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隠された鍵  作者: 東雲明
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第16話 鍵の崩壊

心臓が、まるで胸を突き破る勢いで脈打つ。桜荘の居間は、闇と冷気が渦巻き、まるでこの建物が地獄の門そのもののように俺たちを飲み込もうとしている。割れた窓から吹き込む夜風は、怨霊の咆哮のように鋭く、剥がれたカーテンを幽鬼の爪で引き裂くように震わせる。床に散らばったガラス片は、遠くの街灯の光を反射し、まるで無数の目が俺を喰らうようにギラギラと光る。古びた木製のテーブルには、高梨のタロットカードが散乱し、「女教皇」のカードが、さっきの占いの秘密と奈津子の怨念の呪いを漂わせる。壁のひび割れは、まるで生き物の傷口が裂けるようにうねり、黒い液体が血のように滲み出す。ダクトから漏れる冷気は、俺の首筋を凍てつく刃で刺すようだ。金属の軋む音が、耳の奥で不気味に響き、まるで建物が死者の叫びを上げる。住人たちの息遣いは、恐怖で途切れ、闇の中で凍りつく。誰も動けず、誰もがこの建物の意志を恐れている。俺もだ。


北村を睨む俺の視線は、憎悪で燃えている。*お前が葵を殺した*。彩花の証言――七年前、桜荘の階段でナイフを持った北村と、姉・奈津子の冷たい声、「彼女を黙らせろ」。あのナイフの柄、俺の妹・葵を刺した凶器と同じ模様。全てが北村を指していた。だが、高梨の占いが、俺の確信を粉々に砕いた。「北村は犯人じゃない」。*何!?* 俺の頭が、真っ白になる。*北村じゃない? じゃあ、誰だ?* 十年前、雪深い山間の集落で、葵は血に染まって死んだ。胸に突き刺さったナイフ、犯人の冷酷な目、嘲るような笑い声。復讐のために東京へ来た。匿名のメモ、「犯人は東京にいる。桜荘を探せ」。それが俺をこの呪われたアパートに導いた。七年前、俺の部屋の真上で起きた未解決の殺人事件。被害者の名前も葵。*俺の葵と同じ*。北村と奈津子が関わってると思った。だが、北村が犯人じゃねえなら…*真犯人は誰だ?*


高梨が、静かにタロットカードを手に持つ。


「悠真、北村は操られた駒だ。奈津子の怨念が、彼を使った。だが、真犯人はもっと深い闇にいる。葵の魂は、真実が暴かれなければ成仏できない。この建物は、彼女の怨念で崩壊するよ」


彼女の目は、まるで俺の魂を抉るようだ。*こいつ、どこまで知ってる?* 彩花がソファの隅で震え、叫ぶ。


「もう…やめて…! あたし、関係ない…!」


だが、彼女の目は、恐怖と隠された真実で濡れている。*彩花、お前、まだ何か知ってるだろ?*


亮太が、床に散らばった資料を握りしめ、言う。


「悠真さん、北村さんのナイフ、メモ、全部手がかりだったけど…証拠として足りない。高梨さんの占いが正しいなら、真犯人は別にいる。図書館や警察の資料、もっと調べないと…」

 

亮太の目は、まるで闇を切り裂く刃だ。だが、その声に、かすかな絶望が滲む。*こいつも、手詰まりだ*。俺は拳を握りしめ、叫ぶ。


「亮太、諦めんじゃねえ! 葵の魂が、俺を呼んでる。真犯人を見つけなきゃ、桜荘が…崩れる!」


突然、部屋の空気が裂けた。まるで、空間そのものが引き裂かれるように。ダクトから吹き込む風が、血の匂いを帯びた怨嗟の咆哮に変わる。*ゴゴゴ…* 壁が、まるで生き物が咆哮するように震え、ひび割れから黒い液体が血のように噴き出す。床が、生き物の喉のようにうねり、俺たちの足元を飲み込もうとする。*何だ…この建物は!?* 亮太の懐中電灯が、血のような赤い光に変わり、ガラス片を照らす。ガラス片が、まるで生き物のように震え、空中に浮き上がり、俺たちに向かって襲いかかる。*キイイ…* 鋭い音が、頭を劈く。俺は咄嗟に亮太を庇い、床に伏せる。ガラス片が、俺の腕をかすめ、血が滲む。*くそっ…!* 壁が、まるで傷口のように裂け、黒い液体が床を這う。


その瞬間、ダクトから葵の声が響いた。


「悠真…真実を…つかめ…」


声が、まるで俺の心臓を直接握り潰す。*葵、お前なのか?* あの夜、葵が最後に呟いた言葉。「お兄ちゃん…助けて…」その声が、頭の中で暴れ回る。だが、すぐに別の声が割り込む。


「悠真…知りすぎた…黙れ…」


低く、冷たい女の声。*奈津子だ*。俺の背筋が凍りつく。*お前…この建物を動かしてるのか?*


突然、テーブル上のタロットカードが、風もないのにカサカサと動き始めた。まるで、怨霊に操られるように、床に滑り落ち、血のような赤い渦を巻く。「女教皇」のカードが、くるくると回転し、俺の足元で止まる。だが、カードの表面が、突然、黒く腐ったように変色する。*何!?* 高梨が、静かに言う。


「悠真、カードが叫んでる。葵の魂、奈津子の怨念、真犯人の影…全てこの建物に閉じ込められてる。真犯人を見つけなさい。さもないと、桜荘は崩れる」


その瞬間、部屋の隅の古い鏡が、ガタガタと激しく揺れ始めた。誰も触れてねえ。鏡の表面に、女の影が映る。長い髪、血に染まった服。*七年前の葵*。だが、影が分裂する。一つは七年前の葵、もう一つは…*俺の葵*。二つの影が、俺をじっと見つめる。*何!?* 俺の喉が締め付けられ、声が出ねえ。彩花が叫ぶ。「やめて! 来ないで!」 彼女の声が、恐怖で震える。鏡の影が、突然、動き出す。*俺に向かってくる!* 影が、まるで実体を持ったように、俺の目の前まで迫る。*近い…近すぎる!* 俺の身体が、恐怖で凍りつく。


突然、鏡がバリンと爆発し、破片が部屋中に飛び散る。住人たちの悲鳴が響く。破片が、まるで意志を持ったように、空中で回転し、俺たちを切り裂こうとする。*キイイ…* 鋭い音が、頭を劈く。俺は咄嗟に亮太を庇い、床に伏せる。破片が、俺の背中をかすめ、血が滲む。*くそっ…!* 壁が、まるで生き物の口のように裂け、黒い液体が噴き出す。床が、生き物の喉のようにうねり、黒い手のような影が俺の足を掴もうとする。*奈津子…お前だろ!?* 俺は必死に振り払うが、影の手が、まるで鎖のように絡みつく。*離せ!*


ダクトから、奈津子の声が響く。


「悠真…知りすぎた…全員、黙らせてやる…」


*全員!?* 俺の心臓が、恐怖で締め付けられる。突然、床が割れ、黒い影の手が無数に伸びてくる。*何!?* 彩花が叫び、ソファから転げ落ちる。


「やめて! 奈津子さん、来ないで!」


彼女が床に這うが、影の手が彼女の足を掴む。*くそっ!* 俺は彩花に駆け寄り、影の手を引き剥がす。だが、冷たい感触が、俺の手を這う。*見えねえ…だが、確かに触れてる!*


高梨が、静かに新たなカードを引く。「塔」のカード。崩壊と啓示の象徴。彼女が囁く。


「悠真、北村は犯人じゃない。奈津子の怨念が彼を操った。だが、真犯人はこの建物にいる。もう一人の影だ。葵の魂は、真実が暴かれなければ成仏できない。桜荘は、真犯人を見つけなければ崩れるよ」


*もう一人の影?* 俺の頭が、混乱で埋め尽くされる。*北村じゃねえ? 奈津子も死んでる? じゃあ、誰だ!?*


突然、部屋の天井が、*ゴゴゴ…*と崩れるように軋み、黒い雫が血のように滴り落ちる。床が、まるで生き物の口のように開き、俺たちを飲み込もうとする。壁が、まるで怨霊の咆哮のように震え、ひび割れから黒い影が這い出してくる。*何!?* 影が、まるで実体を持ったように、俺たちに迫る。*葵…奈津子…それとも…真犯人?* 俺は叫ぶ。 


「葵! 教えてくれ! 真犯人は誰だ!?」


ダクトから、葵の声が響く。 


「悠真…真実を…つかめ…」


だが、奈津子の声が割り込む。


「悠真…全員…黙らせてやる…」


声が、頭の中で交錯し、俺の視界が歪む。*何だ…この建物は!?* 突然、部屋のドアが、誰も触れてねえのにバンッと開いた。闇の向こうに、北村の影。「…悠真、何を騒いでる?」 あいつの目が、血のように赤く光る。*あの夜の目だ*。だが、高梨の占いが、頭の中で響く。*北村じゃねえ*。俺は拳を握りしめ、叫ぶ。


「北村! お前は操られてただけだろ! 真犯人は誰だ!? 奈津子と一緒に葵を殺したのは誰だ!?」


北村が、ゆっくり微笑む。


「…姉貴は死んだ。だが、確かに、姉貴の声が聞こえる…誰かが…俺を動かしてた…」


*誰か?* 俺の背筋が、凍りつく。突然、床がさらに割れ、黒い影の手が無数に伸びてくる。*くそっ!* 俺は亮太と彩花を庇い、壁に身を寄せる。だが、壁が、まるで生き物の皮膚のようにうねり、俺を押し潰そうとする。*この建物…奈津子の怨念だ!*


亮太が叫ぶ。


「悠真さん、証拠がねえ! 真犯人を見つけないと、葵さんの魂は成仏できない! 桜荘が崩れる!」


俺は北村を睨み、吐き捨てる。


「真犯人、必ず暴く。葵、待ってろ。俺はお前を解放する」


桜荘の「訳あり」の真実は、今、鍵を開けられようとしてる。彩花の証言、高梨の占い、奈津子の怨念。北村は犯人じゃない。真犯人は、別の影。超自然現象が、俺たちを地獄の底に引きずり込む。だが、俺と亮太は、真実をつかむために奔走する。その鍵が解き放つのは、葵の成仏か、それとも桜荘の崩壊と俺の心を飲み込む無限の絶望か――俺には、まだわからねえ。

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