うどんを特別にする方法
【登場人物】
私 :語り手。とある番組に触発されて、うどんを食べる旅に出た。
※「秋の文芸展2026」参加作品です。
※2024年に投稿した作品のセルフリメイクになります。元の作品は小説投稿サイト「ノベルアッププラス」でお読み頂けます。
これから書く内容は、私の独断による「うどんを特別にする方法」である。
うどんを食べるのに何故そんな事をしなければならないのだと、多くの人は思うだろう。
時間や金の無駄だと言う人もいるかもしれない。
しかし私にとって、それはとても重要な事だったのである。
それを加味してお読み頂けるとありがたい。
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『一つ、深夜バスに乗らなければならない。』
その深夜バスは、家電量販店の新宿西口本店前から出る香川県高松駅行である。(注1)
出発は夜だ。席は指定なので急ぐ必要は無いが、早目に行って場所を確認し、近くで時間を潰す。
時間が近付くと、路線バスの二回りは大きい高速バスがやってきた。私はその姿を見ただけで胸が高鳴る。
(ああ、これが深夜バス!BUSの響き、バスか!)
乗り場から少し離れ、乗客が途切れるのを待ってから乗り込む。
季節外れだからか、それほど混んでいない。しかも私の席は運転席のすぐ後ろで、客席では一番前だ。足も伸ばせる。
過酷だと聞いて覚悟していたのだが、この席は旅慣れしていない私にとって助かるものだった。
出発までのしばらくの間、私は自分が今まさに深夜バスに乗っている事、これから四国へ向かうのだという事を考えると落ち着かなかった。
気付いた人もいるかもしれない。これはある番組で行われた旅の再現である。
私は番組の中の出来事を、どうしても自分で体験したくて、この旅を決行したのだ。
出不精の私が、自分で旅程を考え、高速バスや旅館に予約を入れる事になるなんて、過去の私に言っても信じないだろう。しかし、この旅にはそれだけの魅力があったのだ。
完全再現ではない事については、旅の初心者なので許して欲しい。
時間になり、バスが出発した。
基本的には何もする事は無い。ほとんどの人が眠くなるまで時間を潰し、そして朝まで寝ているはずだ。
しかし私は眠れるだろうか?興奮しているのもあるが、このバスに乗っている時間を少しでも楽しみ、そして憶えていたいのだ。
深夜になる前にバスは一度サービスエリアで止まった。数人がトイレへ行く。
私も興味があったので外へ出た。真っ暗で良く分からなかったが、それでも何か嬉しくて一人ではしゃいだ。
しかし置いていかれるのが怖くてすぐに戻ったのは、流石に憶病だっただろうか?
その後は、早朝から行動する事を考えて目を瞑る。寝れなくても休息は取っておくべきだろう。
そして数時間後、朝早くに道後温泉に到着するというアナウンスが入った。
私は寝たのか憶えていないくらいの浅い眠りから起き、降りる準備をする。
バスは道後温泉に到着した。
ここで降りる客は私一人だった。他の客はもっと先まで行くのだろう。
席が一番前だったのは他の客の邪魔にならないようにという理由らしい。私は納得しつつ、そそくさとバスを降りた。
ついに四国だ。
(注1)2024年1月現在、高速バスターミナルは新宿バスタに移行されています。
『一つ、道後温泉に入らなければならない。』
目の前に道後温泉の本館があった。
道後温泉は日本三古湯の一つと言われていて、共同浴場で朝早くから入る事ができる。
この道後温泉に入る為に、わざわざここで降りたのだ。
私は感動を覚えつつ、道後温泉の湯に浸かった。
温泉は最高だった。
立派な木造の建物の中は、昔ながらの脱衣所や、立派な石造りの浴場があり、まるで映画の中にいるような、もしくは江戸時代にタイムスリップしたような気持ちになる。
バスの中で汗をかくことはなかったが、温かい湯は優しく疲労をとってくれた。
湯から出た後は、二階の畳敷きの休憩室でゆっくり涼む事もできた。おかげで気力は十分だった。
私は次の目的地へ移動する事にした。
『一つ。移動手段はレンタカーである。』
私は路面電車でJR松山駅へ行き、レンタカーを借りた。
私はペーパードライバーである。本来なら車は避けたい所だ。
しかし、移動はレンタカーでなければならないのだ。そしてカーナビは使わない。道はロードマップで調べる。
迷っても構わない。紙の地図だけを頼りに進む。それが旅だ。
とは言え、うどんを食べるのが目的なので、本当にどうしようもなくなったらカーナビやスマホのGPSを使う事にしよう。
香川の製麺所兼うどん屋の閉まる時間は早い。迷う事も考慮して、早目に出発した。
天気が良い。青空に雲が一つ二つ浮いているだけである。夏は過ぎているが、少々暑いくらいだ。
畑しかない長閑な道を進む。
(これは小麦だろうか?これが全てうどんになるのだろうか?)
そんな事を考えながら車を走らせた。
一、二度、判断に迷ったが、道路自体が多くないので、何とか目的のうどん屋を見つける事ができた。
店の近くになると車が並んでおり、その列に私も入る。列は駐車場へ続き、私は前の車に倣って無事に駐車までこぎつけた。
『一つ、ぶっかけうどんを食べる。』
製麺所兼うどん屋はセルフ方式である。
カウンターの店員へ食べたいうどんの種類と玉数を告げると、丼にうどんを入れてくれる。その後、必要ならサイドメニューを選び、会計を済ます。
うどんは自分で茹でて、茹でたうどんに無料のネギや天かすをかける。
その辺りはネットで調べたが、上手くできるか不安だった。
しかし気付いた。前の人を真似れば良いのだ。
何とか「ぶっかけうどん」を注文し、サイドメニューはちくわの天ぷらと温泉卵にした。
そして、ぎこちない動作ながらもうどんを茹でる事ができた。
本当なら“かけ”や“釜上げ”など、何種類かのうどんを食べ比べたかったが、不慣れなせいで一種類しか頼めなかった。
多くを望んでも仕方が無い。これについては初めから諦めていた事だ。ぶっかけうどんが食べられただけでも上々である。
店の外側にある席に移動して、うどんを食べた。
それまでの私は鍋焼きうどんが一番好きだった。もちろん今でも好きなのだが、それは、天ぷら、かまぼこ、モチ、油揚げ、卵など、色々な具材が入っていて、しかもコシのないツルツルした麺をとろとろにまで煮込んである状態が美味しいと思っていたからである。
しかし、このコシがある本場の讃岐うどんを食べた時、今まで私が食べてきたうどんとは別物だと感じた。例えるならふわふわなケーキとサクサクなビスケットくらい違う。
失礼だが、うどんの麺に出汁をかけただけのものが美味しいのかと疑問に思っていたのだ。
その理由が食べてみて分かった。麺自体が美味いのだ。
小麦粉なのか、水なのか、両方なのか分からないが、とにかく美味い。そしてコシのある麺の歯ごたえも美味しさを倍増させていた。
これはいくらでも食べる事ができる。
あっという間にぶっかけうどんとサイドメニューを食べ終わり、私は食器を片付け、速やかに退店した。
車に戻り、ひと心地吐く。
最高のうどんだった。
四国にまで来た甲斐があった。
このうどんは、いつまでも私の中で特別なうどんになるだろう。
高が一杯のうどんを食べる為に、ここまでする必要があるのかと、多くの人は思うだろう。
それでも私にとって、このうどんは掛け替えのないものになったのだ。
深夜バスで四国へ行き、道後温泉に入り、レンタカーを借りてうどん屋へ行き、自分でうどんを茹で、そして本場の讃岐うどんを食べたのだ。それを思い出すだけで、心に小さな自信が生まれ、僅かな光となって闇を照らすだろう。
この経験はそういう一粒の宝になったのだ。
私は満足して車を出した。次の目的地へ行く為である。
『一つ。うどんを食べた後は第79番札所へ行く。』
※手記はここで終わっている。
おしまい。
お読み頂きありがとうございます!
旅をしている感じが少しでも伝わりましたら幸いです。




