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隠された鍵  作者: 東雲明
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占いの鍵

東京の夜は、俺が知るどの夜とも違った。桜荘の窓から見える光は、冷たく人工的で、故郷の星空のような温かみは欠片もない。ベッドに横になり、俺、佐々木悠真は、擦り切れたバッグを握りしめた。シャベル、懐中電灯、ロープ、ドライバー、ワイヤーカッター、ハンマー、ペンチ、ナイフ、精密ドライバー、錠前。これらは、俺の目的を開く鍵だ。あの日の悔恨、あの日の誓い。それを果たすために、俺はここにいる。だが、この家、桜荘の軋む壁が、まるでその鍵を隠すように囁いている。


昨夜、またあの音が聞こえた。低く、不規則な軋み。まるで、この家が何かを閉じ込め、俺に警告するかのようだ。高梨彩花の言葉が頭に響く。「お前、隠してる鍵」。彼女のタロットカード、鍵の絵柄。あの目は、俺の目的を見透かしているのか? 占い師を名乗る彼女の言葉は、ただの戯言か、それとも何か真実を握っているのか。今日、俺はこの家の不穏な空気と向き合い、彼女の真偽を探る。


朝、桜荘のリビングは静かだった。北村亮はすでに外へ出かけ、佐藤葵は部屋に籠もっている。山崎悠斗はソファでスマホをいじり、「お前、今日も買い物か? 渋谷で何か面白いことあった?」と軽薄に笑うが、俺は無視した。昨日、渋谷のスクランブル交差点で迷子になり、強い日差しで眩暈に襲われた記憶が、胸に重く残る。東京は俺を拒むように、複雑で冷たい顔を見せる。だが、俺の目的は揺らがない。


キッチンで簡単な朝食を済ませ、俺はバッグを手に外へ出た。今日は新たな道具は必要ないが、桜荘の近くに小さな古本屋があると山崎が言っていた。そこで何か、目的に繋がる情報が手に入るかもしれない。田舎では、近所の爺さんが語る昔話が手がかりだった。東京では、情報は本や人の言葉に隠れている。鍵は、どこにでも潜む。


古本屋は、駅から数分の路地裏にあった。埃っぽい店内、積み上がった本の隙間を縫うように進む。推理小説の棚を漁りながら、俺は自分の目的を思い返す。あの日の約束。それを果たす鍵は、俺の手の中にあるはずだ。だが、背筋に冷たい気配を感じた。振り返ると、誰もいない。だが、窓の外、路地の影に何か動いた気がした。あの少年か? いや、今日は姿を見せていない。それでも、俺を監視するような視線が、どこかで俺を追っている。


桜荘に戻ると、夕暮れの光がリビングを薄く染めていた。高梨彩花が、いつものようにテーブルにタロットカードを広げ、煙草の煙を吐き出していた。彼女のネイルは、夕陽に反射して血のように赤く光る。                     


「お前、今日はどこ彷徨ってた?」


彼女の声は低く、まるで俺の心に忍び込むようだ。


「古本屋」 


俺はそっけなく答え、バッグを置いた。だが、高梨はカードをめくりながら、微笑んだ。      


「本? 情報? それとも、鍵を探しに?」



その言葉に、俺の胸が締め付けられた。彼女の目は、まるで俺の目的を暴く鍵穴のようだ。


「お前の占い、どこまで本物なんだ?」


俺は思わず口に出していた。田舎では、占いなんて爺婆の迷信だった。だが、高梨の言葉は、なぜか俺の心を揺さぶる。


彼女は煙草を灰皿に押しつけ、ゆっくりとカードを広げた。


「試してみる? お前の鍵、カードが見せてくれるよ」


俺は一瞬迷ったが、彼女の目に抗えず、頷いた。彼女はカードをシャッフルし、3枚をテーブルに並べた。過去、現在、未来。過去のカードは、剣に刺された心臓。                  


「裏切りと悔恨。お前、誰かを傷つけたか? それとも、傷つけられた?」


俺の喉が詰まった。あの日の記憶が、胸の奥で疼く。


現在のカードは、鍵の絵柄。


「隠してる鍵。誰も信じられないんだろ? この家も、お前自身も」


高梨の声は、まるで俺の心を切り裂く刃だ。未来のカードは、倒れた塔。


「崩れるもの。鍵を開ければ、何かが壊れる。お前、覚悟ある?」


彼女の目は、俺を逃さない。


「占いなんて、ただの当てずっぽうだろ」


俺は声を硬くしたが、心臓は早鐘を打っていた。高梨は笑い、煙草に火をつけた。


「当てずっぽう? なら、なんでお前、こんな顔してんの?」


彼女が指したのは、俺の握り潰した拳。気づけば、俺はバッグを強く握りしめていた。道具たち。俺の鍵。


「この家、鍵だらけだよ」


高梨は続ける。


「北村の目、山崎の笑顔、佐藤の沈黙。そして、この家の軋み。全部、鍵の音だ。お前、どの鍵を開けるつもり?」


彼女の言葉は、まるで俺の目的を暴く鍵そのものだった。占いは本物か? それとも、彼女は俺の心を操る術を知っているだけか? 俺は答えられず、ただ彼女の目を見つめた。



その夜、桜荘は静かだった。北村はまだ戻らず、山崎は外へ出かけ、佐藤は部屋に籠もっている。俺はリビングに残り、高梨の言葉を反芻した。彼女の占いは、ただの戯言か? それとも、俺の過去、目的を知っているのか? あの日の悔恨。あの日の約束。俺はバッグを開き、道具を一つ一つ確認した。ドライバー、ワイヤーカッター、錠前。これらは、俺の鍵だ。だが、高梨の言う「鍵」は、もっと深いところにある気がした。


壁の向こうから、またあの音が聞こえた。低く、不規則な軋み。まるで、桜荘が隠された鍵を守るように、俺に警告している。俺は立ち上がり、音のする壁に耳を当てた。だが、音はすぐに止まり、静寂だけが残った。この家、何を隠している? 高梨の占いは、俺の目的を暴く鍵なのか? それとも、俺を迷路に閉じ込める罠なのか?


窓の外、東京の夜景は冷たく輝いていた。少年の気配は今日も感じなかったが、どこかで俺を見ている。あの視線が、俺の鍵を狙っている気がしてならない。東京での3日目は、俺にこの家の不穏さと、鍵の重さを突きつけてきた。

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