第70話、忘れ物、取りに行ったらなにか出た。5
ここからは昨日と同じく流れ作業。私が疲れ果てるか、猫ちゃんたちが満足するまで、ひたすら続けるだけである。
――二時間後、ガクッと膝をつき、呟く。
「疲れた……そろそろ限界……」
やはり私が先に音を上げた。
これ以上は明日からの授業に影響が出てしまう。切り上げるべく、昨日と同じように手を叩いたところ、猫ちゃんはぴょんと飛んでくる。そして、私の前で伏せると、目をつむり、小さく鳴いた。
「アーッ」
私同様、くたびれたのかもしれない。お疲れの意味を込め、顔を軽くなでてやる。続いて、別れを切り出す。
「今日はおしまい。また近々来るからね」
そう告げた後、胸元で軽く手を振り、帰路についた。道中、袋の中に目を落とし、ほくそ笑みながら呟く。
「今日も大漁大漁っと」
――三日後、またしても大森林へやってきた。
「猫ちゃん元気かな」
見つけて声をかけたものの、様子がおかしい。会った途端、返事をすることなく、ローブの袖を咥え、ぐいぐい引っ張ってくる。
「ちょっと、なに?」
引きずらんばかりの勢いに戸惑いつつも、これはなにかあるのではなかろうかと察し、ひとまずその方向へ足を進めた。並んで歩いていると、徐々に離されていく。
人間と大きな動物。能力に加え、体格差も違いすぎる。早歩きで、負けじと食らいついた。しかし、一向に追いつけない。
猫ちゃんの歩く速度が上がっている模様。しばらくすると、さらに速くなった。こうなると走っても無理。見失う前に、停止させるべく呼びかける。
「ちょっと、速すぎ!」
すると、猫ちゃんは振り向き、戻ってきた。そして、私の前で鳴く。
「アーッ」
理解したのかと思いきや、予想外の行動に出る。ローブのフードを咥えると、勢いよく走り出した。突然の蛮行に思わず叫ぶ。
「ちょっと、私はエサじゃないのよ」
その声を無視するかの如く、猫ちゃんはぐんぐん速度を上げて駆けていく。落下してしまえば、怪我では済まない。両腕をぎゅっと組み、ローブが脱げないようにした。とはいえ、これで全て解決したわけではない。
次なる問題は木々。当たってしまうのではないかという、恐怖心がかき立てられる。さすがにそのようなことはないとは、分かっているものの、万が一にも失敗されると私はぺちゃんこ――
この状態に精神がやられる前に、運命に身を委ね、瞼を閉じた。それでも、風切り音がビュンビュン耳に届くため、慰め程度にしかならない。
ひたすら我慢していたところ、揺れるということもあり、気持ち悪くなってくる。――そろそろ限界に近い。
「うう、ダメだ、吐きそう」
仮面を装着しているゆえ、この状態でぶちまけると、全身まみれてしまう。けれど外そうにも、落ちることが頭をよぎる。手を離せない。
耐えられるよう、祈るような気持ちで願った。
その思いが通じたのであろうか、ざざっという音とともに、揺れる向きが変わる。そして、程なく動きがピタッと収まった。
続いて降るような感覚の後、足の裏になにかが触れる。恐る恐る瞼を開けたところ、見えたのは地面。しかし、立とうにも目が回っていた。踏みとどまれず、ぽてんと尻もちをついてしまう。
「いててっ」
すぐに猫ちゃんは私に顔を近づけると、頭を使って、ぐいっと押してきた。
座っている向きが変わったところ、予想だにしない光景が瞳に映る。小さな猫ちゃんに無数の矢が突き刺さり、全身から血を流していた。
「なにこれ、ひどい……」
気分が悪く立てないため、四つん這いで近づき、状態を確認する。息絶え絶えであり、もはや救いようがないように見えた。絶望感に覆われる中、猫ちゃんが鳴く。
「アーッ」
いつもと変わらぬ声調。とはいえ、私には悲痛のように聞こえる。治療したとて、助かる保証はないものの、救いを求められたからには、このまま放っておくことなど到底できなかった。
魔法で傷が塞がるのは、以前に実証済み。しかし、問題になるのは怪我の数。さっと見ただけでも多すぎる。一日で魔法を放てる限界は、二十五回前後。全て治す前に、先に魔力が尽きてしまうであろう。
――やるしかない。覚悟を決めると、両頬を叩き、気合を入れる。そして、出血の酷い箇所から治療を開始した。
これ以上、血を失わせることを避けるべく、すぐに止められるよう、精霊を顕現させながら矢を引き抜く。
「まずはここから! うわっ」
排除した最中、身体に勢いよく血がかかる。それでも臆することなく、すぐさま魔法を放った。
「単式魔法陣、光」
瞬く間に傷が塞がっていく。
「ふう」
一呼吸入れると、クールダウンの合間に、優先的に治療すべき怪我を探した。
「次はここね……」
――この時間がもどかしい。そう思うものの、焦ったところでどうにかなるわけでもない。はやる気持ちを押さえ、再び魔法を使えるようになるまで、心を落ち着かせる。
そして、抜いては放ち、抜いては放ち、幾度となく繰り返した。
――妙に暗い。
「う、ううん……」
外は闇に包まれていた。限界が訪れて意識を失ったようである。
身体を動かそうにも重い。とはいえ、ここでやめるわけにはいかない。朦朧としつつ、小さな猫ちゃんの状態を確認する。大きい怪我の治療はあらかた終わっていた。
荒いながらも呼吸もしており、まだ死んではいない。この子が生きようとするならば、私も頑張らねばと気力を振り絞り、続きを開始する。
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は十二月九日となっております。
12月1日、こそっとカクヨムコンテスト11向けに執筆した短編を https://ncode.syosetu.com/n4505lk/ 小説家になろうに投稿しました。下ネタですがよろしければ。
カクヨムでも同一名義で連載中。




