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私の知らない世界でも、時は刻まれている  作者: カドイチマコト
三章、外出編

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第44話、山がある、煙突もある像も……あれ?9

 そう言って、差し出されたものに思わず目を見開く。皿の上に置かれていたのは、眼球であった。中にある身が出てくるのかと思いきや、予想外の変わり種。


 自分で自分の首を絞めてしまった流れに後悔しつつ、救いを求めるようにイツキの方へ顔を向ける。しかし、視線は交わったものの、すぐにそらされた。


 この様子から、イツキは食したことがないと確信する。次は、モグラのお肉の味を知っていたラクノの反応も確認してみたい。


 とはいえ、よくよく考えてみると、好意で私に勧められたものを、右から左へ他人に横流しするわけにもいかない。


 とりあえず受け取り、フォークで突っつく。弾力があり、うまく刺せそうな気がしない。強引にやれば、その拍子にすべり、どこかへ飛んでいきそうである。


 黒目の部分を凝視しながら悩み、固まっていた私に、おじさんが声をかけてきた。


「ああ、初めてだったね。その周りの、プルルンとしたところを食べるんだよ」


 それなら最初から分離して持ってきてもらえれば、そう一瞬告げたくなったものの、言葉を飲み込む。


「そうなのですね。ありがとうございます」


 礼を述べ、眼球を取り外す。なくなってしまえば、前菜に出てくる煮こごりのような感じであった。とはいえ、最初の印象が悪すぎる。


 抵抗を感じつつも、食べやすいように切断した後、目を瞑り、恐る恐る口に運ぶ。食べた瞬間、スッと溶け、凝縮された旨味が広がった。


「え、なにこれ、すごい……」


 思わず声が出てしまう。こんなにおいしいとは、正に目からウロコである。感激していると、おじさんに話しかけられた。


「どうだい、うまいだろ」

「はい」


 そう応え、再び手を伸ばす。一口、また一口と食べ進める内に、最後の一切れになってしまった。


 それを口に入れる寸前、不意にごくんという音が耳に届く。ちらっと視線をやったところ、こちらを見ているイツキとラクノに目が合った。


 二人とも食べたいのかもしれない。そう考えが浮かんだものの、分け与えようにも、これしか残っておらず、時すでに遅し。しかし、一人だけで食してしまった手前、非常にバツが悪い。


 突き刺すような視線から逃れるようにゆっくり顔を戻した後、この気まずい空気を打ち破ろうと試み、わざとらしく咳払いする。そして、頃合いを見計らい、パクっと口に入れ、残りを始末した。


 程なく食事を取り終えた私たちは、一休みした後、見学と採掘体験するべく、鉱山へ向かう準備に取りかかる。


 用意されていた保護帽を被り、前掛けを着け、手袋を嵌めると、手押し車に人数分のつるはしと大きなスコップを手分けして放り込んだ。


 準備を終え、建物の扉を開けた瞬間、予想だにしない絶景に、思わず声が漏れる。


「うわーっ」


 見晴らしがよく、心地よい爽やかな風が吹いていた。来た時は朝早く、暗かったこともあり、よく見えず分からなかったものの、ここはかなり標高が高そうである。


 景色を眺めるべく、端にある柵まで足を進め、目をやったところ、飛び込んできたのは、眼下のあちらこちらに煙突から煙が立ち上る街並み。


 奥の方には広大な農園が広がり、その向こうには地平線も見えた。続いて目を凝らし、出発地点の王都を探してみる。距離がありすぎなのか、所在は確認できず、影すら見当たらなかった。


 しかしながら、ずいぶん遠くまで来たものである。しみじみ感慨に浸っていると、声をかけられた。


「アカリさん。いきますよ」

「あっ、失礼しました」


 そう言って、みんながいる場所まで駆け寄る。その後、手押し車を押しているカナを先頭に、イツキとラクノが横に並んで続き、私が最後方で鉱山へ向かって歩き始めた。


 建物の裏手に出た時、どーんとそびえ立つ、見事な岩山が目に留まる。そして、中腹まで続く、結構な距離の坂道が、行く手を阻むように待ち受けていた。


 カナはともかく、残り二人が上り切れるのか、やや不安になる。案の定、進むにつれ、イツキの足取りがおぼつかなくなり、足並みが乱れてきた。


 念のため、転んだ時に支えられるように後ろに立ち、気を配る。さらに歩を進めていく内に、イツキの姿勢が次第に前のめりになり、やがて止まってしまう。


「大丈夫ですか?」


 横に立ち、イツキに言葉をかけると、怪しげな回答が返ってきた。


「なん、とか」


 流暢な語り口は消え失せており、呼吸も荒く、乱れている。どう見ても大丈夫ではない。その状態にうろたえていたところ、カナの言葉が耳に届いた。


「入る?」


 聞いた瞬間は意味が分からなかったものの、手押し車を示す指を見て理解した。気になることといえば、そこには荷物が積んである。果たして人が乗る場所があるのか、やや疑問を抱いてしまう。


 しかし、イツキの返答は予想を覆すものであった。


「また?」


 どうやら以前にも、あれに乗った感じである。


「しんどいんでしょ?」


 そう告げるカナに、イツキは応えた。


「まあ、でも、前みたいにカナちゃん飛ばすでしょ? 正直怖いんだよね」

「しないよ。うんとね、あの時はイツキ君と二人だけだったから、早く着こうと思っただけ」

「そう? それなら」


 そう言って、イツキは手押し車に入り込み、ちょこんと座った。


 手押し車を押すカナの姿は、街中で時々見かける小さな子供を乗せた乳母車のようである。とはいえ、体格差から大人が乗って子供が押すように見え、違和感がありまくりの光景であった。


 しかしながら、改めてカナの身体能力には驚愕を覚える。道具一式に加え、人間一人を乗せ、平然と動かしていた。しかも、ここは上り坂である。

ご拝読ありがとうございます。

次話更新は八月一日となっております。


カクヨムでも同一名義で連載中。

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