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第二十三話 彼女と彼の高校デビュー⑨

 当たり前だが、大騒ぎになった。

 意識不明二人、ほぼ無傷二人、軽傷一人、無傷二人。救急車が呼ばれ、意識のない重傷者は病院へ。それ以外は、問題児三人と、夕映・薔薇の二組に分けられた。

 夕映の手のひらに、ナイフによる切り傷があったので二人は保健室へ。残る二人は斑目先生に引っ立てられて、生徒指導室へ。パトカーのサイレンも聞こえてくる。

 担任の折笠先生と教頭先生もすぐに現れて、かなり驚きながらも、まずは夕映の手当てを保険医の先生に任せる。

 ヒマそうな薔薇に、どこまでも冷静な折笠が事情説明を求めた。教頭は、かなり動揺している。保健の先生も驚いてはいたが、手際よく応急手当を進めていく。

 そんな夕映の横に突っ立って、薔薇は淡々と、そして事実のみを話した。夕映は若干現実に追い付けていないが、ときたま折笠が確認するように夕映にも質問してくるので、やはり事実を答える。夕映はもちろん、薔薇にも隠すことなどなにもない。


 夕映の脳裏の冷静な部分は、正当防衛だと自信をもって構えている。


 まず、津亀岡たちは既に校内で数々の問題を起こしていた札付きの(ワル)で、今回はひと気のない場所で集団で少数を囲んだ。

 そして、薔薇への暴力行為。もしも警察官の目の前でやったら、即制圧される行為を、暴力と呼ばずになんと呼ぶのか。


 もっとも決定的なのは、津亀岡の出した折り畳み式のナイフだ。

 どんな理屈をひねり出そうが、あの場で折り畳み式のナイフが出てくる理由がない。

 もうこれだけでクロ。


 そして、夕映の中学時代の不登校の原因が津亀岡たちにあることを、春星高校は知っている。バイト許可申請の面談で、説明していたからだ。父が直談判してもなにも対応がなく、身の危険を感じて不登校を選び、護身術を身に付けたことまで。夕映の現在の見た目から、いじめによる不登校を信じてもらえるか不安だったがーーただの怠け者と思われたら、どうしようーー何が理由にしろバイトができないのは、困る。

 風紀の斑目も、担任の折笠も、信じてくれた。なんなら、護身術の道場の先輩後輩だと発覚し、ちょっと脱線して盛り上がった。

 閑話休題。


 そういうわけで、夕映と薔薇が「被害者」であることはすんなり受け入れられて、それどころか「証拠映像」なるものがあるという。


 学校の校舎三階の廊下から、通りすがりの生徒がスマホで撮影していたのだ。その人物は、いま保健室にいて、なぜか薔薇が先程以上に殺気立って睨み付けている。

「防人、先生たちを呼んでくれたのは月宮だ。たしかに録画なんかしてないですぐに呼びに来るべきだったとは思うが」

 今にも襲いかかりそうな薔薇を、宥めるように静かな声をかけつつも、折笠はスクエア型のメガネの下から、けっこう鋭い眼差しを、その生徒ーー春星高校三年生、現生徒会長の月宮(つきみや)炎緒(ほのお)に向ける。


「薔薇はケンカが強いので、正当防衛の証拠の方が大事かなと思いまして」


 すぐさまアイドルとして大人気になれそうな甘く華やかな美貌に、艶然とした笑みを浮かべる月宮炎緒。クラスメイトの栄地の兄で、兄弟ともに薔薇の幼馴染みなのだそうだ。


「それにしても……防人さんは、その……本当に…………強いな」


 炎緒のスマホの動画を見ながら、ぽかんとした様子の教頭。録画は津亀岡がナイフを振り上げて薔薇の背に迫るところで「うわ、嘘だろ」という炎緒の慌てた声と同時に終わっていた。薔薇が「このあと、あたしが折りました。姫川くんが守ってくれたので」と平然と告白しつつ、殺気としか思えない凄まじい気配を全身から放ちながら、炎緒を睨み続けている。対する炎緒はファンサ中のアイドルみたいなキラキラの笑顔。


「教頭センセ、薔薇はちょっかいさえ出さなきゃ大人しい生き物ですから、勘違いしないでくださいね。どうみても正当防衛ですよ、それ」


 たしかに、上から撮られたその動画は誰が見ても、小柄な女の子がすばしっこさとクソ度胸で、襲いかかる暴漢を撃退する、漫画のような事実を記録している。

 教頭の理解は追い付いていないが、担任の折笠は冷静だった。


「津亀岡は入学後すぐに、いじめや悪ふざけなどという言葉では誤魔化せないような暴力沙汰を起こしていました。それに今回、彼が持ち出した刃物。あれは刃渡りがギリギリ銃刀法違反には触れないでしょうが、その動画にもあるように加害に使用されています。彼の所属する一年B組の生徒から、同一のものと思われるナイフで脅され現金を奪われたという報告は、教頭もご存知のはずですよね」

「まあその、聞いているとも。まさにその会議中に今回の件が起きたわけだからな……しかし、あんな大ケガをさせるほどだったのか?」


 え?


 いま、え? なんだって?


 あんな大ケガ……?

 たしかに津亀岡の腕は、文字通り真っ二つに折られた。捥げて取れる寸前で、筋肉繊維や血管で繋がってるような状態だった。


 でも、それを「するな」ってことは?


 え、じゃあ、あのまま、防人薔薇が刺されるべきだったと、こいつは言ってるのか?


 夕映は、あの騒動の渦中でも感じなかった激情が胸の内で沸き起こるのを感じた。

 教頭の眼差しに、()()()()()()()


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「教頭先生、失礼ですが刃物を持った襲撃者を徒手空拳で制圧するのは、警察官などのプロフェッショナルでも不可能です」


 折笠の冷静沈着な声に、沸騰しかけた夕映の思考が止まる。隣で突っ立っている薔薇も、保健室に来て初めて、炎緒から視線を外して首を折笠に向けた。

 見上げた夕映は、薔薇の全身から警戒と緊張が少し緩んだのが分かった。


「たしかに防人のしたことは、非常に野蛮であると言わざるを得ませんが、何の戦闘訓練も受けておらず、体格で負け、人数で負け、更には武器もない人間が、己の命を守るためにしたことです。防人が、日常的に誰かの腕を折って歩いているなら大問題ですが、日常的に誰かを傷つけていたのは津亀岡です。対してふだんの防人はなにか悪いことをしていますか? それどころか、学外での活動である、バイト先での評価も高いんですよ?」

 上背のある折笠に詰め寄られて、教頭が僅かに身を引く。

「いや、分からないが、でも、防人は津亀岡くんに、ケガをさせたわけで」

「刃物で襲われてもケガをしますが? 彼らには警察が事情聴取をしていますが、そもそもなぜ彼らは別のクラスで交流もない姫川と防人に、わざわざひと気のない場所で近づいたんでしょう? 津亀岡たちの今までの行動からしてゴミを捨てに来たわけではないでしょう。ゴミ袋を持っていませんでしたからね。目的は現状不明ですが、先に、他人の髪を掴むなどという行為に及んだのは津亀岡です。姫川と防人が自衛しなければ、二人は殺されていたかもしれませんよ? 刃物を持った者に襲われたんですよ、教頭。ケガをさせないようにするために、殺されろと言うんですか?」


 ふだん淡白な態度の折笠が、語調強めに、使う言葉も歯に衣着せずにいい募るので、夕映も薔薇も、ついでに保険医や炎緒もだいぶびっくりして、強弁する数学教師を眺めた。

 教頭は目を白黒させている。彼も、折笠がこんなに強く出るのを初めて見たのだろう。

 二の句が継げない教頭に背を向けて、折笠が振り替える。スクエア型のメガネの下の眼差しは、薔薇に注がれる。


「防人の正当防衛は、必ず先生が証明するからな」


 ふっ、と薔薇の全身の緊張が解けたのが、すぐ隣に座る夕映にはわかった。彼女は、人が集まってきてからもずっと、毛を逆立ててうなり続ける猛獣のようだったのだが、やっと静かに一歩後ろに下がった。いつもの、ほのぼのとした緩い気配。悠然と寝そべっている檻の中の猛獣のような。


「ともかく、このふたりは保護者が迎えに来たら帰宅です。警察も事情聴取は明日で良いとのことです。加害者から話を聞くのが優先のようですよ」

 折笠は教頭に向き直り、炎緒にも手で促して、退出しようと夕映たちに背を向ける。

「ああ、そうだ。ふたりのバイト先には連絡済みだから、ご家族が来たら真っ直ぐに帰りなさい。明日も警察の事情聴取があることを伝えたから、バイトはなしだ」

 軽く振り向き、いつものホームルームの事務連絡の口調で告げた折笠は、教頭と炎緒を伴って保健室から出ていった。


「二日ぶんのバイト代…」

 一瞬天井を仰いだ薔薇はがっくりと、夕映が座る椅子の肘掛けに腰を半分のせて項垂れた。今日イチのダメージを負ったようだ。だが、それは夕映も同じこと。ふたりは一緒にがっくりと肩を落とす。


「貴方たち、なんだか面白い子たちね」


 この状況で、そんな感想を笑いながら言うこの保険医も中々強めのオモシロさだと思うが、ツッコミをいれる気力がない。

 薔薇の方はどうか知らないが、夕映の保護者は当然父だ。つまり、仕事を早退するのことになったはずだ。

 申し訳なさでいっぱいになる。少しでも父の負担を減らすために頑張ってきたのに、よりによって警察沙汰になるなんて。

 夕映が巨体を丸めて、本格的に落ち込み始めると、少し脇で動きがあった。

 薔薇が、肘掛けから離れて夕映の横にしゃがみこみ、包帯の巻かれた手をじいっと見つめている。

 あくまでこれは応急処置だから保護者が来たら病院へ行くよう言われたが、騒ぎが更に大きくなる。夕映は絶対にイヤだった。我慢すればいいだけだ。


「痛いよね」

「え?」


「ごめんね」


 あまりにも小さなその声が、泣き出す寸前の幼い弟妹の震える声にそっくりだったので、夕映はぎょっとして薔薇の顔を覗き込んだ。

 しかし、彼女の表情はいつもどおりで、多少焦げ茶色の眼差しが弱々しく、眉尻が下がっているくらいなので、安心と共に焦りが生じる。


 夕映は、守ってもらったのだ。体もデカくて、護身術まで習っておきながら、いざ実戦に放り込まれたら、恐怖に足がすくんで、最後のあの瞬間まで棒立ちの木偶の坊だった。むしろ謝るのはこちらの方だ。情けないことこの上ない。


「被害届出すためにも医者には行かないと。いまはアドレナリンがドバドバ出てるから平気なだけだよ。ねえ、先生」

「そうね。診断書を書いてもらわないと。被害届のためにね。それに、縫うことになるかも。消毒もしたけど、あのナイフが清潔なものだったとは思えないから、発熱したりするかもしれない」


 めちゃくちゃ合理的かつ法的な理由で詰められた。

 今更だが、薔薇はなぜこんなにも、なんというか、歴戦の強者というか、荒事に慣れまくっているのか。


「あと、明後日からバイトに戻っても、重いものは持たせないから」

「え、いや、なにもそこまで」

「なんならカバンも持つから」

「やめてくれ」


 全く面倒なことになった。夕映は色々といっぱいいっぱいで、思考力が大幅に低下していた。だからぐったりと椅子に全体重を預け、そして少しずつ痛みを増していく手の傷に気を取られていて、気付かなかった。

 保護者が到着するまで、傍らに佇む薔薇が、濃い蜂蜜のような金色に両目を光らせて、多栗らが連行されていった生徒指導室の方を射貫くように見つめていたことを。

折笠先生みたいな先生いたら、最高だよね

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