第十三話 きさらぎ駅のコインロッカーベイビー⑬
美しい列車だった。
流麗なフォルム、ピンクから白へグラデーションする車体の色、金色の雲がそこかしこに絶妙な配置で描かれている。
ドアが淑やかに開くと、和風カフェの店員っぽい若い成人女性が降りてきた。サイドテールの明るいブラウンの髪、ピンク色の両目。身に付けた衣装は、和洋がミックスされた不思議な制服で、一回和風カフェの店員っぽいと思ってしまうと、もう、そうとしか見えない。
「おかえりなさいませ、お嬢様!」
口上もカフェ…っていうかメイドカフェ風だった。きゃぴっとした感じとか明らかに慣れていて、照れが一切なく、真実とてもカワイイはカワイイのだが。
待てマジかよと、浮草の笑顔が強張る。あや香も正直、動揺を隠せない。もうずっとてんやわんやではあるのだが、なんか、今回のこれが一番ヤバい気がして、反射的に赤ちゃんを守るように半身になる。
浮草は「よくみた」が、狐狸の類いに化かされているわけではないとわかった。なので、だからこそ、今日一番の恐怖を感じた。
「えっと…これは、その、どこ行きですか? いや、おれは「みれば」分かるんですけど、今までの人生で一番、自分の目玉が信じられなくってですね」
「まあ! 初めまして浮草様! お噂はかねがねうかがっておりますわ! お会いできて光栄です! 当列車は、浮草様のお見立てどおり、天国行き特別快速でーす!」
ジャジャーン!っという謎のサウンドエフェクトまで発生した。
「最近の天国、こういう感じなんだね…」
「割りと好評ですよ!」
「そうなんだ。ならいいか。ほら、あや香さん、どうぞ」
順応性の高すぎる浮草、というか諦めが早いだけか、爆速でアッサリ受け入れて、あや香を促す。
「こ、これに、乗るの…?」
いろんな意味で不安なのだろう。正直、浮草も不安である。でもこれは間違いなく“天国”へ連れていってくれる存在だ。
「もちろん! 柴崎あや香様には、当然その資格がございます!」
グワッと距離を詰めてくる和風メイドの姿をした天の御使いは、内緒話をするような仕草で、しかしわりと普通の声量で言った。
「実は、ワルキューレさんたちが「一緒に働きたい!」ってリクルートにきてたんですけどね、「もう休ませてやれよ」とか「働きすぎだよ」って声が多くて、ワルキューレさんたちも「確かに!」って、お帰りになりました」
「戦乙女が仲間にしようと来てたの?! 日本人女性だよ?!」
「日本は、どんな神話も宗教も平気で受け止めちゃいますから、全世界から見られてるんですよ」
なぜかちょっと自慢気に胸を張る天の御使い。
それから、彼女はスッと居住まいを正す。背筋を伸ばしただけで、急に本来の神々しさが輝いた。蓮の花の色の両目が、まっすぐにあや香を見る。
「命尽き果てるまで、我が子を守るために戦い続けた勇敢なお方を天の国へご案内できること、誠に光栄に存じます」
恭しく、厳かに、天の御使いはその頭を垂れる。優雅で神々しい、そして真に敬意に溢れた仕草と声。
「で、でも、わたし…あ、それにこの子は?! この子は、生きて…………」
戸惑うあや香は、そして誰もが言及しなかったことに、ついに思いいたる。
「そこなんですがね…確かに、お嬢さんは、あなたのできる限りでこの子を守りました。でも、そのおくるみの力は強すぎましてね。なにしろ、次元は超えるし、こちらの世界の理すらも変えてしまう強大な神具。その御力にさらされ続けて、赤ちゃんは、言うなればもう、人の世の存在ではなくなってまして…はい」
申し訳なさそうに管理人が言う。
日本には「七つまでは神のうち」という考え方がある。諸説もろもろだが、赤子というのは「神からお預かりしている」という意味を持つ。だからこそ、妖怪や怪異、神々に好かれるし、狙われもする。そんな曖昧かつ「あっち」に近い存在が、強大な神威を浴び続けた結果、生きながらにして、人の枠を超えてしまったのだ。
「ですが、世界の理をねじ曲げなければ、この無垢な魂は、おぞましい現世の悪意によって、いらぬ苦しみを与えられ傷つけられたことでしょう。お嬢様のされたことは、間違っておりません。ほら、ご覧くださいな、こんなにもキラキラ笑っていらっしゃる」
天の御使いが、天上の美貌を綻ばせて、あや香の胸に抱かれる赤ちゃんの笑顔に微笑みを返す。管理人さんも、にこにことうなずく。
「あや香さんの、名付けのセンスが良かったよね」
「浮草様のおっしゃるとおり! まあ詳しいことは車内でゆっくり説明いたしますわ。どうぞご安心なさって。今生の運命は、あまりにも厳しく無惨な終わりとなりましたが、我々はみんな見ていました。ちゃんと“次”へ繋げます。お嬢様も、この子も」
和風メイド姿の天の御使いが、あや香を導き、蓮の花の色の優美な列車へ導く。いざなわれるまま、車内に一歩足を踏み入れたあや香は、はっとして振り返った。
「あ、あの! あなたの名前、教えてください! いっぱい助けてもらったのに、き、聞けてない!」
さっきからいろんなモノが彼の名を呼んでいるが、耳に入っていなかったのか。いや、礼儀として、聞きたいのだ。あや香は泣き腫らした目で、自分よりずっと幼い小学生を真剣に見つめた。
浮草はニカッと笑って答えた。
「おれの名前は、浮草。水面に浮いてる植物な。おれのじっちゃんが、『運命の激流に押し流されても、ぷかぷか浮かんでどこかでどっこい生きてますように』って、意味をこめてつけてくれたんだ。昔っから、よく迷子になってたからさあ」
ちょっと照れ臭そうに、しかし誇らしげに、名前とその由来を教えてくれた男の子に、あや香は噛み締めるように言いながら、頭を下げた。
「浮草くん、助けてくれて、ありがとう」
「どういたしまして。さようなら、あや香さん、“未来ちゃん”」
浮草が手を振り、あや香が顔を上げると同時に、ドアが閉まる。
旅が始まる。
“次”の旅が。
どうか、楽しい旅になりますように。
高鳴るエンジン音と共に、旅の始まりに感じる高揚もまた沸き上がる。
窓に張り付き、あや香は未来のちいさなお手手を振ってみせる。いままでずっと、泣くこともなく本当に良い子だった未来は、やっぱりキャッキャッと笑っていた。
二人の笑顔が、浮草の視界から去っていく。
あっという間に、蓮の花の色に金の雲をあしらった神々しい列車は、あたたかな光に包まれて消えていった。
「さて、それじゃおれも帰ろ。めっちゃお腹空いてきた」
「浮草くん、今回は本当にご面倒をおかけしました。ああ、でも、あのトンデモ迷子に、こんなふうに助けてもらう日が来るなんてねえ。人の子の成長って早い!」
「昔はお世話になりました。じゃあね」
感涙にむせび泣き始めたおっさんの横をすり抜け、あっさりと浮草はきさらぎ駅の駅舎を出る。
真っ暗な駅の窓口に会釈してから首を巡らせれば、バス停にちょうどバスが留まっている。浮草は、こうして自分の意思でちゃんと家に帰ることができる。
人の子でありながら、神や魔性と平然と話し、異界から異界へ人として生きたまま渡り歩く少年の背を、時空の管理人は、バスが発車し、無事に人の世界へ帰るまで、きさらぎ駅と共に見守っていた。
皆、みんな、見ています
だから、よいこでいましょうね
ちなみに、魅乃島の乱入がなかった場合、「猿夢」さんが天国行きバージョンに変身しました
某夢の国のパレードみてえなド派手なやつに
よいこでいれば、乗せて貰えるかもしれませんねハハッ!




