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期日指定郵便  作者: 遊星族
第1章 神が振ったサイコロ
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神は無い袖は振らない

「えっ、本物そっくりホログラムって物体に触れられるの? ホログラムなのに!」

 あれから1週間。既に6月に入っていた。そろそろ梅雨入りしそうな時期だが、生憎、空からは6月の半端なく強い紫外線が降り注いでいた。アパートの屋根の上には太陽電池パネルが広がり、紫外線と共にやって来る、もう少し波長の長い電磁波を、せっせと電気エネルギーに変えていた。

 そんな風に周囲の景色は少しずつ移り変わっていった。しかしながら僕と上様は、相変わらず煎餅を頬張りながらお茶を飲んでいた。

「ヒッグス場をコントロールして、うまい事やってるんですよ。おかげでホログラムなのに、物を持てたりも出来ちゃうんですよね」

 彼女はそう説明した。

「てか、前からちょっと思ってたんだけどさあ、同じ光学迷彩なら、シュヴァルツシールド使うより、本物そっくりホログラム使う方がいいんじゃない?」

「かあっ! これだから経済観念の無い地球人は困っちゃいますよ」

「はあっ?」

「どんだけ値が張ると思ってるんですか? シュヴァルツシールド並みの光学迷彩展開するのに、本物そっくりホログラム使うとしたら。同じ規模の光学迷彩だったら、シュヴァルツシールドの方が本物そっくりホログラムより、遥かに安い値段で装置買えますから」

「……じゃあ一般的には、光学迷彩に本物そっくりホログラム使わないって事?」

「そうですよ。但し、これから由宇作の所にやって来る宇宙人達は別ですけどね。光学迷彩に、惜しげも無く本物そっくりホログラム使ってくるでしょう。何しろ宇宙の金持ち連中ですから。由宇作の切手狙ってやって来る連中は」

「……それってさあ、あの切手売ったら、宇宙じゃ僕も金持ちになれるって事?」

「ほれは……おっと失礼。それは全力で私が阻止する事を予めお断りした上で、あえて言わせて貰えば、確かにその通りです。しかもかなりの大金持ちに」

 超銀河郵便連盟規約第3条第27項さえ無ければ、僕は宇宙で大金持ちになれる。その大金で、とてつもないオーバーテクノロジーを手に入れる事が出来る。それは考えてはいけない事かもしれないが、なんとも言えない甘い誘惑だった。

 ここ最近、オーバーテクノロジーを手に入れたいという願望が、頭の隅から離れない。幽霊騒動を演出するのに、本物そっくりホログラムを使わせて貰った頃から、ほんの少しずつ、この思いは強まって来ていた。このアパートには様々な訳ありの人達がいて、それを知る度、何より僕自身訳ありで、だからオーバーテクノロジーを使えば、こんな行き場の無い状況を抜け出せそうな気がした。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女はこんな事をのたまった。

「あっ、本物そっくりホログラムと言えば、由宇作が退職するように私が工作したじゃないですか。派遣会社の担当者に、本物そっくりホログラム使ってなりすまして。でもあれ、全部がハッタリだったわけじゃないんですよね。助成金の不正受給とか、それが元高級官僚に還流されてるとかは、本当ですから。私がハッキングして調べたんで間違いありません。まあ、ウィキリークスにはリークしておきましたけど」

 オーバーテクノロジーを使って、この腐った世の中を変えてみたい。そんな思いが一瞬、頭をよぎった。



「あっ、そう言えば、由宇作が今の仕事に転職してから、3週間近く経つんですね。そろそろ5月分の給料を払わなければいけないんですが、困った事が起こりましてね」

「はい?」

「という事で給料の支払、来月まで待って貰っていいですよね? 由宇作」

「ええと、僕の勘違いで無ければ、僕はブラック企業から解放されたんだよね? 3週間程前に」

「勿論! そして超優良企業に転職したんですよ。私が経営者の」

「それじゃ給料の支払、来月まで待ってくれとかって聞こえたのは、僕の聞き間違いだよね?」

「由宇作、世の中には聞きたくないような事だって存在します。でも真実から逃げていたら、人類の進歩は無いんですよ」

「それじゃあ、給料支払わなければいけないという真実から逃げ出すのも、無いよね?」

「え? だって私は宇宙人ですよ? だからこれ以上進歩しなくても、全然問題無いんですよ」

「でも給料払わないのは大問題だよね? 宇宙でも」

「そりゃ勿論。宇宙でそんな事が起きようものなら、革命の3つや4つ起きても不思議じゃないですから。でも地球人って、その辺り凄く忍耐強いじゃないですか。私、地球人のそんなところ、凄く尊敬してるんですよ」

「僕は上様に尊敬される地球人になるより、今すぐ断固として給料の支払を要求したいんですが」

「えっ? そうなんですか? それは残念ですね。でも知ってます? 宇宙には、無い袖は振れないって言う諺があるんですよ」

「まあ地球にもあるけど……」

「そうですか? それなら話は早い。実は今の私が、まさにその通りの状況なんですよ」

「えっ……お金無いの?」

「そうですよ」

「大家さんなのに?」

「大家さんである事とお金がある事の間に、等価原理は働いてないですから」

「そりゃそうだけど……家賃収入は?」

「まだまだ先ですよ。1ヶ月分無料にしちゃったんですから」

「じゃあ太陽光発電の買取分は?」

「設置してからまだ1週間も経ってないんですよ」

 呆れたような表情で彼女は答えた。焦っていた僕は、ちょっと考えれば分かりそうな質問を、彼女に連発していた。

「そ、そうだ! また核融合炉でプラチナ作って……」

「前にも言ったじゃないですか。それやるくらいなら、本物そっくりの偽札作った方がマシだって」

「じゃ、じゃあまた偽札を……」

「ええ! いいんですか? 由宇作あんなに渋ってたのに。だから出来るだけ自粛する事にしたのに」

「ええ! 自粛してたの?」

「そうですよ。だからお金無いんじゃないですか」

 彼女が困ったような顔で言った。

「もう自粛やめるとか?」

 僕は渋々彼女に尋ねた。

「それは出来ませんよ。そんなに都合よく自粛したりしなかったりしてたら、地球の経済大混乱に陥るじゃないですか。自粛するって決めた以上は、出来る限り自粛するのが筋ってもんです」

「じゃあさ、何か売るものないの? オーバーテクノロジーで作るもの以外で」

「まさか由宇作! 私に体を売れとでも? 信じられない! 由宇作がそんな人だったなんて! 折角幸運パワーを分け与えて来たというのに!」

「そこまでは言わないよ。でも……」

「でも、何です?」

「給料貰えないとほんとっ困る。生活出来無い」

「だって家賃はただじゃないですか。電気は太陽光発電で賄えるから、後は水道代とガス代ですね。しかしご安心下さい。最新式の浄化システムで、水はリサイクルして使えるようになってますから」

「はい? 今何と?」

「ですから最新式の浄化システムですよ。あっ、オーバーテクノロジー製ではないですよ。オーバーテクノロジーは、なるべく使わない方がいいですから。地球製の最新式の水浄化システムですよ。しかもついでにバイオガスも作ってくれるから、ガスの方も何とかなりますし。まあ、ちょっと値は張っちゃいましたが」

「なんかとんでもない物に大金つぎ込んだみたいだけど、それでお金無くなったの?」

「まあ大体そんなところですね。おかげで地球に優しい暮らしが出来ちゃいますよ。素晴らしい事に」

「給料払って貰えると、もっと素晴らしいんだけど」

「どうしてです? 後は食費ぐらいじゃないですか、掛かる費用と言ったら。由宇作の少ない貯金でも、1ヶ月ぐらいは何とかなるんじゃないですか?」

「そうだったら、どんなに良かったかって思うんだけど……借金の返済もあるし」

 延々と続く月々3万円の支払。それが今の僕に重く伸し掛かっていた。これだけは言わないでおこうと思っていた台詞が、ついに口から出た。

「もし給料を払って貰えないんだったら……僕はあの切手を売る事を考えざるを得ないんだけど」

 言ってしまった後、なんとも言えないほろ苦い気分になり、彼女の顔を直視出来なくなった。

 無い袖は振れない事は分かっていたが、何としてでも用立てて欲しかった。

 しかし彼女は、僕が予想だにしない事を言った。

「ああ、その事ですか。由宇作の借金なら、私がとっくの昔に全額返済しておきましたよ。まあその分は給料から差し引きますが」

「えっ!」

「だって馬鹿高い利息を延々と払い続ける為に、余分な労働してる暇は無いじゃないですか。今の由宇作には。そんな暇あったら、今後宇宙からやって来る脅威に対して、対策を練ってる方が遥かにマシですから」

「えっ! あっ! じゃあ、お金が無いのって、その所為もあるの?」

「当然じゃないですか」

 彼女は満面の笑みを浮べ、僕はいたたまれない気分になった。

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