03
side:クロ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
世界が、文字通り揺れた。
いや、揺れたなんて生易しいものじゃない。店全体が、いや、足元の大地そのものが何か巨大な力に引き摺られるような、異様な感覚。
「きゃあっ!?」
エルーシアが、バランスを崩して前のめりに倒れそうになる。
咄嗟に、俺は彼女の肩を掴んで支えた。
「っ、危ない……!」
「あ、ありがとうございます……!」
リゼットの方は、さすがにレンジャーだけあって、素早くテーブルの端を掴んで体勢を立て直している。
揺れは、まだ続いていた。
カウンターの上のコップがガタガタと音を立て、棚の本が何冊か床に落ちる。窓ガラスがビリビリと震え、不安な音を立てていた。
(何だ、これは……地震か?)
俺は内心で首を傾げる。
この都市では、こんな大規模な地震なんて経験したことがない。魔法の暴走か?それとも……。
(いや、考えるのも面倒だ)
どうせ、すぐに収まるだろう。
そう思った矢先。
窓の外が、一瞬、真っ白な光に包まれた。
「……っ!?」
まばゆい閃光。
そして――。
ピタリと、揺れが止まった。
「……お、終わった……?」
エルーシアが、まだ俺の服の袖を掴んだまま、恐る恐る周囲を見回す。
俺も、ゆっくりと店内を確認した。
壁も、天井も、床も。ヒビ一つ入っていない。棚から落ちた本が数冊散らばっているだけで、大きな被害はなさそうだ。
「……とりあえず、無事みたいだな」
「ほんと……何だったのよ、今の」
リゼットが、ようやく手を離し、深く息を吐いた。
「さあな。大きな揺れだったが、建物は無事だ」
俺は肩をすくめた。
外から、人々の騒ぐ声が聞こえてくる。
「おい、大丈夫か!?」
「今の、地震か!?」
「建物は無事みたいだぞ!」
どうやら、街全体が揺れたらしい。
「ちょっと、外の様子を見てくる」
リゼットが、さっさとドアへ向かう。
「おい、危ないぞ」
「大丈夫よ。レンジャーだもの。すぐ戻るから」
そう言うと、彼女はさっさと店の外へ出ていった。
「あ、リゼ……!」
エルーシアが追いかけようとするのを、俺は軽く手で制した。
「いい。あいつは慣れてる」
「で、でも……」
「それより、お前は座ってろ。まだ顔色が悪い」
そう言って、俺は彼女を椅子に座らせた。
確かに、エルーシアの顔は少し青白い。さっきの揺れで、相当驚いたんだろう。
「あ、ありがとうございます……」
彼女は素直に椅子に座り、俺を見上げた。
その瞳が、じっと俺を見つめてくる。
(……何だ、この状況)
俺は内心でため息をつく。
元魔王の俺が、勇者の面倒を見るなんて。しかも、二人きり。
「あの……」
「クロだ」
とりあえず、名乗っておく。
「あの……クロさま」
「ん?」
「その……私、クロさまの近くにいると……」
エルーシアが、困ったように頭のアホ毛を触った。
「何だか……不思議な感じがするんです」
「不思議な感じ?」
「はい……その……」
彼女は言葉を探すように、少し間を置いてから続けた。
「心臓が……ドキドキするというか……」
やばい。
勇者の魔力センサーが反応している。
「き、気のせいだろ。さっきの揺れで、緊張してるんだ」
「そう、でしょうか……」
エルーシアは、まだ不思議そうに首を傾げている。
そのアホ毛が、ふわりと揺れた。
(……可愛いな、おい)
いや、何考えてんだ俺は。
こいつは勇者だぞ。俺の正体がバレたら、また戦闘になる。
面倒なことは避けたい。
そう思っていると、ドアが開いて、リゼットが戻ってきた。
「ただいま。街は無事みたい。建物の倒壊とかはないわ」
「そうか」
「でも、みんな混乱してる。何が起きたのかわからないって」
「まあ、大きな揺れだったからな」
俺は適当に答えた。
とりあえず、街が無事なら問題ない。後は、住民たちが落ち着くのを待つだけだ。
「それにしても……」
リゼットが、窓の外を見ながら呟いた。
「妙ね。空の色が、少し変わった気がするんだけど」
「気のせいだろ」
「そう……かしら」
彼女は、まだ疑わしそうに外を見ている。
俺も、ちらりと窓の外を見たが、特に変わった様子はない。
石畳の道。両脇に並ぶ店々。いつもと変わらない下町の風景。
(まあ、大したことないだろう)
そう結論づけて、俺は話を切り上げようとした。
その時。
カランッ!
勢いよくドアが開いて、誰かが飛び込んできた。
「クロさん!大変だ!」
振り向くと、馴染みの八百屋のドワーフ、オーガストが息を切らして立っていた。
「どうした、オーガストさん。落ち着いて」
「落ち着いてなんかいられるか!城門の方に行った奴が変なこと言ってるんだ!」
「変なこと?」
「海が見えるって!この街、内陸のはずなのに!」
「……は?」
俺は、思わず聞き返した。
海?
この都市「トーキョー」は、完全な内陸だ。
一番近い海でも、数日は馬車で移動しないと辿り着けない。
「気のせいだろ。揺れで混乱してるんだ」
「いや、確かに見たって言ってるんだ!それも、都市の周りをぐるりと囲むように!」
「そんなバカな……」
リゼットが、信じられないという顔をした。
「ほんとなんだ!クロさん、どうなってるんだ!?」
オーガストの必死な様子に、俺は嫌な予感を覚え始めた。
(まさか……)
「とりあえず、落ち着いてください。他の住民にも、パニックにならないよう声をかけてもらえますか」
「お、おう……わかった!」
ドワーフの老人は、慌てて店を飛び出していった。
店内に、沈黙が降りる。
「……クロさん」
リゼットが、真剣な顔で俺を見た。
「もしかして、ほんとに海があるんじゃない?」
「そんなわけ……」
言いかけて、俺は口をつぐんだ。
さっきの揺れ。あの光。
そして、オーガストの証言。
(まさか、都市転移……?)
いや、そんなバカな。
都市一つを丸ごと転移させるなんて、俺でも無理だ。
魔力量もさることながら、座標の計算が狂えば、都市ごと虚空に放り出されかねない超高難度の術式。
誰が、そんなことを……。
「クロさま?」
エルーシアが、心配そうに俺を見上げる。
「……いや、何でもない」
俺は、とりあえず平静を装った。
でも、次の瞬間。
また別の住民が、息を切らして駆け込んできた。
「クロさん!空に変なものが!金属の塊が飛んでるんだ!」
「……は?」
「それも、めちゃくちゃ速いスピードで!魔法の飛行船よりもずっと!」
金属の塊……?
飛行機のことか?
(いや、待て。飛行機なんて、この異世界にあるわけが……)
「クロさーん!」
さらに別の住民が駆け込んでくる。
「海の向こうに変な建物が!地面にでっかい四角い杭が刺さっているみたいな!?」
「…………」
俺は、だんだんと頭が痛くなってきた。
海。
金属の飛行物体。
四角い建物。
(……これは、マズいかもしれん)
だが、確認に行くのは面倒だ。
いや、面倒というか……怖い。
もし、本当に都市転移が起きていたら……。
「クロさま」
エルーシアが、決意を込めた表情で立ち上がった。
「私たちが外まで確認に行ってきます」
「いや、危ないかもしれないから」
「でも、このままじゃ情報がわからないでしょ?」
リゼットも、頷いた。
「レンジャーの仕事よ。情報収集は得意なの」
「…………」
俺は、少し考えてから、渋々頷いた。
「……わかった。でも、何かあったらすぐ戻ってこい」
「はい!」
二人は、さっさと店を出ていった。
残された俺は、カウンターに肘をついて、深くため息をついた。
(やれやれ……)
まさか、都市転移なんて。
いや、考えるのも面倒だ。
とりあえず、二人が戻ってくるのを待つか。
俺は、適当に茶を淹れて、ぼんやりと待つことにした。
(まあ、どうせ大したことないだろう)
――それが、甘い考えだったと知るのは、すぐ後のことだった。




