第55話、公園で大立ち回り、足くじく7
「ごめんなはい、ひゅるひてください」
さらに意味の分からない言葉を聞き、怒りが爆発する。
「あんた、ふざけてるの!」
そう言うと、生徒は両手を突き出し左右に振り、大きく口を開け、指で中を示した。歯が欠けて、数本無くなっている。
「それで上手く喋れないのね」
私の言葉に大きく頷く。そして、ボソボソと話し出した。
「あの時折れまひた」
「あの時?」
よく見ると廊下でビンタした生徒である。
「知らないわよ! あんたが髪を引っ張ったからでしょう!」
「野蛮でふ」
「うっさい!」
カチンときたため、そう言って胸倉を掴み、すぐさま張り倒す。すると、白目を向き、ふらついた後、どさっと倒れた。
「ったく、癇に障るなぁ」
そう呟いた後、ジンジンと痺れた手を振りつつ、折れた傘をポイっと投げ捨てる。そして、ハクへ視線を向けたところ、その近くで内股でぺたんと座り込み、固まっているソウナが目に留まった。にこっと微笑んでから、元気よく呼びかける。
「すぐ終わらせるから、待っててねー」
すると、ハクの叫ぶ声が響く。
「おい、ぼさっと見てないで、お前らもさっさと行け」
そう言ってけしかけるものの、黒服の男性たちは顔を見合わせ、動かない。しびれを切らしたのであろうか、さらに言葉を続けた。
「お前ら首にするぞ」
その一言に、黒服の一人が前に歩み出ると、すぐに手をかざし、精霊を顕現させる。程なく、うっすら赤く光り始めた。
それを目にして、魔法で相殺するべく迎撃体制を取る。
教科書通りであれば、火系には先ほど生徒が使用した水系が定石。しかし、精霊を所有しているとはいえ、水系は使い慣れていない。あえて風系で対処しようと試みる。
「単式魔法陣、炎」
迫りくる火球に慌てることなく、冷静に狙いを定め、即座に放つ。
「単式魔法陣、風」
風切り音を立てて飛んでいった魔法弾は、寸分違わず命中する。そして、火球を取り込み、勢いを失うことなく、そのまま飛んでいった。
どうやら、私の威力が勝ったようである。
その後、黒服の横をかすめ、背後にあった馬車に激突した。すると、けたたましい嘶きとともに火の手が上がる。それを見て、思わず声が出た。
「あっ、これはまずいかも……」
キラキラしているとはいえ、馬車は主に木材で作られている。このまま見ぬふりをしてしまうと、燃え尽きそうであった。車室はどうでもいいものの、繋がれているお馬さんは逃げられない。
可哀想ゆえ、ひとまず指摘する。
「ねぇ、ちょっと、あんたたち、後ろ大惨事よ」
「あぁん」
怪訝な声を発したハクが振り返り、直後に叫ぶ。
「お、俺の馬車が。お前ら、早く消せ」
「は、はい」
返事をした黒服たちが水魔法を放ち、消火し始めた。
率直に言って、ここで仕掛ければ楽勝。とはいえ、先ほど放った魔法の威力から実力を推し量るに、そのようなことをせずとも、容易であろうと静観する。
しかしながら、火の勢いは一向に衰えない。しびれを切らし、怒鳴った。
「もう、遅いわね! いつまでやってんのよ!」
そして、左手に顕現させた精霊に全力で魔力を込め、馬車の上空へ魔法を放つ。
「単式魔法陣、水」
大きな水の塊が飛び出し、遅いながらも放物線を描き、火元へ向かう。すると、不意に感嘆の声が上がる。
「おおっ」
無駄に疲れた。成り行きを見守ったところ、見事に命中し、バシャンと水しぶきを上げる。火が収まったのを見て、誇らしげに告げた。
「私にかかればこんなものね!」
上手くいったと思ったのも束の間、ボキッという音の後、ギイイッと響かせながら、馬車が傾く。どうやら、魔法の勢いで車軸が折れたらしい。全く、豪華なくせに、ひ弱な馬車である。
「まぁ、火が消えたから良いよね……」
そう話しかけると、ハクが口を開く。
「良くねえよ、俺、どうやって帰るんだよ」
そう聞いて、失態を誤魔化すように、恩着せがましく語りかけた。
「どっちにしろ、燃えたら乗れないでしょ! 助ける義理もないのに手を貸してあげたんだから、あんた少しは感謝しなさいよ!」
「あーあ、やっぱこいつ鬱陶しい。お前ら、さっさとあいつ始末しろ」
ハクがそう言ったところ、先ほど魔法を放った黒服が、腰のあたりからなにやら取り出し、こちらに投げつけてきた。空中をクルクル回りつつ、私の頭上を越えていく。
「ん? 棒?」
落下したものを確認するため、振り返る。そして歩み寄り、腰を屈めて拾おうとした時、タッタッタッタッタッと迫りくる足音が耳に届いた。
姿勢を正し、音のする方へ視線をやる。気を取られた隙に、黒服がこちらに向かって走ってきていた。とはいえ、まだまだ距離はある。落ち着き払い、魔法で対処しようと手をかざした。
その最中、黒服が叫ぶ。
「今だ、やれ」
警戒感を抱き、急いで周囲を確認する。ハクの近くにいるもう一人の黒服は動いていない。そうなると、先ほど倒した四人の生徒。再び振り返り、見やったところ、全員地面に横たわっていた。
間違いなく私の気を逸らすための虚言。こいつはなかなかの策士である。
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は九月二十五日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




