聖女召喚
暗い部屋。
ディスプレイの白い光だけが、散らかった室内を照らしていた。
ヘッドセットを外すと、耳鳴りのような静寂が押し寄せる。
中学生の頃、教室で受けた視線と囁き。
それ以来、私はこの部屋から出られなくなった。
もう5年経とうとしているのに――
[IGLすごかった! 今度固定でランク行こ!]
ゲーム内の通知が点滅する。
「……はは」
声だけなら、人と関われる。
だけど人の目がどうしても怖い。
逃げるようにベッドへ倒れ込む。
目を閉じると、あの日の記憶が浮かぶから、
私はいつも“眠る”というより“意識を手放す”。
「――召喚が成功しました!」
知らない声に、跳ね起きた。
視界が揺れる。
気づけば、私は冷たい床に座り込んでいた。
ローブを纏った人影が円を描くように立ち、
虫でも見るような視線で私を見下ろしている。
喉がひくりと鳴る。
息を吸おうとしても、胸がうまく膨らまない。
「ギフトを確認せよ」
低く、命令口調の声。
顔を上げると、ホールの奥。
一人だけ椅子に座る金髪の男が、こちらを見ている。
――逆らってはいけない。
理由は分からないのに、そう思った。
「こちらに手を」
ローブの男が差し出したのは、石板。
訳もわからず震える手で触れた瞬間、白い光が爆ぜた。
「……これは」
「前例がありません!」
ざわめきの中心で、石に浮かぶ文字。
【想像】
意味は分かる。
言葉は違うのに、なぜか理解できた。
すると金髪の男が、私の前に膝をつく。
「聖女様。貴女を、心より歓迎いたします」
金髪男のその澄んだ青い瞳を見た瞬間――
意識が、闇に沈んだ。
目を覚まして、辺りを見渡す。
「……夢じゃなかったのか」
そこは豪華なホテルでも比べられないだろう、広く絢爛な寝室だった。
落ち着かない様相に窓から降り注ぐ光だけが私を安心させてくれる。
空はあの部屋で見る空と同じだった。
「お目覚めですか?」
ぼーっとしている私を元気な声が現実に引き戻す。
驚いて声の方を見ると、メイド服を着た赤みがかった金髪の女の子が立っていた。
緑色の瞳と視線が合い、胸の奥がひくりと縮む。
「……あ……えっと……」
聞かなければいけないことは山ほどあるのに、喉が詰まって言葉にならない。
――また、変に思われる。
そんな私の前で、彼女はにこっと笑った。
「急に知らないところに居たら、びっくりしますよね!
私はお傍でお手伝いさせていただく、マリーと申します」
その笑顔は、私を値踏みするものではなかった。
ホッとする私にマリーは駆け寄りマジマジと見る。
「な、なんでしょう…?」
「うん!顔色は良さそうですね!
体調がお悪いのかと心配しましたが良かったです」
マリーは私が履くための靴を床に置きながら話を続ける。
「お目覚めになったら来るよう国王陛下に言われてるので準備しましょう」
「え!?」
驚き大きな声が出た私にマリーはまた笑った。
着慣れないドレスを着させられ先導に着いて歩く。
同性とはいえ、マリーに着替えを手伝ってもらったときのことを思い出し羞恥で顔が上げられない。
見たことない物、高い天井。
建造物の様式はヨーロッパ風の城そのものだった。
窓から見える草花でさえ、私を安心させてはくれなかった。
兵士のような風貌の人とすれ違うが、マリーが共に居てくれるおかげか、まだ我慢できる。
しばらく歩くと一際立派な扉の前に案内される。
扉には屈強な兵士が二人経っており緊張を煽った。
「こちらで陛下がお待ちです。
お一人で入ってください」
先導はそう言い残し去っていった。
「……陛下の問いに、“是”と答えないでください」
そう言い入ろうとする私の袖をきゅっと掴むマリー。
その手は――祈るように、震えていた。




