02
side:エルーシア
まばゆい光が収まった時、私たちが立っていたのは、見渡す限りの荒野でした。
「……っ! ここは……」
「強制転移、か。とんでもない魔力だな、あの魔王……」
戦士のガストンさんが、大剣を杖代わりにして荒い息をついています。魔法使いのソフィアさんも、僧侶のマルコさんも、魔力の消耗と転移の衝撃で座り込んでしまっています。
先程の敗北が、鮮明に蘇る。
魔王城の玉座にいた、あの男。私たちが束になっても、指一本触れることすらできなかった。
あれが、「魔王クロノス」。
「くっ……! 私は、まだ……!」
聖剣を握りしめ、立ち上がろうとした私の肩を、ポンと叩く手がありました。
「はいはい、ストップ。エル」
振り向くと、親友のリゼットが呆れたような、でも心配そうな顔で私を見つめていました。彼女だけは、まだ比較的元気そうです。
「今の私たちじゃ、正面から突っ込んでも返り討ちに遭うだけ。それはアンタが一番わかってるでしょ?」
「ですが、リゼ……! あのような強大な力を持つ魔王を、このまま放置するわけにはいきません!」
「わかってるわよ。だから、作戦変更」
リゼットはしゃがみ込み、地面に木の枝で簡単な地図を描き始めました。
「あの魔王、私たちを殺そうと思えばできたはず。でも、しなかった。都市の外に放り出しただけ。……まるで、面倒事を払いのけたみたいに」
「……確かに、そうかもしれません」
「だから、潜入よ。あの『トーキョー』とかいう魔王の都に潜り込んで、ヤツの弱点を探るの」
「潜入、ですか?」
ガストンさんたちが顔を上げます。
「しかし、危険すぎる。あの魔王に気づかれでもしたら……」
「だから、少人数でいくのよ」とリゼットは私を指差しました。「エルと、私でね」
「えっ」
「アンタは勇者。いざとなったら聖剣で道くらい切り開けるでしょ。私は情報収集が得意。それに……」
リゼットはニヤリと笑います。
「私たちは教会の孤児院育ちで、こういう潜入任務は得意分野じゃない」
「リゼ……!」
こうして、作戦は決まりました。
ガストンさんたちにはこの荒野で体力の回復と後方支援をお願いし、私とリゼットの二人だけで、再び魔王の都「トーキョー」へ向かうことになったのです。
幸い、トーキョーの城門は、昨日あれだけの騒ぎがあったにも関わらず、厳重な警備も敷かれていませんでした。
私たちは旅装束のフードを目深にかぶり、他の商人たちに紛れて、あっさりと城下町へ入ることに成功しました。
「……やっぱりすごい、ですね」
私が思わず呟いたのは、街の様子でした。
道は石畳で綺麗に整備され、両脇には見たこともないような活気あるお店が並んでいます。魔王の都と聞いていたので、もっと荒廃しているかと思っていたのに……。
「ほんと、魔王の街とは思えないわね。下水もちゃんと整備されてるみたいだし。……ん? あれは」
リゼットが足を止めたのは、下町の通りにある、小さな看板でした。
『なんでも相談屋』
「相談屋……。こういう場所には、情報が集まりやすいものよ。よし、ここで聞き込みしてみましょう」
「は、はい!」
リゼットに促され、私は少し緊張しながら、カラン、と鳴るドアベルの音とともに店の中へ足を踏み入れました。
「いらっしゃ……」
カウンターの奥から、気の抜けたような男性の声が聞こえました。
昨日玉座にいた魔王とは似ても似つかない、穏やかそうな人です。魔力も……ほとんど感じません。
(この人なら、何か知っている気がする……)
私はフードを少しだけ持ち上げ、彼に向かって一歩踏み出しました。
「あの、すみません。ちょっとお聞きしたいことが……」
私がそう声をかけ、男性と視線が合った、その瞬間でした。
――ピーンッ!
「……え?」
自分でも予期しない感覚に、思考が止まります。
私の頭のてっぺん……アホ毛が、まるで何かに引き寄せられるように、ピンと直立するのを感じました。
これは、私が勇者として目覚めた時から備わっていた、高位の魔力……特に、魔王クラスの存在を検知するはずのセンサー。
どうして、目の前の、この穏やかな男性に反応するのでしょうか。
訳が分からず混乱していると、心臓までドキドキと早鐘を打ち始めました。
「リゼ! な、なんだか、この人の前だと……その……」
私は助けを求めるように、隣にいるリゼットの袖を掴みました。
「どうしたのよエル、って、あんたのアホ毛、すごい立ってるわよ!?」
リゼットの驚いた声と、カウンターの男性の引きつった顔が、同時に私の目に映りました。
そして、まさにその時。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
世界が、割れるような轟音と共に、激しく揺れ始めたのです。
プロローグ(2)です。




