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第十七話 彼女と彼の高校デビュー③

 バイト先も学校側も慣れていたからか、翌日すんなり書類は通り、正式に薔薇も夕映(ゆえ)もホームセンター・ワシントンの新人アルバイトとなった。今日はシフト決めと仕事内容の一通りの説明、出勤していた先輩職員やアルバイトたちとの挨拶で終わった。本格的に先輩店員について仕事をするのは明日から。今日は、店長の松郷(まつごう)を手伝って、バックヤードの力仕事をしたが、小柄な薔薇が「本当に力持ちですよ」と言って、平然と重量物の入った荷箱を重ねて運ぶ姿に、大変素直に驚愕していた。しかし、松郷店長の適応能力は高かった。「おじさん、最近、腰が怖くて…頼っちゃうね? でも腰は気をつけてな」と爆速で受け入れた。体だけでなく、心の器もでっかいようだ。

 薔薇がパワー型であることがわかったため、レジ打ちよりも品出しや客の運搬の手伝い方面を任されるらしい。直属の指導につくことになったのは、主に園芸用品を担当している(さかい)大輝(だいき)。バイト二日目、本格始動したとき、境は一瞬戸惑っていたが、薔薇が20キロの肥料袋を重ねてスッと立ち上がる様を見てから、店長と同じ速度で受け入れてくれた。さすがバイトリーダーである。

 世間話がチラホラ出て、境もまた、春星高校の卒業生で、この時期からバイトを始めたのだという。今は、その時の貯蓄と奨学金で大学に通いつつ、バイトを続けているのだという。


 大学かあ。


 お客様の車に土の入った袋を運び込みながら、薔薇はぼんやり考えた。

 正直なところ、カネはある。兄二人の収入、育ての親の浮寝の遺産、そして超世話焼きの未成年後見人に頼めば、奨学金という名の事実上の借金を背負わずとも進学できる。


 でも、特に学びたいこととかないんだよなー。大学って、そういうとこでしょ。


 薔薇がバイトを始めたのは、家計を助けるためなのは嘘ではないが、境先輩のような、必要も目標もない。だが現代はカネで解決できることばかりだ。そして、財産に余裕があれば、カネで解決できないことに注力する余裕が出来る。


 などとグルグル考えていたら、疲れていると思われたのか、境から休憩時感を貰った。たしかに、筋力だけでなく集中力と脳みそも使ったので、ありがたく受け入れる。境先輩も、裏にタバコを吸いに行くといって一時解散した。

 バックヤードに入り、女性用更衣室のロッカーからスマホと水のペットボトルを取り出して、事務室兼休憩室へ入ると、姫川夕映がいた。丁度彼もきたところだったのだろう、イスを引いて座ろうとしていた。

「おつかれー」

「おつかれ」

 薔薇は、テーブルを挟んで夕映と対角線のイスに腰掛けた。彼は、体格に見合って力もあるが、今日は先輩職員のおばさまからレジ打ちを習っていた。当然、重量物もレジを通るので力持ちはどこでも大歓迎のようだ。

 と、テーブルに置かれていたふたりのスマホがほぼ同時に震えた。特に意識せず、それぞれにスマホを手に取り、画面を見る。


「「突発レイド?!」」


 同じ言葉が、同じくらいの驚きの声音で発せられた。そしてふたりは、そっくりないぶかしげな表情でお互いを見る。

「………」

 無言の夕映。

 薔薇もまた無言だが、彼女の視力は、夕映の黒い両目に移り込む彼のスマホ画面を捉えた。あれ、は。

 バッと薔薇は自分のスマホ画面を夕映につき出す。

 夕映は一瞬身を引いたものの、スマホ画面を見て思い切り体を前に乗り出した。

 画面には、夕映のスマホ画面と同じ、スマホゲームのイベント発生を告げるポップアップ。


「あなたもマジシャンなの?」

「おまえもマジシャンなのか」


 マジシャン。スマホゲーム、「リバースシティーマジシャンズ」における操作キャラの総称であり、SNSやオフ会でプレイヤーは自らや他プレイヤーをマジシャンと呼ぶ。

「マジでか。え、クラスタイプ何? あたしはずっとホーリーナイト」

「俺は元ソーサラーのプリースト」

「クラスチェンジ! 火力あるプリースト好きー!」

「いやけっきょく紙だから、ナイト系いてくれないと」

「そのためのナイト職ですぜ! とりあえず、レイド行くかあ。周年記念の突発レイド多すぎない? 楽しいけど。この時間、社会人マジシャンいないからけっこうキツイんじゃ……えーっと、オンラインの友達にカラスを送りまして、と」

 タプタプと画面を操作する薔薇。いつも一緒に高難易度依頼やレイドに行くフレンドーー幸広(ゆきひろ)のYukiと、ゲームを始めた頃から仲良くしてくれているYuuさんあてに、お誘いの通知こと使い魔のカラスを飛ばす。

「えっ」

「えっ?」

 夕映が変な声を出した。なんだ?と薔薇が顔を上げると、夕映は画面を見たまま、

「なあ、お前今、カラスを送ったんだよな」

 言いながら、今度は彼がスマホ画面を薔薇に向けてくる。

「えっ?!」

 そこには、薔薇の操作キャラであるホーリーナイトのイラスト。カスタム画面では姿が異なるが、通知系の画面は基本イラストが使用され、プレイヤー名が表示されるのだが。

「Rozeさん……?」

「Yuuさん……?」

 ガッターンっとイスを吹っ飛ばして、二人は立ち上がった。

「待て待て待て待て待て、え、お前、Rozeさんなのか?! 去年のエターナルナイトブラッド・イベで、10億ダメージ受けきって前線を支え続けてくれたあの?! その節はありがとうございました?!」

「待って待ってちょ待って、何?! Yuuさんなの?! 去年のホープレスレインアゲイン・イベで千人に回復とバフかけ続けてくれたあの?! その節はありがとうございました?!」

 同時に叫んでいた。そして奇跡的に、お互いの叫びをちゃんと全部聞いた。そして、スッと冷静になるとイスを元に戻し、ガックリと座り込む。

「社会人の人だと……」

「同じく……」

 まさか同じゲームプレイヤーで、しかも二年近くフレンドだった。

 急なオフ会(?)に頭が真っ白になっていたふたりを、再度ゲームの通知が正気に戻してくれる。

「あ、Yukiさん、来てくれたな」

「あの、それ、あたしのリアル家族」

「えっ?!」

「ちなみに、たまに現れるMizuhiは隣のクラスのあたしの幼馴染みで、カネの力でマジックナイトやってる」

「ええっ?!」

「やっぱり、マジシャンたちは、すぐそばにいるんだね…」

 ゲームのキャッチコピーを呟いて天井を仰ぐ薔薇。

「たぶん、あたしたちの知らないマジシャンがまだそこらじゅうにいるね…」

「そうだな…」

 などと言いつつ、薔薇と夕映は敵を迎え撃つためにいつもどおりパーティを組み出撃、バイトに戻った。

平和パートが長くて、すみません

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