第65話、爺様を、助けに向かい死にかける。3
手詰まり感が漂い始めた刹那、男性はふわっと宙に浮き上がり、掌を地面に向けた。その時、ふと顕現させた精霊が目に入る。しかも五体。
「やばっ」
大魔法が放たれると察し、自然と声が漏れた。これは助けるどころの話ではない。逆に急いで逃げないと巻き込まれてしまう。しかし、遅かった。私が立ち上がった瞬間、男性が言葉を発する。
「ほいっと」
すぐさま男性から、波紋のように風の刃が広がった。慌てふためき叫ぶ。
「きたーっ」
私の言葉に遅れて、甲高い断末魔がこだまする。
「キッ、キッ」
もはや避けるしかない。瞬時に軌道を見極めると、タイミングよくブーツの魔石を発動させ、勢いよく真上に飛び上がった。
そこから目にしたのは、魔法で切り刻まれた長い胴体の動物が流す血で、辺り一帯がまだら模様に描かれた光景。一歩間違えれば、同じようになっていたかと想像するだけでぞっとする。
そして地面に降り立った際、異変を感じた。迫りくる影に加え、ギギギギギッと変な音が鳴り響いている。辺りを見回すと、背後から大木がこちらに向かって倒れてきていた。
これまでなんとか切り抜けてきたのに、冗談ではない。しかし、避ける手立てはあったものの間に合わない。
「うわあああっ、潰されるーっ」
叫ぶと同時に頭を押さえてしゃがみ込む。すると、あのしわがれた声が聞こえてきた。
「おや」
直後、ずしんと振動が走る。とはいえ、痛みは感じない。恐る恐る顔を上げたところ、大木は私を押しつぶす手前で止まっていた。
すぐさま脱出しようと試みたものの身体が動かない。どうやら恐怖のあまり腰が抜けたようである。
「すまんね、お嬢ちゃん」
その声に振り向いた途端、ありえない光景を見て目を疑う。あの男性が腕一本で大木を支えていた。馬鹿力で大きなモグラさえ背負って運べるカナでさえ、さすがにこれは無理。とはいえ、助かった。
ここでふと気がつく。充血しているのであろうか、男性の瞳が妙に赤い。そして、ローブがはだけて見えたその身体には片方の腕がない。隻腕であった。なんだか不気味である。
そして、不意に問いかけられた。
「お主、どこかで会ったことがあるかのう」
そう聞かれたものの、意味が分からない。正体を隠している私のどこを見て、そう問うたのであろうか。しかしそれよりも、頭上にある大木が気になって仕方がない。
早くどかしてほしいとはいえ、助けてもらった手前、それを言い出せず――ぽつりと質問に答える。
「い、いえ」
「ふむ……気のせいかのう。よっと」
ズドンという音とともに、大木が除かれた。
助かった。日の光を浴び、生きてることを実感する。ほっとしていたところ、続けて話しかけられた。
「そうそう、お嬢ちゃん、王都はあっちじゃよ」
示した指から伸びている爪が長く鋭い。それを目にして、礼を述べる際、ややどもってしまう。
「あ、ありがとうございます」
「ではの」
男性はそう言い残し、王都の逆側へ歩いて行った。
まだ動けないゆえ、しばらく傍にいてほしかったものの、気が引けて声をかけられない。仕方なく、心細くなりながら足腰に力が戻るのを待つ。
「なんか臭い……服か……」
その間に、やたら匂うし汚い装備類を魔法で綺麗にする。そして、回復した私は急いで王都へ足を進めるのであった。
くたくたで戻ると、受付嬢に報告を済ませるべく、カウンターへ向かう。冒険者証に続き、討伐してきた証である品を置こうとした時、異変に気付く。腰に下げていた袋がない。どこかで落としてしまった。
どこかに引っかかってないかと、ローブの上からポンポン叩いて調べていたところ、受付嬢に声をかけられる。
「どうかなされましたか?」
とはいえ、これを身ぶり手ぶりだけで表現するのは難しい。ひとまず腰付近を指差した後、手を重ねてバツ印を作ってみた。
「うんーと、失くしたんですか?」
正解である。嬉しさと感動のあまり、思わず両腕で丸印を作りそうになった。しかし、首を軽く上下に二回振るにとどめる。
直後、受付嬢は頬に人差し指を当て、首を傾げた。
「んーでしたら……ただ働きですね。ご愁傷様」
そう言って笑みを浮かべる。正論ではあるものの、言葉選びがおかしい。私はやるせない気持ちでいっぱいになってしまう。
ため息をつくと、手続きはありませんと伝えるべく、ペンを持つ仕草をして左右に揺らし、指で小さくバツ印を作った。そして、くるりと踵を返し、出口へ足を進める。
「お疲れさまでした」
受付嬢の返事を耳にして、手を上げ二回振り、冒険者組合を後にした。
開拓特区の門へ向かう乗合馬車に揺られながら大森林での出来事を整理してみる。隻腕なのはともかく、赤い瞳に長く鋭い爪。老人とは思えぬ怪力。いろいろ考えた挙句、ふと思った。
「おじいさんの名前聞いておけばよかったな……」
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は十一月十四日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




