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私の知らない世界でも、時は刻まれている  作者: カドイチマコト
三章、外出編

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第42話、山がある、煙突もある像も……あれ?7

 その言葉で一気に現実に引き戻される。そう、あれは食材であった。生きていれば逃がしてあげたいと思うものの、ぴくりとも動かない。息絶えているようである。


「おいしいよ。爪も革も丈夫だから素材になるし」


 カナがそう告げたところ、ラクノも同調した。


「イツキさん、意外といけますよ」

「だよね」


 そう言ったカナは、笑顔でラクノを見た。


「でもなぁ……」


 イツキがそう口を開くと、カナは告げる。


「ねぇ、好き嫌いすると、大きくなれないよ?」


 そう言った後、建物へ歩いて行った。とはいえ、言葉とは裏腹に、カナは道中にトマトを拒否している。そして、自身の身長が低すぎるため、そう言われたとて、説得力は皆無であった。


「あれ?」


 カナは大きな扉を開こうと、取っ手に手をかけようとしたものの、頭に乗せていたモグラの顔が先に当たり、届かない。その光景に、我がふり直せと噴き出しそうになる。


「うーっ、邪魔!」


 そう叫ぶや否や、モグラを地面に放り投げた。そして、手が届くようになったカナは、大きな扉を勢いよく開き、大声で叫ぶ。しかしながら、食材と言っている割に、扱いがなっていない。


「たっだいまーっ」


 カナのその言葉に、私は思わず口を開く。


「えっ、ただいま?」

「うん。ここ、カナのおうち」


 しばらくして、奥からガタイのよいおじさんが出てきた。禿げ上がった頭に、白い口髭を蓄えており、やや怖そうである。


「おお、カナ、今日はどうしたんだい?」


 ふと疑問が湧く。会話の内容が腑に落ちない。ここに来る連絡を、事前にしていない様子を感じ、少し不安になった。


「とうちゃん、授業だよ」

「そうかい、みんなよく来たね」


 その返事を聞き、杞憂に終わったことを知る。どうやら、カナが突然やってくるのは、毎度のことなのかもしれない。


「少しの間、お世話になります」


 そう話しかけ、軽く頭を下げると、おじさんはにかっと微笑み、応えた。


「遠慮しなくていいからね」

「ありがとうございます」


 礼を述べた後、次の指示を求めるため、カナに視線を送って合図をした。しかし、意図に気づかないようである。目は口ほどに物を言うのは、人を選ぶのだと痛感した。


 代わりにイツキに顔を向け、力を借りることにする。カナに成り代わり道中の見事な差配していたこともあり、すぐに私の意図を察してくれた。


「カナちゃん、この後の予定は?」

「お昼ご飯食べたら、鉱山へ行きますよ。それまでは自由です」


 街並みを見学したい気持ちはあるものの、いかんせん眠い。


「私、ほとんど寝られなかったので休みます」

「それなら、二階の部屋で少し眠るといいよ。好きなとこを使いなさい」

「うんうん」


 おじさんとカナの言葉を聞き、礼を述べる。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 二階に上がり、部屋に入ると、すぐにベッドに横たわった。




「アカリさん、起きていますか。そろそろお昼にしましょう」


 ドアを叩く音に加え、イツキの呼びかけで目を覚ます。伸びをして、窓に目を向けたところ、日は高く昇っていた。泥のように眠っていたようである。


「はい、今行きます」


 返事をして、ベッドから出ると、二人一緒に一階へ足を運ぶ。そこからイツキに案内され、向かった場所は離れであった。


 建物へ足を踏み入れた瞬間、テーブルの上に口の開いた大きな魚の頭がドーンと鎮座しており、目を疑う。寝ぼけた上での幻ではない。ぎょっとしつつも、私は歩を進め、空いている席に腰を下ろした。


 ここで、ふと気がつく。カナが見当たらない。いくら身長が低かろうと、イスに座った状態から、テーブルより顔が出ないわけはない。疑問に思った私は、隣のイツキに尋ねる。


「あれ? 先生は?」

「庭でさっきのモグラを焼いてるよ」


 イツキはそう言って、指を差す。目をやると、濛々と煙が上がる中、カナは懸命に手を動かしていた。


「カナちゃんもこっち来て一緒に食べようよ」


 イツキが問いかけたところ、カナはチラッとこちらに視線を向ける。しかし、すぐに顔を戻した。あの反応を見る限り、間違いなく拗ねている。


 私が離れに来るまでのやりとりは分からないものの、考えられる理由としては、昼食の献立に乗らなかったという可能性が一番高い。これまた厄介な立ち居振る舞いを目にし、私は辟易してしまう。


 とはいえ、ここでふと思い出す。モグラを捕らえた時のカナの喜びようったらなかった。今の行動から、あれは皆においしいものを味わってもらいたい。褒められたい気持ちの表れのような気がする。


 あの愛くるしい姿を思い出すと、正直食す気は起らない。しかし、誰も相手にせず、哀れに感じたため、覚悟を決めて歩み寄り、声をかけた。


「先生、それ、おいしそうですね。少し頂いても?」


 その言葉でパーッと花が咲くかの如く、笑顔になる。予想通りであった。


「たくさん食べてね」


 そう言ったカナは、すぐに皿に盛りつけ、私に手渡す。受け取ったものの、モグラのお肉を目の前にすると、やはり手をつけることに躊躇してしまう。


 立ち上る湯気の向こうのカナは、私が食するのを今か今かと待ち構えるように身体を左右に揺らしていた。それを目にして覚悟を決め、思い切って口に運ぶ。味わい深く、脂も乗っており、想像していた味とは違った。思わず声が出る。


「あ、おいしい」

ご拝読ありがとうございます。

次話更新は七月二十二日となっております。


カクヨムでも同一名義で連載中。

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