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第十六話 彼女と彼の高校デビュー②

 午後の授業、満腹感による眠気と死闘を繰り広げながらも真面目に授業を終えた防人(さきもり)薔薇(そうび)は、紅玉(ルビー)翼輝(つばき)、幼馴染みの月宮(つきみや)栄地(えいじ)に別れの挨拶を早々に告げると、早速バイトの面接に向かった。


 登校時、バスで通りすぎる大通りに面したホームセンターだ。特定地域によくあるタイプで、外からきた人は珍しがり、外へ出た人はないことに驚く。

 ホームセンター・ワシントン。品揃えは豊富。店舗自体もかなり大きい。担任教師の折笠(おりがさ)によれば、この時期にバイト先を求める生徒を毎年受け入れてくれるところで、学校との間に信頼関係がある優良物件だ。

 歩き出した薔薇の視線の先に、目立つものがいた。


 ハイイログマくんだ…じゃなくて、えーっと、姫川(ひめかわ)夕映(ゆえ)くん。


 胸中で、薔薇は勝手につけたあだ名を呟く。

 前を歩くのは、巨体といっていい広い背中。高校からのクラスメイトだ。

 薔薇の記憶では、とにもかくにもデケエという印象。なにより、ただ大きいのではなく鍛え上げられた筋肉を纏っている。あれは、戦うための筋肉だ。

 斑目先生の武道の筋肉と同じだが、ボリュームのあるゴリラっぽいものではなくて、姫川夕映は少しシャープで、だからクマだなという第一印象を持ったのだ。

 そして、彼の髪の色。地毛なのだろう、不思議だが自然な灰色の髪の持ち主なのだ。だからハイイログマーまあ別にハイイログマは灰色ではないのだが、イメージだ。

 薔薇が彼を覚えているのは、見た目だけが理由ではない。

 アルバイトの申請書類や条件について職員室で聞いていたときだ。

「防人は、中学の頃から理数系が苦手のようだな」

「ハイ…」

 そういうクラス担任折笠は、よりによって数学の先生だ。死に物狂いで勉強しないとダメかもしれないと暗い気分になりかけていると、折笠は落ち着いた声で言った。

「だが、他に得意科目がある。体育と英語は中学の内申でも特に評価が高いな。もともと成績の良いこの二科目に悪影響が出なければ、アルバイトは続けられる。安心しなさい」

 びっくりした薔薇は、思わず折笠先生と真っ直ぐに目を合わせた。他の生徒達から、入学数日で「見た目どおり厳しくてコワイ」と評されている折笠先生。スクエア型のメガネの向こうにある両目は、確かに鋭い。数学教師とはいうが、歩く姿は重心が中央にあり、絶対になんらかの武術を修めていると薔薇は踏んでいる。

 文武両道。

 授業もホームルームも淡々と行われ、無駄がない。

 だが、困っていることや質問には、時間をかけて分かるまで付き合ってくれることを、薔薇はこの数日で知っている。

 良い先生だ、と分かっていた。でも、その上で、見返した眼差しの穏やかさで、深い安心感を与えてくれた大人は、育ての親の浮寝(うきね)以外では初めてかもしれない。

「はい、がんばります」

 薔薇はキリッと背筋を正して答えた。この人の信頼を裏切る真似はしたくない。いやもっとたくさんの人に対して、薔薇は()()()()()()()()

 そして背後から来る足音の主のために、折笠先生の前から一歩横にどいて、振り向いた。

 そこに立っていたのがハイイログマくんー姫川(ひめかわ)夕映(ゆえ)だった。

 声をかけようとしていたのだろう、精悍な顔つきが急に振り向いた薔薇に驚いて、なんともいえない表情で固まった。

「ああ、姫川か。お前も申請書類で質問か?」

「はい」

 少しの戸惑いを見せつつも歩いてくる大きな生き物。だぶん180cmはあるだろう。隣に立たれると、153cmの薔薇は首を直角にしないと顔が見えない。

 薔薇もまだ話が終わっていなかったので、ふたりは並んで説明を受けた。ふたりの間に会話は全くなかったが、強く記憶に残っている。

 などと、薔薇が思いを馳せていると、姫川夕映の大きな背中は、ホームセンター・ワシントンに入っていった。


 バイトの面接を待つ間も、ふたりに会話はなかった。先に呼ばれたのは、単に店にきた順で姫川から。続いて薔薇。


 で、その場で採用。


「ん? え? さ、さいよう…?」

 ホームセンター・ワシントンの店長もデカいおっさんだった。ボリューム感的にアフリカゾウとかだろうか。いかつい顔だが、ニコニコと優しく笑い、それでいて質問はけっこう鋭かった。ただ特にやましいこともないので、正直に答えていたら、じゃあこれからよろしくな!と、でっかい手を差し出されたのだ。

 思わず、目をぱちくりさせながらも握手してしまう薔薇。対して、店長の松郷(まつごう)(つよし)は、薔薇の手を完全に掌握した状態で「ほう…」と低く唸った。

「格闘技とかやってるのか…? いや違うな」

 鋭い。

「あー、んと、七歳年上のお兄ちゃんが二人います」

「あー」

「あと、売られた喧嘩は全部買う主義です」

「あっはっはっはっ!! だなあ、歴戦の気配がするもんな! そりゃあいい! 家庭の事情とかで意味不明なケチつけてくるやつ、拳で黙らせてきたかあ!」

「はい。あ、でも、あの、これからは、イイコになるので…」

 明るく松郷がいうので、つい口走ってしまった。春星高校からの今の時期の申請から察していただろうし、さっきまでの質問でも、両親がいないことはごく普通に説明していた。


 両親がいない。


 なんでか、それを理由に「いじめ」ようとしてくる子どもが、小学生の頃はまあまあいた。それを全部、暴力で叩きのめしてきた。だから小学生の頃の評価は、微妙に問題児であったが、それもまた「両親がいない子」という評価が相殺してくれた。

 中学に上がる頃にはだいぶ減ったが、体格で勝るようになった一部の男子がリベンジマッチをしかけてきて、すべて返り討ちにした。


 そんなわけで、非常に、防人薔薇は目立っていた。


 しかし、小学生の頃から常に「先に手を出すのは、相手の方」だったこと、重ねてやはり「ご家庭の事情で不安定」だの「年上の兄がいてケンカ慣れしてる」だの勝手な配慮が加味されて、納得され、喧嘩両成敗。

 上の兄ふたりに暴力を振るったことなどないのだが、もうそういうことにしておくことにした。

 それに暴力的ないじめっ子が軒並み粛清されたため、小中の治安は非常に良く、現在では殴り合ったヤツラも、そうでない子たちとも皆、友達である。


「うんうん。いきなりお客さんに拳を使用しないでね。店長の私をインカムで呼ぶんだよ」

「おう、は、はい、モチロンデス」

「あ、でも、体に触られたら、自分の身を守るんだよ。監視カメラあるから、遠慮しなくて良いから」

「遠慮しなくていいんですか。わかりました」


 店長、強すぎる。薔薇は心から店長が好きになった。

 それから松郷と共に事務所へ向かうと、姫川が大きな体をパイプイスに窮屈そうに乗せて待っていた。


「きみたち、二人とも採用ね。春星高校だけど、知り合いかい?」

「同じクラスです…けど…」


 薔薇が答えてちらっと姫川を見ると、あちらもいわくいいがたい顔で薔薇を見てから、松郷に視線を戻す。


「同期ってやつだな。良い感じにやってくれ。じゃあ今日は書類いろいろ渡して……次はいつ来られるかな」

「「明日から…」」


 きれいにユニゾンしてしまい、顔を見合わせる薔薇と姫川。


「おお、じゃあ説明も一回で済むな。よしよし」


 松郷は、ニコニコと機嫌良く、しかしテキパキと手続きを進めていった。

 そんなわけで、薔薇と姫川は同時にホームセンターから出ることになった。明日、学校と店にそれぞれ提出する書類があるのでさっさと帰って書く必要がある。

 ただなんとなく、礼儀、的なものとして、薔薇ははるか頭上の姫川夕映の顔を見上げた。


「よろしく」

「……よろしく」


 体躯に見合った、大型の弦楽器のような低くて深い声だ。制服の組み合わせは、薔薇とまるっと同じなのだが、とてもそうは見えないくらいの体格差がある。

 見上げ続けていると首を痛めそうなので、薔薇は前を向いて歩き出しつつ、世間話を続けてみた。


「えーっと、姫川くんは、これからどっち方面に何で帰るの? あ、あたし防人薔薇。名前の画数なら他の追随を許さない自信があります」

「……姫川夕映。防人のことは、知ってる。バイトの聞きたかったこと、入学式の時に先に全部聞いてくれたし、体育、すごかったらしいな」

「おっと、男子まで知ってるかあ」


 返事をしてくれたのは好印象だが、忘れてほしいことを覚えてくれているようだ。

 帰る方向は、バス停は同じだったが、行き先が異なった。薔薇は旧市街行き、姫川は新市街の公営団地方面だ。

 偶然、薔薇の乗るバスがきたので乗り込む。


「じゃあ、姫川くん、また明日。ばいばい」


 気軽に手を振ると、いわくいいがたい顔のままではあるものの、大きな手を振り返してくれた。

 彼とはうまくやっていけそうだ。もう少し親しくなったら、何を食べてそんなに大きく育ったのか聞いてみることにしよう。

タイトルの、「彼」登場です

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