼女の湯呑み茶碗に注いだ。
「ほれれれすねえ」
まだ口の中に大量の煎餅を残しながら、この宇宙人は説明を再開しようとした。そして慌ててお茶を飲み、一息ついてから本格的に説明を再開した。
「おっと失礼。それでですねえ、我々としては配達した郵便物の中身に関しては、干渉しない主義なんです。例え中に地球を粉々に破壊する爆弾が入っていようとも」
「ええ! そんな!」
「まあ色々気持ちは分からないでもないんですが、これが超銀河郵便連盟の、通信の秘密に対するスタンスですから。で、問題はここからなんですが、我々としては郵便物の中身に関しては、プライバシーに配慮して干渉しないというスタンスなんですが、極たまにですね、配達という行為自体が、配達先のプライバシーに大きく干渉してしまうという事態が発生するわけですよ」
「どういう事?」
「まあ比較的良くあるパターンとしては、不倫現場にたまたま配達してしまって、郵便配達員を家に戻って来た亭主だと勘違いした男が、素っ裸のまま家から飛び出して、途中で警官に呼び止められて、そのまま署に連行される、なんて例がありまして」
「うん、そりゃ、ありそうな話だね」
「こんな時、超銀河郵便連盟は、可能な限りのあらゆる政治的圧力を駆使して、警察機構に対し、事件そのものを無かったかのように揉み消して貰うんですよ」
「えええ!」
「これが超銀河郵便連盟規約第3条第27項でして、配達という行為自体が、配達経路上に存在する、超銀河郵便連盟の業務に従事する者以外のプライバシーに大きく干渉してしまう場合、可能な限りの手段を用いて、その影響を最小限に抑えなければならない、というものです」
そう言って彼女はまたお茶を啜ろうと、湯呑み茶碗を手にして口元まで持っていったが、なぜか口には持っていかず、ただ目を凝らして湯呑み茶碗の中を見ていた。
「茶柱が立っていますね。何かいい事でもあるんでしょうか? まあ、私って幸運を呼ぶ女と呼ばれていますから」
「嘘だろそれは!」
と思わず叫びそうになった。
そして、お茶を美味そうに飲み干す目の前の宇宙人を見ながら、頭に引っ掛かっている疑問をぶつけてみた。
「それで、今回の件て、超銀河郵便連盟規約第3条第27項と、どう関係してくるの?」
「ほう、分かりませんか?」
「分かりませんね」
「超銀河郵便連盟規約第3条第27項は、配達という行為自体が、プライバシーに大きく干渉してしまう場合の条項です。そして今回の件では、配達された手紙に貼ってあった切手が、たまたま、非常に希少価値のあるものでした。もしこの切手が手紙と一緒に封筒の中に入っていたなら、我々としては一切関知する必要など無かったのですが、生憎封筒に貼ってあったのですよ、郵便料金を支払った事の証明として。このように、郵便料金を支払った事の証明として切手が使用されている場合、この切手に関する事柄は、配達という行為の範疇に入ってしまうのですよ。そして、その切手のおかげで、あなたのプライバシーは非常に大きな干渉を受ける可能性があるわけです、恐らくは宇宙の至る所から。お分かり?」
彼女の言わんとしている事はなんとなく理解できたが、しかし僕にはどうも頭の奥で引っ掛かっているものがあった。しかしそれが何なのかどうもはっきりしなかった。しかしながらそれは今彼女が説明した事よりも、もっと前から、恐らくは彼女に最初に会った頃からの疑問のように思えた。
そして彼女が
「トイレ借りていいですか?」
と言って立ち上がった瞬間、その疑問が何だったのかを悟った。
「絶対領域が無い!」
そう叫んだ僕に対し
「何ですかそれ?」
そう言い残して、この宇宙人はトイレに入った。