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私の知らない世界でも、時は刻まれている  作者: カドイチマコト
四章、ごたごた編

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第58話、公園で大立ち回り、足くじく10


「ごめんね、みんなに気を遣わせないよう、おおっぴらにしてないんだ」


 返事をして、ハクを見やったところ、指を差したまま口をパクパクしている。


 ぎょっとして言葉を失ったその様は、まるで食事を求める鯉のよう。餌の代わりに、その辺りに転がっている小石でも放り込みたい気分になる。


 ここで、ソウナが疑問を投げかけてきた。


「しかし、寮にお住まい……ですよね」


 幾分丁寧になった言葉遣いを気にしつつも、普通に返事をする。


「実家の屋敷は教育特区の中にあるからね、入寮の条件は満たしてるの」

「そうなのですね」


 ソウナはその一言を述べた後、沈黙した。すると見計らったかのように、シエンが話を進め始める。


「そういうわけですが、あなたどうします」


 その問いかけに、ハクが応えた。


「ちっ、わかったよ、大人しくしていればいいんだな」

「了承して頂けたようで、何よりです」


 この言葉で全て終わったかと思いきや、シエンはパンと手を叩き、再び口を開く。


「そうそう、一つ忘れておりました」


 手をかざし、精霊を顕現させると、間髪入れずハクに魔法を打ち込んだ。イスより崩れ落ちる姿を見下ろしながら、シエンは言い放つ。


「領主の嫡男風情が、教育特区領主代行の私に不躾な態度を取るなど、万死に値します。本来ならば不敬罪で厳罰に処すところですが……このくらいにしておきましょう」


 間違いなく聞こえていない。しかし、普通はそういうことを先に告げてから、行動するべきであろう。


 そして、こちらに向き直り、私の顔を見つつ、シエンは告げる。


「ちゃんと加減しておりますので」


 そう言って、笑みを浮かべた。全くもって抜かりない。黒服たちの時に尋ねたゆえ、先手を打ってきたようである。


 その後、シエンは視線を逸らし、ソウナへ歩を進めた。目の前に来た途端、片膝をついてしゃがみ込む。


「ソウナさんでしたね。一部始終拝見した上で、憶測を交えて話をさせていただきます。アカリ様は戦闘系の授業を受講されておりませんが、そこそこ腕も立ちますし、身分的にも恵まれておりますので、このような事態になったとしても対処しうります。そしてですね、何かあった場合でも一人で抱え込まず、講師陣にご相談ください。こちらで対処いたします。決して軽んじることはいたしません」


 語り終えた後、シエンは立ち上がり、話を続ける。


「今回の騒動に気がつかなかったことを、学園を預かる者としてここに謝罪いたします」


 そう言って、深々と頭を下げた。すると、ソウナもさっと立ち上がり、深々とお辞儀しながら応える。


「こちらこそ、お手を煩わせてしまい申し訳ございませんでした」


 話は済んだものと思われるものの、二人とも頭を垂れたまま、動かない。重苦しい雰囲気を換えるため、気になっていた点を尋ねるべく声を上げる。


「シエン様、あの四人の生徒たちの処遇は、どうなされるのでしょうか?」


 この言葉で、ようやく二人の姿勢が正された。


「とりあえず、ジュジュさんに預かってもらい、根性を叩き直してもらいましょうか」

「うはーっ」


 授業を受けるにしろ、騎士団でしごかれるにしろ、地獄を見るのは間違いない。


 とはいえ、これで全て片が付いたようである。寮へ戻るべく、私は二人に言葉をかけた。


「終わったようなので、帰りましょうか」


 痛みを押し、ゆっくり立ち上がる体制に入ったところ、不意に呼びかけられる。


「アカリ様」


 次の瞬間、シエンに手を差し伸べられた。歩容や表情から、怪我をしたことを悟られたのかもしれない。そう思いながら手を取ろうとした時、ペシッと叩かれ告げられる。


「手帳」


 思わず聞き返す。


「手帳?」


「午後に受け取りに参りますと、あの時お伝えいたしましたが……記憶にございませんか」

「はああああ、ここに持ってくるわけないでしょ!」

「要領悪いですね、アカリ様」

「要領って、大体ねぇ、座っている人に手を差し伸べたら、普通は立たせるもんよ!」

「まぁ、そうですが……おまけに、怪我もなされているご様子ですしね」

「知ってるならなおさらよ!」

「しかし、私は体力には自信がありませんので」

「立たせるくらいでそんなに体力使わないわよ! 背中に担いで連れて帰ってとか言わないし」

「背負ったら重そうですものね、アカリ様。胸以外は」

「ムギー、小さいこと気にしてるのに! 失礼ね! もういいわよ!」


 憤慨した私は、埒が明かないシエンとの会話を切り上げ、ソウナに声をかけた。


「ごめん、悪いけどちょっと立たせて。ついでに肩を貸してくれる?」

「は、はい。承知いたしました」


 返事をしたソウナは、すぐに私の手を取り、引き寄せて支える。そして、歩を進め始めて間もなく、笑みを浮かべたシエンと視線が交わった。瞬時に目配せしたため、気を落ち着かせ、その意図を読み取るべく、思考を働かせる。


 間違いない。先ほどのやりとりは全部計算済みの演技。一杯食わされた。ソウナの罪悪感を減らすため、自分が拒絶することにより、手助けするよう仕向けたのである。


 熱くなってしまったことに反省しつつ、小さく呟く。


「まったく、ほんと敵わないわ……」

「どうかいたしましたか? アカリさん」

「ううん、ソウナ、なんでもない」

ご拝読ありがとうございます。

次話更新は十月十日となっております。


カクヨムでも同一名義で連載中。

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