07
「皆も知っての通り、昨日、我々の都市は転移した」
後継魔王が、状況を説明し始めた。
「転移先は、魔素がほとんど存在しない、別の世界だ」
「そして、その世界の住民が、我々に接触を試みている」
「城門の外に、彼らの船が来ている。だが、言葉が通じない」
有力者たちが、ざわざわと話し始める。
「どうすればいいんだ……」
「攻撃に備えるべきか?」
「いや、友好的に接触すべきでは?」
議論が、紛糾し始めた。
後継魔王は、困った顔で会議の様子を見ている。
俺は、隅の方で黙って聞いていた。
(やれやれ、このままじゃ話が進まないな)
俺は、小さく呟いた。
「……通訳がいればいいんじゃないか」
その呟きを、隣に座っていた商人ギルドの代表が聞きつけた。
「クロさん、何か?」
「まずは話すことだ」
俺は、適当に言う。
後継魔王が、顔を上げた。
「しかし、言葉がわかる人が……」
後継魔王は、しばらく考え込んでいたが、ふと俺の方を見た。
「……クロさん、もしかして」
「……まあ、少しなら」
俺は、渋々答えた。
「本当ですか!?」
後継魔王が、驚いた顔で俺を見る。
有力者たちも、一斉に俺の方を向いた。
「クロさん、外の世界の言葉がわかるんですか!?」
「昔、旅をしててな。たまたま似た言語を使う地域にいたことがある」
俺は、適当に嘘をついた。
「まあ、片言だが」
「それでも充分です!」
後継魔王が、嬉しそうに言った。
「クロさん、お願いできますか?」
「……やれやれ。仕方ないな」
俺は、ため息をついた。
「でも、俺は通訳するだけだ。交渉はお前がやれよ」
「は、はい……!」
後継魔王が、緊張した様子で頷いた。
会議室を出て、城壁へ向かった。
後継魔王、有力者たち、そして俺とエルーシア、リゼット。
城壁の上に立つと、海上の船がよく見えた。
そして、船から拡声器の音が聞こえてきた。
「こちらは日本国海上自衛隊です。応答してください」
日本語だ。
懐かしい響きに、俺は少し心が揺れた。
(……日本、か)
俺は、魔法で声を増幅させた。
「こちらは都市トーキョーだ。少し待ってくれ」
俺は、日本語で答えた。
船から、驚きの声が聞こえてきた。
「通じた!?」
「そちらの言語が理解できる方がいるのですか!?」
「ああ、少しな。こちらの代表と話がしたいか?」
「はい、ぜひ!」
俺は、後継魔王の方を向いた。
「向こうは、代表と話がしたいそうだ」
「わかりました……!」
後継魔王が、前に出た。
簡単な交渉が始まった。
後継魔王が前に立ち、俺は後ろでさりげなく通訳をする。
だが、実際は俺が後継魔王に小声で指示を出していた。
「まず、敵意がないことを伝えろ」
「わ、我々に敵意はない!」
後継魔王が、声を張り上げる。
俺は、それを日本語に訳した。
「こちらは敵意を持っていない」
船から、返答が返ってきた。
「こちらも同じです。まずは、状況を確認したい」
俺は、後継魔王に伝えた。
「向こうも敵意はないそうだ。状況を確認したいと」
「では……魔王城で会談を?」
「待て」
俺は、小声で止めた。
「まずは中立的な場所がいい。相手も警戒してる」
「あ、そうですね……」
後継魔王が、頷いた。
「では、城門の近くの広場ではどうだろうか」
「それがいい」
俺は、船に向かって提案した。
「城門の近くの広場で会談したい。数時間後、どうだ?」
「了解しました。準備します」
船が、了承の返事を返してきた。
城壁を降りて、会議室に戻った。
後継魔王が、安堵の表情を浮かべた。
「クロさん、ありがとうございました……!」
「別に、大したことはしてない」
俺は、素っ気なく答えた。
「いやいや、クロさんのおかげですよ!」
有力者たちが、口々に言う。
「通訳しただけだ。交渉したのは魔王だろ」
「それでも……!」
後継魔王が、感謝の言葉を続けようとする。
俺は、適当に話を切り上げた。
「とりあえず、数時間後に会談だ。準備しろよ」
「はい!」
後継魔王が、頷いた。
俺は、会議室を出ようとした。
「クロさん、会談にも同席していただけますか?」
「……まあ、通訳が必要だからな」
俺は、ため息をついた。
会議室を出て、エルーシアとリゼットと合流した。
「クロさま……」
エルーシアが、尊敬の眼差しで俺を見つめる。
「本当にすごい方なんですね……」
「別に、すごくない。たまたま言葉がわかっただけだ」
「いえ、そんなことは……」
「それより、店に戻るぞ。留守にしてると客が来るかもしれん」
「あ、はい!」
エルーシアが、慌てて頷いた。
リゼットは、ずっと俺を観察している。
(……何か、気づかれたか?)
俺は、少し不安になった。
三人で店に戻る道すがら、リゼットが口を開いた。
「ねえ、クロさん」
「何だ」
「あんた、昔何やってたの?」
「相談屋だよ」
「その前は?」
「……色々だ」
俺は、曖昧に答えた。
「色々って?」
「旅をしたり、商売したり、まあ色々だ」
リゼットは、まだ納得していない様子だったが、それ以上は追及してこなかった。
店に戻ると、俺はカウンターに座って、深くため息をついた。
「やれやれ、疲れた……」
「クロさま、お茶を淹れます!」
エルーシアが、元気よく奥へ向かった。
「あたしも手伝うわ」
リゼットも、ついていく。
俺は、一人になった店内で、窓の外を眺めた。
(……面倒なことになったな)
でも、まあ、何とかなるだろう。
いつだって、そうやって生きてきた。
しばらくすると、エルーシアが淹れた茶を持ってきた。
「どうぞ、クロさま」
「ああ、ありがとう」
俺は、茶をすすった。
少し、気持ちが落ち着いた。
よし。
俺は、立ち上がった。
「じゃあ、俺は仕事に行くから」
会談が行われる広場に向かう時間だ。
「私たちは?」
リゼットが、尋ねる。
「さすがに国家間の交渉だからな。この家で適当にくつろいでてくれ」
「わかったわ」
リゼットが、頷いた。
「いってらっしゃいませ、クロさま」
エルーシアが、丁寧にお辞儀をする。
その仕草が、妙に可愛らしくて。
俺は、思わず目を逸らした。
「……ああ、行ってくる」
俺は、店を出た。




