第61話、意味不明、翌日寮から出られない。3
「ノックいたしましたが、返事がなかったので、失礼ながら入室させていただきました」
そう言った後、続けて深々と頭を下げ、大声で謝罪される。
「昨日は、とんだご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした」
そして、その言葉が響いた途端、下の方がざわつき始めた。そっと視線を向けると、上空を見上げる顔がちらほら散見される。
ジュジュの言っていた目に入るとは、どうやらこのことなのかもしれない。玄関の扉の目隠しも、寮内で活動する人への配慮と考えれば、概ね合点がいく。
意識をソウナに戻し、両手を胸の前で小さく振りつつ、控えめな声で応える。
「そんなことないよ。全然気にしないで」
とはいえ、私のとった行動はソウナの瞳には映っていない。ずっと頭を下げ続けたまま。しかしながら、見ているうちに、不憫に思えてきた。
火中の栗を拾いに行ったのは私。怪我をしたのも、運が悪かっただけである。何とかしなければ、そう考え、思い切って尋ねた。
「ねぇ、ちょっと聞いてみたいことあるから座って話さない?」
その刹那、私の言葉を妨害するかの如く、怒声が響く。
「貴様ら、静まれい」
ジュジュである。最悪なタイミングと思いきや、ソウナは顔を上げて、声のする方へ向いていた。魔術科の授業を受講していたため、反応したのであろうか。とはいえ、好機。
「騒がしくなりそうだから中に入ろ。ちょっと肩貸して、ソウナ」
そう言って強引に腕を回して、室内へ誘ったのであった。その後、イスに腰を下ろすと、退散されぬよう、すぐに話を始める。
「えーっとね、公園で話した時から気になってたんだけど……言葉遣い。丁寧すぎない?」
「領主の御令嬢だと知ってしまった以上、以前のような話し方では失礼ではないかと」
しかし、ソウナも製造特区の領主であるイーサンの長女。堅苦しい公の場であるならばともかく、そこまで畏まらなくても、そう思いつつ告げてみる。
「ソウナも領主の娘でしょ? 一緒じゃない」
「実は……勘当されておりまして」
「へー、勘当されたんだー、ってなんで?」
「縁談がうまくいかなかったことに対し、親に見限られました」
「え、縁談?」
「はい」
若干驚いたものの、俄然興味が湧いた。詮索するのはよろしくないとはいえ、やはり尋ねずにはいられない。
「どんな相手だったの?」
「陛下です」
「ヘイカさん? うーん、知らないな……」
「いえ、国王様です」
そう聞いて、少々戸惑い気味に応える。
「えっ、国王?」
「はい」
かなり年上。正確には把握していないものの、二回りは年齢が違うのではなかろうか。さすれば、拒絶するソウナの心情も分からなくもない。それゆえ、同調するべく言葉をかける。
「それは断るよね」
「いえ、その、憧れておりまして……すごくかっこよかったです」
ソウナの考えは私と逆であった。そう言って俯き加減で顔を赤らめている。どうやらまんざらでもなかったらしい。
そうなると、理由を知りたくなるのが世の常。
「じゃ、なんで駄目になったの?」
「あなたはまだ若いから、知見や視野を広げなさいと。家庭に入るのはそれからでも遅くありませんよと仰いました」
それは、縁談を体よく断るための口実に違いないであろう。
ソウナがいくら望もうとも、相手から拒否されてしまえば、成立することはない。親であるイーサンの仕打ちに腹立たしくなり、声を荒げる。
「それで勘当って、ちょっとひどくない?」
「いえ、それまでに十件ほど、私からお断りしておりまして……はい」
「十件もあったの?」
「はい」
半ば呆れながら尋ねた。
「ソウナの親って、なんでそんなに結婚させたがってるわけ?」
「それは分かりかねますが」
ソウナが言葉に詰まる。それを見て、話題を変えるべきではないかという考えが脳裏をよぎった。
しかしながら、自由気ままにさせてくれる私の環境に比べ、あまりにも束縛が強すぎる。同情の念を禁じ得ない。
「なんかいろいろと大変ね、ソウナのとこ。ハクもあんなふうだし。普通、人に向かってあんなの投げないよ」
「以前より、横柄な態度ではありましたが、私が勘当されてから、さらに拍車がかかりまして」
「身体の痣を見た時、びっくりしたもの」
「どうしてそれをご存じなのですか」
驚きの声を上げるソウナに、微笑みながら応える。
「授業で倒れた時に、保健室で付き添ったの」
「そうですか……その節はお手数おかけいたしました」
「しかし、あそこまですることないのにね」
「あれは……その」
唐突にソウナが口ごもる。そのしぐさに、聞き出すべく、すかさず突っ込む。
「隠しごとはなし! はっきり言ってよね」
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次話更新は十月二十五日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




