第53話、公園で大立ち回り、足くじく5
その後、姿勢を正して間もなく、シエンは告げる。
「では、アカリ様、そろそろ、おいとまさせていただきます」
そう言い残し、玄関へ歩いて行ったかと思いきや、突如立ち止まったシエンは、背を向けたまま話しかけてきた。
「そうそう、言い忘れておりました。水曜日の午後、その手帳を受け取りにまいりますので。それともう一つ、以前にも申し上げましたが」
一呼吸置いたことで、嫌な予感が頭をかすめる。
「あまりシドウ様にご心配をおかけする行動は、慎まれませ」
そう告げられてドキッとした。どうやら、ソウナに加え、私の外出記録まで閲覧したらしい。
この状況は、流石に予期しておらず、困惑しながらも、ひとまず反省の意を示す素振りを見せ、やり過ごすことにした。
「肝に銘じます」
しかし言い終わった後、その言葉とは裏腹に、大きなお世話とばかりにペロッと舌を出し、開き直る。
再び歩き出したシエンは、一礼して警備室の前を通過した。すると直後、ドンッという派手な音とともに、妙な声が耳に届く。
「いつっ」
そっと近づき、覗きこんだところ、女性警備員が下を向き、頭を押さえている。先ほどの場所からは確認できなかったものの、どうやらシエンを目にして焦り、礼をした時、前面の分厚いガラスに打ちつけたらしい。
じっと様子を伺い、目が合った瞬間、私は静かに微笑む。焦る女性警備員をよそに、急いで部屋に戻り、手帳と向き合うのであった。
「よし、頑張るぞ!」
気合を入れた後、最初に授業に出席している時間を除外することから始める。すると、ソウナはほとんど外出せず、寮にいることが分かった。
こうなると、絞り込みは簡単である。すぐに定期的に外出している曜日を見つけて、思わず呟く。
「水曜日の午後に、手帳を受け取るって、そういうことか……」
来たる水曜日。ミナと昼食を取り、部屋へ戻ると、支度を整える。
依頼をこなす時のような動きやすい服を着て、ガントレットとブーツを装備した後、目立たぬよう手袋を嵌め、それを隠す。そして、自室の窓から寮の玄関を監視し、ソウナが現れるのをじっと待った。
午後二時頃、外出する姿を目撃した私は、日傘を手に取り、つばの広い帽子を被って、そっと尾行する。歩くこと十数分、ソウナは住宅地に囲まれた大きな公園に入っていく。
周囲を警戒しつつ道を逸れ、気づかれぬよう急いで回り込む。すると、キラキラと輝く馬車を背に、イスに腰かける偉そうな男性が目に留まった。授業の時にティーカップを投げつけたハクである。
ほぼ確信していたものの、やはり元凶はこいつであった。
「しかし、前にも見たけど、悪趣味ね……」
木の陰でぼそっと呟く。続けて、周囲にいる人たちを数えた。近くに護衛と思われる黒服の男性が二人、前に学生服を着た男性が四人おり、そいつらは竹刀を手に持っている。
「七人か……まぁ、何とかなるよね。午後に手帳返すし。ふふふ」
不謹慎ながら結末を想像し、楽しくなってきた。そうこうしているうちに、ようやくソウナがハクたちの前に現れる。
「やっときたか、遅いんだよ」
そう叫び、ハクは竹刀を地面に投げつけた。
「さてと、そろそろ私の出番かな……」
今後の展開に備えるため、ソウナの元へゆっくり足を進める。
「さぁ、始めるぞ。拾え」
ハクが告げた瞬間、私は間髪入れず声をかけた。
「あら、ソウナさん。奇遇ですね」
その後、よく顔が見えるように、開いた日傘を肩に担ぎ、被っていたつばの広い帽子を少し持ち上げる。不意に、ハクが口を開く。
「なんだこいつ、ダサい色のブーツを履きやがって」
全く関係のないお気に入りをけなされ、カチンとした私は、イライラして不機嫌になり、口調が荒くなってしまう。
「あんた、この色の良さが分からないの?」
そう言ったところ、生徒の一人から、言葉が飛んできた。
「お前、ハク様に向かって、あんたとはなんだ」
「馬鹿だからあんたで十分よ!」
売り言葉に買い言葉で応戦する。ここで、ようやく私のことを知っている生徒が声を上げた。
「あっ、こいつあの時の……名前はありませんですよ」
「しょーだ、俺にビンタひたやすだ」
「暴力女か」
「やべー女じゃん」
幾許か、おかしな発言が気になるものの、あながち間違いではない。そして生徒たちに続き、ハクも気怠そうに言い放つ。
「あー、あいつか。すっかり忘れてたわ。飛んで火にいるなんとやら。おいお前ら、やっちまえ」
その言葉を合図に、そいつらは私に襲いかかってきた。次の瞬間、ソウナはハクに駆け寄り、両手で胸倉をつかみながら叫ぶ。
「それでは約束が違う」
「俺は言ったよな? 学園では、だろ?」
そう言い終わると、勢いよくソウナを突き飛ばした。地面に叩きつけられた姿を目にして、反射的に怒鳴る。
「ちょっと! 乱暴なことしないでよね」
そして、ソウナは倒れ込んだ状態から、こちらを見て声を上げた。
「早く逃げて!」
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は九月十五日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




