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隠された鍵  作者: 東雲明
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第6話 過去の鍵

東京の朝は、俺を突き放すように冷たかった。桜荘の窓から差し込む光は、コンクリートの隙間を縫うように頼りなく、故郷の田んぼを照らす朝日の温もりとはまるで別物だ。ベッドの上で、俺、佐々木悠真は、擦り切れたバッグを握りしめた。シャベル、懐中電灯、ロープ、ドライバー、ワイヤーカッター、ハンマー、ペンチ、ナイフ、精密ドライバー、錠前、電池、LEDライト。これらは、俺の目的を開く鍵だ。あの日の悔恨、あの日の誓い。それを果たすために、俺はここにいる。だが、この街は俺を迷路に閉じ込め、桜荘は軋む壁で警告する。


昨夜、高梨彩花の言葉が頭にこびりついている。「俺も騙したことがある」。彼女のタロットカード、鍵の絵柄、倒れた塔。占いは本物か? それとも、彼女は俺の心を操る詐欺師なのか? 彼女が語った過去、誰かを救い、誰かを騙したという言葉。あの自嘲するような目は、俺の目的に迫る鍵なのか、それとも罠なのか? 壁の向こうから聞こえる軋み。低く、不規則な音。まるで、この家が隠された鍵を守っているかのようだ。今日、俺は高梨の過去に踏み込み、彼女の真偽を探る。 



朝、リビングは静かだった。北村亮は早朝に出かけ、佐藤葵は部屋に籠もっている。山崎悠斗はソファでスマホをいじり、「お前、今日も出かける? 東京、慣れた?」と軽薄に笑うが、俺は無視した。慣れる? 冗談じゃない。渋谷のスクランブル交差点で迷子になり、コンビニでICカードを知らずに恥をかいた記憶が、胸に重く残る。この街は、俺を拒むように冷たく、複雑だ。


近所のコンビニで弁当を買おうと、桜荘を出た。店内は、昨日と同じく商品が所狭しと並び、蛍光灯が目を刺す。レジで、店員が「ICカードで?」と聞く。俺は千円札を出し、「現金」と呟いた。店員の無表情な視線が、俺の田舎者ぶりを突き刺す。袋に弁当を詰め、店を出る。外の空気は、排気ガスとアスファルトの熱で重い。田舎なら、朝の空は草の匂いで満ちていたのに。


次に、駅近くの小さな雑貨店へ向かった。目的のための道具に、防水テープと小さな工具キットを追加する。店員が「ポイントアプリ、使いますか?」と聞くが、俺は首を振った。ICカード、ポイントアプリ、スマホ決済。この街は、俺が知らない「鍵」で溢れている。バッグの中で、道具たちがかすかに擦れる音がした。俺の鍵。目的を開くための、唯一の頼りだ。


桜荘に戻ったのは昼過ぎ。リビングでは、高梨彩花がタロットカードを広げ、煙草の煙を吐き出していた。彼女のネイルは、午後の光に血のように赤く光る。


「お前、今日も道具買ってきた?」 


彼女の声は低く、まるで俺の動きを見透かしたようだ。


「必要だからな」


俺はそっけなく答え、バッグを置いた。だが、高梨はカードをめくりながら、微笑んだ。


「必要? 鍵を開けるため? それとも、閉じ込めるため?」


俺の胸が締め付けられた。彼女の目は、まるで俺の目的を暴く鍵穴のようだ。


「お前の占い、どこまで本物だ?」


俺は昨日と同じ質問を投げた。彼女の過去、救った経験と騙した経験。その真偽を知らなければ、俺はこの家で何も信じられない。


高梨は煙草を灰皿に押しつけ、カードをシャッフルした。


「本物かどうかは、お前が決めるさ。けど、俺の過去、聞きたい?」 


俺は一瞬迷ったが、頷いた。彼女はカードを並べ、煙を吐き出した。


「昔、横浜で占い師やってた。客の中に、借金で首が回らない女がいた。30歳くらい、夫に裏切られて、子供を抱えて途方に暮れてた」


彼女の声は、どこか遠くを眺めるようだった。


「その女、俺にすがってきた。『未来を教えて』って。俺はカードを引いて、こう言った。『新しい仕事が見つかる。子供と幸せになれる』。本当は、カードなんて適当だった。でも、彼女は信じた。次の週、彼女はパートを見つけて、笑顔で礼を言いにきた。救ったんだ、俺は」 高梨の目は、微かに揺れた。だが、すぐに冷たい笑みに変わった。


「けどな、別の客もいた。金持ちのジジイ。欲に目がくらんで、投資詐欺に引っかかりそうだった。俺はカードを引いて、『この投資は成功する』って言った。ジジイは全財産突っ込んで、破産した。俺には関係ない。信じたのは、ジジイだ」


俺は息を呑んだ。彼女は詐欺師を自認するのか?


「なんでそんなことした?」


俺の声は、思わず鋭くなった。高梨は笑い、煙草に火をつけた。


「金だよ。占い師なんて、信じたい人間の心を利用する商売さ。お前も、隠してるだろ? 鍵を」


彼女がめくったカードは、鍵の絵柄。俺のバッグの中の道具が、突然重みを増した気がした。


「お前の占い、ただの詐欺だろ?」


俺は声を硬くしたが、心臓は早鐘を打っていた。高梨は微笑んだ。


「詐欺? なら、なんでお前、こんな顔してんの?」


彼女が指したのは、俺の握り潰した拳。気づけば、俺はバッグを強く握りしめていた。彼女は知っているのか? 俺の目的、あの日の悔恨を? だが、彼女はそれ以上追及せず、カードを片付けた。


「この家、鍵だらけだよ。俺の過去も、鍵の一つ。開けるなら、覚悟しな」



夜、部屋に戻り、俺は窓の外を見た。東京の夜景は、冷たく輝く。少年の気配は今日も感じなかったが、どこかで俺を見ている。あの視線が、俺の鍵を狙っている気がしてならない。バッグを開き、道具を一つ一つ確認した。シャベル、懐中電灯、ロープ、ドライバー、ワイヤーカッター、ハンマー、ペンチ、ナイフ、精密ドライバー、錠前、電池、LEDライト、防水テープ、工具キット。これらは、俺の目的を開く鍵だ。だが、高梨の過去、彼女の詐欺師としての告白が、頭に響く。


「信じたのは、ジジイだ」


彼女の占いは、俺を惑わす罠か? それとも、俺の鍵を暴く真実か?


壁の向こうから、またあの軋みが聞こえた。低く、不規則な音。まるで、桜荘が隠された鍵を守るように、俺に警告している。俺は壁に耳を当てたが、音はすぐに止まり、静寂だけが残った。この家、何を隠している? 高梨の過去は、俺の目的にどう繋がる? 東京での5日目は、俺にこの街の冷たさと、鍵の重さを突きつける。

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