第31話 借金の系
俺と亮太は桜荘の共用リビングに立つ。雪山の地図、叔父の契約書、錆びた鍵が手に重い。尾根の箱への手がかりが俺を突き動かす。昨日、廃工場で響いた黒幕の笑い声――「鍵はお前の血」と囁く不気味な声、異様に長い腕の影、赤い光点の目、火花で浮かんだ「知っている顔」が頭から離れない。亮太が握る手帳には、叔父の字で「血の代償、尾根の箱、鍵の守人、最後の警告、血の足跡、雪の墓標」。契約書には叔父の署名と知らない男の名前。地図の×印に矢印が加わり、尾根の箱を指す。雪山が呼ぶ。
「悠真、新たな手がかりだ。」
亮太が静かに言う。契約書を広げ、叔父の署名の下の数字を指す。
「38000円。桜荘の家賃と同じだ。」彼の目は鋭い。
雪山の記憶がよみがえる。吹雪の中、叔父のコートが雪に沈み、血が広がった。黒い影が刃を振り、悲鳴が響いた。10歳の俺は毛布をかぶり、震えながら窓を見ていた。影が尾根へ消え、足跡を残した。
「隠れろ、悠真!」
叔父の声が耳に残る。昨夜、廃工場の火花で浮かんだ顔――知っている気がする。
「亮太、38000円が叔父の死とどう繋がる?」
亮太は手帳を指す。
「この金額、雪山の被害者が抱えた借金の返済額だ。叔父もその一人。黒幕が金で操ってる。」彼はノートパソコンを開く。
「金融記録を追う。」
「佐藤か。」
俺は拳を握る。
「亮太、工場のあの目……赤い光が俺を睨んだ。声が俺の名前を呼んだ。黒幕は俺を狙ってる。どう進む?」
亮太は俺を見る。冷徹な目が揺れる。
「悠真、黒幕は仕掛けで怯えさせてる。目も声もトリックだ。俺は奴を追い詰める。」
彼は鍵を握る。
「怖くても、俺がいる。黒幕を暴くまで離れねえ。」
「亮太……なぜそこまで?」
俺は声を詰まらせる。
「叔父の死は俺の過去だ。お前の戦いじゃない。なのに、なぜ命かけてる?」
亮太は目を伏せる。
「悠真、探偵は真実を暴くためにいる。お前の過去は俺の謎だ。黒幕が仕掛けてるなら、俺が壊す。」彼の声に熱が滲む。
「信じろ。一緒に鍵を開ける。」
「一緒に、か……」
俺は息を吐く。
「亮太、もし借金が叔父以上の秘密を? あの顔が知ってる誰かだったら……俺、耐えられるか?」
亮太は俺の肩をつかむ。
「悠真、記憶は鍵だ。壊れるんじゃなく、開く。叔父の死に答えを出すため、進む。俺がついてる。」彼はパソコンを叩く。
「金融記録をハックする。倫理的にだ。黒幕の資金ルートを追う。」
亮太の指がキーボードを走る。画面に取引記録が映る。38000円の送金が、桜荘の家賃口座からオフショア口座へ。
「黒幕の資金だ。」
亮太が言う。
「佐藤が運び屋として動いてる。」
「佐藤のアリバイは?」
俺は問う。
亮太は画面を進める。
「崩れた。雪山の夜、佐藤は東京にいた。廃工場の書類に、手紙の運び屋としての記録がある。黒幕の指示だ。」
「手紙の運び屋か。」
俺は息を呑む。
「亮太、同居人は? 彼らも黒幕の駒か?」
亮太はファイルを閉じる。
「同居人4人の過去を調べた。無関係だ。黒幕の駒として使われただけ。俺たちだけが真相に近い。」彼は地図を手に立つ。
「佐藤が今夜、桜荘の地下室に現れる形跡がある。追うぞ。」
桜荘の地下室への階段は暗い。湿ったコンクリートの匂いが漂う。錆びた手すりに沿って降りると、足音が響く。壁はひび割れ、水滴が滴る。地下室のドアは重く、軋む音が夜に溶ける。内部は埃とカビの匂い。床には古い木箱と鉄パイプが散らばり、点滅する蛍光灯が影を揺らす。奥の壁に隠しパネル。冷たい空気が漂う。この地下室は雪山の闇を閉じ込める。
亮太がパネルを調べ、隠された箱を見つける。
「佐藤の隠し物だ。」
箱には封筒と領収書。封筒には雪山の地図とメモ。「血の代償、尾根の箱、鍵の守人、最後の警告、血の足跡、雪の墓標、借金の糸」。領収書には38000円の送金記録と佐藤のサイン。
「亮太、佐藤が運び屋の証拠だ。」
亮太は領収書を手に、目を細める。
「黒幕の資金ルートだ。尾根の箱が全てを暴く。」他は封筒を手に、地下室の奥へ。
「佐藤を追う。」
階段で足音。重く、地面を擦るリズム。亮太が俺を箱の陰に引き込む。
「隠れろ。」
足音が近づき、ドアが軋む。佐藤だ。灰色のコート、懐中電灯の光が埃を切り裂く。汗で濡れた顔、落ち着かない目。亮太が囁く。
「佐藤だけじゃない。」
佐藤がパネルに近づき、隠し物がないことに気づく。
「誰だ!」
声が地下室に響き、埃が舞う。雪山の影が佐藤の背後に浮かぶ。叔父の血、悲鳴、刃の光。佐藤が奥の壁のパネルを押す。パネルがスライドし、狭い通路が現れる。亮太が目配せ。
「今だ。」
彼は音もなく動き、佐藤の背後に迫る。俺も続くが、足が震える。通路は湿ったコンクリート、水滴が落ち、冷たい空気が息を白くする。
佐藤が突き当たりで箱を開ける。亮太が飛び出す。
「佐藤、逃げられない!」
佐藤が振り返り、目を剥く。
「お前ら!」
彼は書類を掴み、逃げる。亮太が腕をつかむが、書類が床に散る。俺は一枚を拾う。雪山の地図、
「血の代償、尾根の箱、鍵の守人、最後の警告、血の足跡、雪の墓標、借金の糸」。叔父の署名、知らない男の名前。
「亮太、契約書の続きだ。」
佐藤が亮太を振り切り、闇に消える。通路の奥で別の足音。重く、ゆっくり。亮太が光を向けるが、誰もいない。黒幕だ。
亮太は書類を見る。
「鍵だ。」
「亮太、借金の糸って何だ?」
俺は領収書を握る。雪山の夜、叔父の血、影の足跡。
「叔父の死の裏に金がある。黒幕の資金ルートだ。」亮太は鍵を手に、闇を見る。「尾根の箱を見つける。」
階段でガチャリと音。ドアが自動でロック。亮太が光を向ける。
「黒幕のトリックだ。」
他は階段を上がり、ドアのパネルを調べる。ワイヤーとモーター。
「遠隔操作。時間稼ぎだ。」
俺はモーターを見つめる。冷たい金属が過去を映す。
「亮太、雪山の夜が蘇る。叔父の血、悲鳴……。目撃者なら、なぜ思い出せない?」
亮太が俺を見る。
「悠真、過去は鍵だ。開ける時が来る。俺がついてる。」
他は書類と鍵を手に、闇に目をやる。
「尾根に行く。だが、黒幕が近い。」
地下室の奥で物音。鉄の擦れる音、足音。亮太が光を向けるが、誰もいない。雪山の影が迫る。突然、不気味な声。人間の声ではない。地獄の底から響く、低い唸り。「鍵……は……お前……の……血……」と囁く。声が壁に反響し、俺の名前を繰り返す。通路の奥で影が動く。異様に長い腕、歪んだシルエット。赤い光点の目が俺を凝視。亮太が俺の手を握る。
「悠真、逃げろ!」
影が迫る。突然、蛍光灯が爆ぜ、火花が散る。闇が一瞬照らされ、影の顔が浮かぶ――知っている顔。だが、目が違う。赤い光が俺を焼き付ける。桜荘の全てのドアがガチャリと鳴り、出口が封鎖される。
 




