第十八話 彼女と彼の高校デビュー④
「ごめん、その話何度聞いても面白すぎる」
突然のオフ会(?)から数日。
周りに喋っても良いと夕映から許可を得た薔薇は、わりと高めのテンションのまま新旧の友達に早口で事情を喋った。ゲームがわかるものもわからないものも、「そんな奇跡ある?」とウケた。特に家族である幸広は、珍しく狼狽し、「薔薇だけ現実で会えるなんてズルいって、初めて思った…」と歯軋りすらした。
「ゲームはやんないからわかんないけど、興奮がえぐいのは分かる」
紅玉と翼輝も、ゲームそのものは遊んでいないが熱量は伝わったようで、めっちゃ笑ってくれた。というか薔薇が熱く語るということが初めてだったので、だいぶ盛り上がった。
「実は二年もチャットで会話して、苦楽を共に乗り越えた人といきなりリアルで遭遇したら、そりゃね」
日常になりつつある三人でのお昼ごはん。薔薇は幸広の作ってくれたお弁当、翼輝は自作のお弁当、紅玉はコンビニのおにぎりとサラダをつつきながら、話に花を咲かせる。
「バイトもさ、店長もバイトリーダーもパートのおばさまもいい人でさ。何年もウチから生徒雇ってるから慣れてんだろうけど、居心地良きです」
「良かったじゃん」
「ホワイト企業ー」
学校側が公認しているだけあって、学校周辺はバイトの受け入れに慣れた店や会社が多い。また毎年一定数の働き手が約束されているようなものなので、わざわざ新市街で開業する店まである。開発促進のために誘致も積極的に行われているため、需要と供給がみごとに合致しているというわけである。
「いいんちょが、あたしと姫川くんのシフトに合わせて掃除当番組み直してくれて、もう卒業までいいんちょに頭が上がらないです」
「あー、一柳くん。新入生代表だったし、顔面は良いし、コミュ力も高いし、ハイスペックすぎて震えるよね」
「しかもさあ、薔薇ちゃんが名前出てこなくて必死で絞り出した「いいんちょ」を「そのあだ名、好きだな。ちょ、が可愛くて」って受け入れる器よ。大西洋くらいですか?」
「あれ? もしかしてあたし、一生、頭が上がらないですか?」
「ウケる」
「上がらんねえ」
「ーーー防人」
はるか頭上から、低くて深みのある声が降ってきた。姫川が見下ろしている。
「まさか、レイド?!」
「ちげえ。店長からグループにメッセージきてる。返事ほしいらしいから」
「お、ありがとー。あたし学校じゃスマホ触んないから、いっつも未読スルーになるんだよね。という塚越パイセン風邪ひいた?」
薔薇がへっと笑うと、夕映も軽く肩を竦めて、自席へと戻っていく。ちなみに彼も自作のお弁当である。
「戦友の会話してる」
「たぶん今、家族の次に会話の支配率高いよ」
「わたしらとも遊んでね?」
「もち! でも、なにすんの? 共通の趣味ゼロじゃね?」
「食べ歩き?」
「お昼ごはんの延長じゃん。いいよ」
「ヤダ、なにか、女子高生っぽい絆がほしい」
「女子高生っぽい絆ってなに?」
楽しくて平和な日常が、優しく流れていく。
さらに数日。授業の合間や昼休み、薔薇は紅玉や翼輝と話すこともあれば、夕映とも仲良く話した。幼馴染みの栄地、他クラスの緋水や白夜とも話したが、それほど目立つ言動もなかった。薔薇が望んだ通りに、彼女は高校の平穏な日常に溶け込んだ。
「Yukiさんって、ナイトメアイズユアーズのとき、どんな構成で暴れたんだ?」
「ああ…あたしたちが初めて敗北した、まさに悪夢のイベントな。あん時はもうヤケクソで、キャラロスト上等っつって、とにかく攻撃力に変換するタイプの呪われた武器防具とスキルだけ持ってったんだよ、あのヒト…あたしはもうずっと自他回復魔法と防御アップ魔法かけ続けてた。自己回復魔法つきの盾二枚もちで」
「それが未だに破られてない伝説のミリオンキラー・ベルセルク……」
「ふだんは大変穏やかで、ごはんが美味しいです」
「ゲーム内ぐらい無双がしたいタイプ?」
「まさにそれ」
そんなゲーム友達ふたりが話に花を咲かせる様を、面白くなさそうに見ている者たちが、わざわざ平穏を壊しに来た。
◆ ◇ ◆
放課後、薔薇は通学かばんを持つと、完全に日常となった流れで夕映を呼んだ。
「じゃ、バイト行くか」
「おう」
クラス内でも日常の風景になっている大小のコンビがつるんでいても、特段注目を集めることはない。
だが、今日という日は、招かれざる客が、教室のドアを塞いでいた。
他のクラスの男子生徒が五人。教室の出入り口のひとつを塞ぐように集まっている。
小柄な薔薇は眼中にないのか、厭な笑みを浮かべた集団の視線は姫川夕映に向いている。
薔薇の斜め後ろで、夕映の鍛練された大きな体が強張ったのが分かった。チラッと聞いたのだが、護身術をメインにしたクラヴ・マガという格闘技を本格的に習っているらしい。薔薇の目から見ても、たいていの人類には勝てるだろうに、夕映はドア前にたむろする集団に、明らかに怯えの色を見せている。
「なんか用? ジャマなんだけど」
教室中の生徒が振り向くような、デカい声が薔薇から放たれた。ほとんど猛獣の威嚇の咆哮と呼んで良い、敵意の込められた大音声だ。
実際ドアをひとつ、胡乱な他クラスの生徒に占拠されて、迷惑そうに別のドアへ向かう生徒たちも多く、学級委員長の一柳もまさに席を立とうとしていた瞬間で、そこいら中の視線が薔薇に集まった。
そのなかで、幼馴染みの栄地だけは、入学当初から騒がれていたアイドル系の美貌を、飽きれ半分面白半分といった笑顔にして見守り始める。
バカでも分かる宣戦布告に、薔薇よりはるかに上背のある男子生徒たちーーー制服をだらしなく着崩して、タバコの匂いを漂わせる、絵に描いたような安い不良の群れは、一瞬たじろいだ。しかし、目の前にいるのが、小柄な女の子だと見てとった瞬間に、元の態度ーーー無意味に偉そうな高圧的な雰囲気に戻る。
「オレたち友達に会いに来ただけですー。それをジャマとかひどくねー?」
「ヤッホー、ヒメちゃーん、おっひさー」
「それともなに? 君がおれたちと遊びたい?」
「お、それいいね」
馴れ馴れしさを通り越して、バカにした仕草で薔薇の頭をポンポンと叩いた。
栄地と、廊下を歩いてきた羽々緋水の顔が音を立てて青ざめた。薔薇の旧知たちも「あ、これ久々にヤバくない?」と身を引く。
分かってないのは、高校からの知己たちだ。
「さわるな」
薔薇が次に発した声は、打ってかわって静かなものだった。だが、注目していた全員の耳に届いた。
「んー? なにぃ? あれ、けっこうカワイー顔」
届いてないヤツいた。相変わらず、他クラスの名も分からぬ彼は薔薇の頭に触れ、そのサラサラの黒髪をぐしゃぐしゃと乱していく。周りの仲間はヘラヘラ笑って楽しそうだ。やはり未成年で、すれ違うだけでも分かるほど喫煙していると、脳に悪影響が出るのだろう。
薔薇の声を聞き取ったものは、新旧問わず、あと数秒で爆発する爆弾のタイマーを見ている気分になっているのに、彼らはそれを、笑いながらベタベタ触っているのだ。
「もう一度言う。さわるな」
奇妙に機械的な声音に、やっと異常を察知したのか、頭をなで回していた少年は訝しげな顔つきになる。
一柳と栄地が、一歩踏み出す。
だが、危険を察した彼らが来るよりも先に、薔薇の頭を無遠慮に撫で回す手首は、鍛えられた大きな手に捕まれ、彼女の頭から引き剥がされた。
「やめろよ」
薔薇の頭越しに手を伸ばしたのは、夕映だった。体格では、明らかに彼らより勝るはずの夕映だが、その声は振り絞るように掠れて、精悍な顔は白くなっている。
ただ、バカでも腕力の強さは分かるらしい。タバコ臭い不良男子は、「放せよ!」と慌てて手を振り払った。
「っだよ、不登校の高校デビューマンが、女子に守られてやんの。マジウケる死ねよ」
「声、ちょー震えてるし」
「まあいいや。また遊ぼーぜ、ヒメちゃーん」
口々に嘲りの言葉を残して、群れは去っていった。
緊迫した空気はやっと緩み、栄地は席に座り込み、一柳は真剣な顔で薔薇の方へ歩いてくる。
薔薇はというと、ヘアゴムを外して手櫛で髪を整え始める。
「防人、ごめん……」
掠れた声が夕映から零れた。今にも泣き出しそうな、怯えと、申し訳なさに張り裂けそうな声だった。
群れが消えたドアに駆け寄ってきた緋水と、薔薇を案じた一柳は、薔薇の顔を真正面から見ることになり、足を止めた。
生存本能が止めさせた。
けれど、背後に立つ夕映には見えていなかったし、振り返って見上げてきた薔薇はいつもの、しかしやはりちょっとばかし怖い笑顔。でも夕映を怯えさせるものではなく、励ますような、そして実に愉快そうな笑顔だった。弾んだ声が、教室に響く。
「全員、ツラは覚えた。だから、だいじょうぶだよ」
何一つだいじょうぶではないな、と聞こえていた全員が察した。
まだまだ続く平和パート
ええ、平和ですよ




