冷やし中華始めました
玄関のチャイムが鳴った。まあ訪ねて来る者などめったにいないから、運が良ければ実家からの宅配便、そうでなければ、何かの勧誘話に暫く付き合わされる羽目になるだろうと思いながら、ドアを開けた。
目の前には、猫耳を付けたメイド姿の若い女性が立っていた。そしてエプロンには大きく『冷やし中華始めました』と書いてあった。
「それにしても汚いアパートですね。あ、郵便です」
自分の聞き間違えでなければ、彼女は確かにそう言った。
「郵便? ですか?」
僕は恐る恐る確認した。
「はい、郵便です。期日指定の」
彼女は満面の笑みを浮かべながら答えた。
「期日指定の? 郵便?」
僕が再び尋ねると、彼女は一瞬面倒臭そうな顔をして「ちっ」と舌を打ったが、すぐに満面の笑みを浮かべて説明を始めた。
「はい、期日指定郵便です。今日、この場所に配達するように指定された郵便です。まあ12000年程前に」
「い、12000年前に!」
僕は思わず大声で叫んでしまった。
「ちょっと! 大声を出さないでくださいよぉ。ご近所に迷惑ですから」
お、お前が言うか? と喉まで出かかったが、確かに今は、大声を出すのはまずい状況である事は本能的にも理解出来たので、何とか自分を落着かせ、まずは自分が今どういう立場に置かれているのか、理解する事に努めた。
「で、結局あなたは何者なんですか?」
頭の中で思考を巡らせた挙句、最も適切だと思われる質問が浮かんだので、目の前の人物にぶつけた。
「いやですよお客さん。あたしゃしがない郵便配達員ですよぉ。超銀河郵便連盟の」
「は?」
なぜか照れ臭そうに答えた彼女に対して、僕はこう言い返す事しか出来なかった。そして暫くの間、彼女が僕に向かって何かしゃべっているのを、上の空でただ聞いていた。
「あのですね。宜しければさっさと受け取って貰えると有難いんですが」
彼女は何か小さくて薄い、今まで見た事も無い物体を僕に差し出した。
「これ何ですか?」
僕は至極当然の質問をしたつもりだった。
「見て分かりませんか? お手紙ですよ、お・て・が・み。それ以上でも以下でもなく」
彼女は、そんな事知ってて当然だと言わんばかりに答えた。
『開いた口が塞がらない』という諺は、今まさに、この時の為にあるんだと全身で感じながら、僕は次に言うべき言葉を探した。
「受け取りの……はんこかサイン必要なんですか?」
これが今の状況で、どれだけ適切な言葉かは分かったものじゃないが、とりあえず言ってみた。
「どうしてもとおっしゃるなら、頂かない事もないんですが。まあお気持ちだけでも十分です」
「はあ」
そう返事をするしか出来なかった僕に、彼女は、彼女の言うところの手紙と称する物体を渡した。
「それじゃ私の任務はここまでなので。後はお達者で」
彼女はそう言って、そそくさと立ち去って行った。
僕は狐につままれた気分のまま、手に持った手紙とは似て非なる金属っぽい感触の物体を、握っているしかなかった。
暫くして気を取り直した僕は、この手紙らしき物体をどうしたものかと眺めているうちに、この物体の片隅に小さなオブジェらしき物を発見した。
「何だこりゃ」
そう思いながらよくよく見回すと、頭の中である考えが浮かんだ。
「まさか切手とか」
そう呟いたまさにその時に、先程の彼女が再び姿を現した。
「気付いちゃいましたか。やっぱり。いやあ、気付いて欲しくは無かったんですが」
第1話長かったので3分割しました。以前の第2話以降が第4話からになります。