第四話 きさらぎ駅のコインロッカーベイビー④
だが、管理人さんが色々やってもどこにも送れないのは分かった。その原因はもちろん、この萌黄色のおくるみ。間違いなく、神が手ずからつくった唯一無二の神造物の力だ。
浮草はそっとおくるみに手をかけてみた。けれど、優しくしかしきっぱりと、赤ちゃんから剥がすことを「拒否」された。このおくるみは、この子を守るためだけに造り出されたのだと直感が告げる。
だが、ゆくべきところへむかわず、こんな途中の駅のコインロッカーに戻ってきたところで、この子を「守る」ことにはならないはずだが。
ーー必ず、必ずおむかえにくるからね。待っててね
若い女の人の声が、浮草の脳裏に響いた。
そうか、このおくるみは、だからコインロッカーに戻すのだ。おむかえを、待つために。
「管理人さん、この子をコインロッカーにいれたのは誰?」
「いやあ、それがねえ、現し世のロッカーがここに繋がったみたいでねえ」
「なんで?!…うーん? そうか、じゃあこの子、ロッカーの中で……だから、守るためにここに移動しちゃったのかもなあ」
「はあ。神さまの造ったものみたいですからねえ。それで前例のあるここへ繋がっちゃったんでしょうねえ」
「前例って…すでに全然違うと思うけど………うーん、おれの時と違って、おむかえの約束があるから、送っても戻ってくるってループに入った?」
「そんな感じしますねえ」
神が織り成した萌黄色のおくるみ。この赤ちゃんを守るために造られ、現し世のコインロッカーに預けられた。しかし、現し世にいられなくなり、「中間の世界」であるきさらぎ駅のコインロッカーへ移った。預けた者のおむかえを待つために、おくるみは何度でも、あの世の理をねじ曲げてきさらぎ駅のコインロッカーに戻り続ける。
「女の人……この子のお母さんかなあ…その人がくるのを待ってるんだね。管理人さん、まさかだけど、この子のお母さんとか親類縁者の若い女性を「あっち」へ送ってたりしてないよね?」
「そしたら、絶対にわかりますねえ、これでも管理人なんでねえ。だから「こっち側」にゃあ来てないんでしょうねえ」
「この赤ちゃん、お母さんあるいは保護者といっしょじゃないと永遠にここに戻ってくるよ」
「なんてこったい。困りますねえ。何がどうなってるんだか。というかそのおくるみ、よくよくみると、えげつない御加護かかってますねえ。いやあ、浮草くんを呼んでよかったよかった」
「なんっにも解決してないからね?! おれが同行したって、「あっち」へは行けないよこれだと」
「ですよねえ…だからってここに浮草くんごといてもらうわけにもいかないしねえ。困りましたねえ」
浮草と管理人さんがうんうん唸っていると、コツコツとガラスを叩く音がした。真っ暗闇の駅の窓口の中からだ。ジジジっと古びた電灯が音を立て、そばに大きめの蛾がとまっている。
蛾。
絹のおくるみ。
「お蚕さん?」
ポロリと零れるように浮草の唇が言葉を発した。
ホワホワと赤ちゃんを守っていた優しく、かつ強大な神威が、浮草のこともホワホワと包み始めた。おくるみが、浮草を赤ちゃんの敵ではないと認めてくれたようだ。
「蚕神さまですか。昔はたくさんいらっしゃいましたし、お強い方も多かったですが、今は相当数を減らしてしまいましたねえ。アタシが「あちら」へお送りした方も何柱かいらっしゃいますよ」
そのどなたかの遺した神具でしょうかと首を捻る管理人に、浮草はきっぱり告げた。
「阿惜夜市織幡区羽衣南」
「えっ」
「これを造った神さまの、人間の世界の住所」
「おおお、さすが浮草くん。神具に認められたとたんに具体的な情報」
「管理人さん、そこまで送ってよ」
「まあ、送るのはアタシの仕事ですからねえ。でも場所指定、しかも神域なので、ちょいと一手間いりますな。少々お待ちを!」
管理人さんはそう言って、駅の真っ暗な窓口へ向かう。そこにはいつのまにか、日焼けして色褪せたダイアル式のピンクの電話が置いてあった。管理人さんは慣れた手つきでダイアル番号をジーロロロジーロロロと回す。
「あっ、スミマセンねえ、アタシですぅ。ちょーっとね、特別なお客様を送っていただきたくてですねえ。ええ、ええ、そりゃもう特別も特別、防人浮草くんですよお!」
「あ! 管理人さん、赤ちゃん乗るんだからチャイルドシート!」
「おっと、たしかに。あります? ある! さすが! じゃあ一台お願いしますねえ」
受話器を置いて、管理人さんは心底嬉しそうに振り返る。
「いやあ、なんとかなりそうでよかったよかった」
「ま、おれが途中で死んだらこの子だけ戻ってくるけどね」
「やめてくださいよ、縁起でもない…鶺鴒様に全力で叱られちゃいますよ…」
「じゃ、管理人さんから鶺鴒に電話して説明しといてよ。晩御飯の時間になったら、お店一回閉めるから。もうそれくらいの時間でしょ」
「まあそうでしょうねえ」
「あとさあ、おれ、急に薔薇ちゃんたちの前から消えたから、怒ってると思うよ」
「えっ」
「薔薇ちゃんも幸広くんも、「みえない」もん。何が起きたかわかんなくてびっくりしたと思うよ。あ、だからもう、鶺鴒も怒ってるかもね」
「……アタシから、きちんと説明しますし、協力できることはなんでもするので、あの、その、あの」
「いいよ、この子はおれが引き受けてあげる」
「!! ありがとうございます! 全力でご協力させていただきますので! はい!」
「それは別にして、怒られちゃうかもねえ」
ニイッと意地悪く笑いながら、浮草は駅舎の外へ出ていく。真っ暗闇の窓口の中からクスクス笑う気配。管理人さんだけが「そんなあ、アタシらはアタシらの仕事をちゃんとしてるんですよう…」と泣きべそをかきつつ、防人家の電話番号を回し始めた。
浮草が外に出ると、すっかり暗くなっていた。星ひとつない夜だ。きさらぎ駅前バス停のそばにだけ、ポツンと街灯が灯っている。背後の山から祭り囃子に似た音楽が聞こえ始めた。浮草は平気だが、人間の本能の部分が自然とおののく。そういう類いの存在が動き始めている。
優しくクラクションを鳴らされた。
バス停の横に、一台のタクシーが、いつのにか停まっていた。
あらすじにもありますが、こちらのお話は古の拙作ツイノベこと140字小説のセルフリメイク的な作品になっており、世界観や一部の登場人物が共通しているマルチバースとなっております
暇で暇で仕方がないときなど、読んでいただけたら物怪の幸いです