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第二十七話 彼女と彼の高校デビュー 終

 薔薇が猟犬と出会ったのは、いつの頃だっただろうか。

 まあたぶん、隼が食べられそうになっていたのを、薔薇が殴り倒し、向こうも数で押してきて、血みどろの死闘になったところで鶺鴒が仲裁したのだろう。

 薔薇と人ならざる存在との関係は、大方暴力で始まる。薔薇が相手を殺せば、それでオシマイ。殺す前に相手が引くか、なんらかの仲裁が入ったら、なぜか「友達」になってしまう。カッパや山奥の温泉に住む深きものどもたちとも、同じパターンで「友達」になった。もちろん、最初から友好的に始まる場合だってあるにはあるが。


 ともあれ。

 初めて猟犬と利害が一致した日のことは、良く覚えている。

 夏の夜。

 虫取かなにかに夢中になって、帰るのが遅くなった小学二年生のとき。

 変質者に襲われたのだ。

 抱きつかれ、露出した男性器を足に擦り付けられたところで、嫌悪感のあまり思わず「本気で」裏拳をかましてしまった。案の定、子供を狙う下劣な変質者の頭部は、胴から捥げて、道に転がった。


 やらかした。


 しかし、やってしまったものは、もうどうしようもない。

 薔薇は、命を奪う力は持っているが、癒したり、もとに戻す力は持っていない。

 太ももを垂れていく精液と、頬を滴る血液が、どちらも生暖かくて気持ち悪い、とちょっと現実逃避していると、嗅覚を突き刺す刺激臭と共に、傍らの自販機の「角」からひょっこりと小さな猟犬がーー後に農耕馬並みの巨体となるーー現れたのだ。

 青い靄に包まれた柴犬ほどの猟犬は、薔薇にびびりつつも、新鮮な肉への欲求に抗えずに、おずおずと歩み出てくる。

 薔薇は、死体から転がってしまった男の頭を、そっと猟犬の方へ蹴飛ばす。


「それはいらないから、食べても良いよ」


 それから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たぶん、鶺鴒はこの「裏取り引き」に気付いていただろうが、なにも言わず。

 むろん、薔薇とて自ら人を狩ってまわって差し出すわけではなく、あくまで偶発的な「正当防衛」をしたところへ猟犬がやってくる。

 最初は柴犬サイズの猟犬が一匹現れるだけだったが、彼(?)がどんどん育っていくにつれて、一緒に現れる猟犬も増えていき、今は十頭ほどが薔薇と「友達」である。


 悲しいのは、数ヵ月に一度は猟犬に安定供給できるくらい「正当防衛」が減らないこと。犯罪率自体は落ちてはいるが、薔薇と遭遇しなければ犯罪は行われている。旧市街はひと気がなく、監視カメラはおろか街灯等の照明も少ないので、わざわざ遠くからお越しになるらしい。


 あまりにも嘆かわしく、愚かでおぞましい。


 旧市街には、「ヌシ」の意向が反映されていて、子どもの安全を守ろうとする「人ならざるモノ」がわりとたくさん住んでいるのだが、それでも薔薇の「正当防衛」からなる猟犬との関係は変わることなく続いている。


 腹を満たした猟犬たちは、薔薇に挨拶代わりに粘液まみれの体を擦り付けまくってから、そこかしこの「角度」に飛び込んで帰っていった。今夜は滅多にないご馳走で、猟犬たちは大満足だろう。


 薔薇でなくても鼻がひん曲がりそうな刺激臭はちょっと残るものの、粘液を含めて暫くすると空気に溶けて消えていく。

 「この世のもの」ではないからだ。

 とても、とても、都合が良い。

 「あの現場」には津亀岡たちの持ち込んだバールや金属バットは残るが、それ以外の痕跡ーー肉だのなんだのーーは、猟犬たちが食べてしまったのでほぼ残っていない。


「ここじゃなく、どこか遠くへ逃げれば良かったのに」


 過去に、津亀岡たちに居場所を追われたひとたちのように、逃げることこそが賢い選択だったのだ。

 誰にともなく呟いて、薔薇はいつもより少し遅くなったものの、何事もなく帰宅した。



◆ ◇ ◆



 次の日。

 平和で心地好い日常が薔薇を待っていた。

 数学は地獄の苦しみだったが、悪霊でもみたかのような形相でノートを凝視する薔薇に、面倒見の良すぎる学級委員長の一柳がその日の授業の要点をわかるように教えてくれるので、ギリギリ、ほんっとーにギリギリ、後を追いかけている。もう生涯、薔薇は一柳に頭が上がらないだろう。


 とはいえ、一日の授業を生きて無事に終えて。

「バイト行こ」

「ああ」

 いつもの、平和な日常。

 通い慣れた道を歩いていると、いつも半歩ほど後ろを歩いている夕映が隣へ来た。長身を折り曲げて、周囲に目を配りつつ、なにか言おうとしている。薔薇もつま先立ちになって、耳を寄せた。

「悪い……変な意味じゃなくて………その、なんていったら良いかわからないから、そのまま言うけど、その変な匂い、大丈夫なやつか?」

「えっ」

「あ、いや、悪い。クサイとか、そういう苦情じゃなくて、なんかちょっと、「危ないもの」の感じがするっつーか……いやあの、悪い、変なこと言って」

 夕映は焦りと恥ずかしさかなにかで、大きな体を縮めて、両目を右往左往させる。


 なるほど、夕映は「みる・きく・かぐ」までイケるクチか。

 薔薇は、昨夜の帰宅後、家族からなにも言われなかったが、一日近く経っているのに夕映に嗅ぎとれたのならバレていた可能性が高い。それとも、彼は相当「わかるひと」なのか。薔薇には推し量れない。彼女に分かるのは、夕映がイイヤツだということだけ。


 そして、それはとても大事なことだ。


 なのでちょっと悩んでから正直に話した。

「昔からの友達に久々に会ったんだけど、そいつ異次元に棲んでる生き物で、コンビニで買った唐揚げを半分こっつにした」

「なんて?」

「ちょっと、鼻が曲がりそうになる感じの匂いでしょ? 付き合い長いけど、キツイんだよね」

「…………………………………そっか、分かった。あんまり分からない方が良いってことが」


 賢い。判断力も正確。


「だいじょぶだいじょぶ。あたしの友達は、あたしの友達に怖いことしないから」

「…………そ、そっか」

「だから安心してね」


 嘘は吐いていない。言っていないことがあるだけだ。

 夕映が混乱しているうちに、薔薇はさっさと歩き出す。なんだかごく小さな声で「ともだち…」と囁いた気がしたので振り向くと、夕映は、まだ困惑はしつつも怯えた様子はなく苦笑した。

「おまえ、友達多いな」

「選ぶけど、いて悪いもんじゃないからね友達って」

 笑い返せば、若干引きつつも笑顔が返ってくる。

「そういうもんか」

「最後に勝つのは数の暴力だから」

「防人が言うと、あんま説得力ないんだけど」

「あれー?」

 和やかな笑い声。

 平和だ。

「ところで、姫川くんは物理の授業は得意ですか」

「なんだよ、急に。ふつう、だと思うけど」

「たすけてください」

「委員長に助けてもらえばいいだろ」

「こ、これ以上あの人には頼れねえよ……たすけて…」

「えええ……得意な訳じゃないぞ、オレは……」

「たすけてください」

「わ、わかったよ」

「ヤッター!!!」

 そんな他愛のない、どうでもいいような、しかし大事で大切な、もう二度とない「今日」という日常が、過ぎていく。



彼女と彼の高校デビュー編 終わり

はい、というわけでシーズン2こと「彼女と彼の高校デビュー」編、完結です!


次はシーズン3「心霊スポット突撃動画撮ったから見て」です

連載開始は………がんばります!!!


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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