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異世界特区「トーキョー」なんでも相談屋  作者: 文助
第1章 プロローグ

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3/8

03

side:クロ


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

 世界が、文字通り揺れた。

 いや、揺れたなんて生易しいものじゃない。店全体が、いや、足元の大地そのものが何か巨大な力に引き摺られるような、異様な感覚。


「きゃあっ!?」

 エルーシアが、バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。

 咄嗟に、俺は彼女の肩を掴んで支えた。


「っ、危ない……!」

「あ、ありがとうございます……!」

 リゼットの方は、さすがにレンジャーだけあって、素早くテーブルの端を掴んで体勢を立て直している。

 揺れは、まだ続いていた。


 カウンターの上のコップがガタガタと音を立て、棚の本が何冊か床に落ちる。窓ガラスがビリビリと震え、不安な音を立てていた。

(何だ、これは……地震か?)

 俺は内心で首を傾げる。


 この都市では、こんな大規模な地震なんて経験したことがない。魔法の暴走か?それとも……。

(いや、考えるのも面倒だ)

 どうせ、すぐに収まるだろう。


 そう思った矢先。

 窓の外が、一瞬、真っ白な光に包まれた。

「……っ!?」

 まばゆい閃光。


 そして――。

 ピタリと、揺れが止まった。

「……お、終わった……?」

 エルーシアが、まだ俺の服の袖を掴んだまま、恐る恐る周囲を見回す。

 俺も、ゆっくりと店内を確認した。


 壁も、天井も、床も。ヒビ一つ入っていない。棚から落ちた本が数冊散らばっているだけで、大きな被害はなさそうだ。

「……とりあえず、無事みたいだな」

「ほんと……何だったのよ、今の」

 リゼットが、ようやく手を離し、深く息を吐いた。


「さあな。大きな揺れだったが、建物は無事だ」

 俺は肩をすくめた。

 外から、人々の騒ぐ声が聞こえてくる。

「おい、大丈夫か!?」

「今の、地震か!?」

「建物は無事みたいだぞ!」

 どうやら、街全体が揺れたらしい。


「ちょっと、外の様子を見てくる」

 リゼットが、さっさとドアへ向かう。

「おい、危ないぞ」

「大丈夫よ。レンジャーだもの。すぐ戻るから」

 そう言うと、彼女はさっさと店の外へ出ていった。


「あ、リゼ……!」

 エルーシアが追いかけようとするのを、俺は軽く手で制した。

「いい。あいつは慣れてる」

「で、でも……」

「それより、お前は座ってろ。まだ顔色が悪い」

 そう言って、俺は彼女を椅子に座らせた。

 確かに、エルーシアの顔は少し青白い。さっきの揺れで、相当驚いたんだろう。


「あ、ありがとうございます……」

 彼女は素直に椅子に座り、俺を見上げた。

 その瞳が、じっと俺を見つめてくる。

(……何だ、この状況)

 俺は内心でため息をつく。

 元魔王の俺が、勇者の面倒を見るなんて。しかも、二人きり。


「あの……」

「クロだ」

とりあえず、名乗っておく。

「あの……クロさま」

「ん?」

「その……私、クロさまの近くにいると……」

 エルーシアが、困ったように頭のアホ毛を触った。

「何だか……不思議な感じがするんです」

「不思議な感じ?」


「はい……その……」

 彼女は言葉を探すように、少し間を置いてから続けた。

「心臓が……ドキドキするというか……」


 やばい。

 勇者の魔力センサーが反応している。

「き、気のせいだろ。さっきの揺れで、緊張してるんだ」

「そう、でしょうか……」

 エルーシアは、まだ不思議そうに首を傾げている。


 そのアホ毛が、ふわりと揺れた。

(……可愛いな、おい)

 いや、何考えてんだ俺は。

 こいつは勇者だぞ。俺の正体がバレたら、また戦闘になる。

 面倒なことは避けたい。


 そう思っていると、ドアが開いて、リゼットが戻ってきた。

「ただいま。街は無事みたい。建物の倒壊とかはないわ」

「そうか」

「でも、みんな混乱してる。何が起きたのかわからないって」

「まあ、大きな揺れだったからな」

 俺は適当に答えた。


 とりあえず、街が無事なら問題ない。後は、住民たちが落ち着くのを待つだけだ。

「それにしても……」

 リゼットが、窓の外を見ながら呟いた。

「妙ね。空の色が、少し変わった気がするんだけど」

「気のせいだろ」

「そう……かしら」

 彼女は、まだ疑わしそうに外を見ている。


 俺も、ちらりと窓の外を見たが、特に変わった様子はない。

 石畳の道。両脇に並ぶ店々。いつもと変わらない下町の風景。

(まあ、大したことないだろう)

 そう結論づけて、俺は話を切り上げようとした。


 その時。

 カランッ!

 勢いよくドアが開いて、誰かが飛び込んできた。

「クロさん!大変だ!」

 振り向くと、馴染みの八百屋のドワーフ、オーガストが息を切らして立っていた。

「どうした、オーガストさん。落ち着いて」

「落ち着いてなんかいられるか!城門の方に行った奴が変なこと言ってるんだ!」


「変なこと?」

「海が見えるって!この街、内陸のはずなのに!」

「……は?」

 俺は、思わず聞き返した。


 海?

 この都市「トーキョー」は、完全な内陸だ。

 一番近い海でも、数日は馬車で移動しないと辿り着けない。


「気のせいだろ。揺れで混乱してるんだ」

「いや、確かに見たって言ってるんだ!それも、都市の周りをぐるりと囲むように!」

「そんなバカな……」

 リゼットが、信じられないという顔をした。


「ほんとなんだ!クロさん、どうなってるんだ!?」

 オーガストの必死な様子に、俺は嫌な予感を覚え始めた。

(まさか……)

「とりあえず、落ち着いてください。他の住民にも、パニックにならないよう声をかけてもらえますか」

「お、おう……わかった!」

 ドワーフの老人は、慌てて店を飛び出していった。


 店内に、沈黙が降りる。

「……クロさん」

 リゼットが、真剣な顔で俺を見た。

「もしかして、ほんとに海があるんじゃない?」

「そんなわけ……」

 言いかけて、俺は口をつぐんだ。


 さっきの揺れ。あの光。

 そして、オーガストの証言。

(まさか、都市転移……?)

 いや、そんなバカな。

 都市一つを丸ごと転移させるなんて、俺でも無理だ。

 魔力量もさることながら、座標の計算が狂えば、都市ごと虚空に放り出されかねない超高難度の術式。

 誰が、そんなことを……。


「クロさま?」

 エルーシアが、心配そうに俺を見上げる。

「……いや、何でもない」

 俺は、とりあえず平静を装った。

 でも、次の瞬間。


 また別の住民が、息を切らして駆け込んできた。

「クロさん!空に変なものが!金属の塊が飛んでるんだ!」

「……は?」

「それも、めちゃくちゃ速いスピードで!魔法の飛行船よりもずっと!」

 金属の塊……?

 飛行機のことか?

(いや、待て。飛行機なんて、この異世界にあるわけが……)


「クロさーん!」

 さらに別の住民が駆け込んでくる。

「海の向こうに変な建物が!地面にでっかい四角い杭が刺さっているみたいな!?」

「…………」

 俺は、だんだんと頭が痛くなってきた。


 海。

 金属の飛行物体。

 四角い建物。

(……これは、マズいかもしれん)


 だが、確認に行くのは面倒だ。

 いや、面倒というか……怖い。

 もし、本当に都市転移が起きていたら……。

「クロさま」

 エルーシアが、決意を込めた表情で立ち上がった。

「私たちが外まで確認に行ってきます」

「いや、危ないかもしれないから」

「でも、このままじゃ情報がわからないでしょ?」

 リゼットも、頷いた。

「レンジャーの仕事よ。情報収集は得意なの」

「…………」


 俺は、少し考えてから、渋々頷いた。

「……わかった。でも、何かあったらすぐ戻ってこい」

「はい!」

 二人は、さっさと店を出ていった。

 残された俺は、カウンターに肘をついて、深くため息をついた。

(やれやれ……)

 まさか、都市転移なんて。


 いや、考えるのも面倒だ。

 とりあえず、二人が戻ってくるのを待つか。

 俺は、適当に茶を淹れて、ぼんやりと待つことにした。

(まあ、どうせ大したことないだろう)

 ――それが、甘い考えだったと知るのは、すぐ後のことだった。


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