第三話 きさらぎ駅のコインロッカーベイビー③
浮草は、赤ちゃんを起こさぬようにそっと、コインロッカーから抱き上げた。萌黄色の光とおくるみに守られた赤ちゃんは、平和にスヤスヤ眠っている。
抱っこすると、ぷすーみたいななんか謎のかわいい音を発したものの、眠り続けている。
「前回は浮寝様に来ていただいたので」
「今回はおれなの? あのさあ、浮寝のじいちゃんは大人! おれは子ども! 鶺鴒呼んでよ!」
「鶺鴒様は、ご自宅で忙しくされてたのでねえ」
「おれも買い物帰りで忙しくしてたんだけどなあ」
たしかに、日が暮れてから鶺鴒の店「雑貨屋さん」は営業を始める。夕暮れ時は一番忙しい。それで浮草というわけか。古来より、妖怪や怪異は大人よりも子どもを拐かすのが得意だし、似たような「能力」の持ち主なら浮草のほうが、色んな意味で呼びやすかったのだろう。
浮草は腕の中の赤ちゃんに視線を落とす。乳幼児の年齢とかは良くわからないが、なんとなく生まれてから、やっと首が据わったのかな?という感じがする。首が据わった赤ちゃんとの接触経験がないが、なんとなく。ちっちゃいが、まだ持ちやすいサイズ感。
ほっぺはふくふくの、もちもち。
案外、まつ毛が長い。
鼻はぺちゃんこで、口からはヨダレ。
おくるみから覗く腕もむちむち。
だけど。
「この子、電車に乗せても、コインロッカーに戻ってきちゃうんでしょ?」
「そうです! そのとおり! 前回とはその辺から違うんですよお。本当にもうアタシらみんな困っちゃいましてねえ。カワイイしねえ。もちもちしてるじゃないですか。だからちゃんとしてやりたいんですけどねえ」
優しく光輝く萌黄色のおくるみ。すべらかな手触りで、むしろツルツルしていておくるみ向きの布ではない気がするのだが、そこは不思議アイテム。なんとなく、しっくりくる。安定して赤ちゃんは、萌黄色の絹のおくるみに包まれている。
「神さまだよね」
「神さまでしょうねえ」
「でも、どこのだれなのか、管理人さんでもわかんないんだね?」
「分かりませんねえ。分かったら浮草くんを呼びつけたりしませんよお」
「そらそうか…」
「なんとかなりませんかねえ」
「そんなこと言われてもなあ」
「とにかく、コインロッカーに赤ちゃんは預かれませんよお」
「うーん…」
そう言われても、あの世の理をねじ曲げてワープしてくる神具に守られた赤ちゃんなんぞ、どうしろと?