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私の知らない世界でも、時は刻まれている  作者: カドイチマコト
三章、外出編

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第41話、山がある、煙突もある像も……あれ?6


「今日はいい仕事したな。ちょっと休むね」


 そう告げたカナは横になる。しかし、私はモグラが気になり、寝られる気がしない。せめて空腹感を抑えようと、食事を取るべくカナに尋ねた。


「先生、私の夕食は?」

「ん? あ、ごめん、ペチャンコ」

「ペチャンコ?」


 むくっと起き上がったカナは、モグラに向かって指を差す。早い話、下敷きということである。もはや、言葉にならない。


 しばらくして、カナは寝てしまった。荷台の大部分をカナとモグラに占拠されてしまったため、私は片隅で壁にもたれ、小さくなりながら座る。そして、不安と空腹感に耐えつつ、時を過ごした。


 夜が明け始めた頃、やや身体を持っていかれるような感覚に襲われる。おもむろに外へ目を向けると、ここから見える空の範囲が狭くなっていた。どうやら、斜面を上っているようである。続いて、両側に家らしき建物が見え始めた。


 丸一日かかったものの、ようやく西の鉱山の麓に着いたようである。


 しかし、この状態は辛いため、少し横になりたくなってきた。とはいえ、場所はない。立っていた方が楽かもしれないと思い、身を起こした時、モグラの後ろに若干隙間があることに、ふと気がつく。


 少し動かせれば、横になれる空間が作れるような気がした。手で直接触れるのは抵抗があるゆえ、思案した結果、靴の裏を使い、足をくいっと伸ばして、押し出すことにする。


 壁を背につけたまま、ゆっくり足に力を籠めると、モグラは滑っていく。想像以上に楽勝であったものの、ここで問題が発生した。


 傾斜であるがゆえ、馬車が進むたびに発生する振動で、少しずつモグラがずり下がっていく。そして、あおりは閉じられておらず。このままでは荷台から落下するのも時間の問題である。


 焦りつつ、小さく呟く。


「どうしよう……」


 寝起きが悪いとイツキに聞いていたとはいえ、やむを得ず、寝ているカナを起こすことにした。


「先生、起きて」


 耳元で話すものの、カナは反応しない。戸惑いながら、さらに大きな声で呼びかける。


「先生、大変です」


 その言葉も空しく、モグラはずり落ちてしまった。ドサッという音を聞き、頭を抱える。遠ざかっていく姿を見送りつつ、ため息をつき、消え入りそうな声で嘆く。


「あーあ、モグラ落ちちゃった……」


 この一言に、ガバッとカナは起き上がった。


「えーっ、また落ちたの?」


 そう言って馬車を飛び降りた後、モグラに向かって颯爽と駆けていく。それを目にして、ふと思う。


 今の声量で耳に届くのであれば、先ほどまでの呼びかけは、間違いなく聞こえているはずである。腑に落ちない。


 さらに、先ほどの発言を思い出し、呟く。


「また?」


 この言葉が、すごく引っかかった。額面通りに受け取ると、何回か同じことをしているということである。なんと学習能力のない先生であろうか。


 呆れかえっていたところ、遠くから声が響いてくる。


「待ってええええええ」


 目を向けると、モグラを引きずり、坂道をものともせず、カナがグイグイ駆け上がってきた。


「うわ、凄っ!」


 人間離れした運動能力に、驚きを隠せない。とはいえ、やはり馬車の速度には敵うはずもなく、次第に遠ざかる。それを横目に見ながら、ふと悩む。


 御者に声をかければ、馬車は止まってくれるであろう。しかし、呼びかけを無視した結果、こうなったのである。


「うん、あれは空耳だ」


 罰ということで、カナの叫びに気がつかぬふりをして、横になった。




 しばらくして、大きな建物の前で馬車が止まる。すぐに小さな窓が開き、御者に声をかけられた。


「到着いたしました」


 言葉を聞き、ゆっくり起き上がる。そして立ち上がり、礼を述べた。


「ありがとうございました」


 軽く頭を下げて、あおりまで足を進める。すると、二人はすでに外で立っていた。顔を合わせた瞬間、イツキに問いかけられる。


「遅かったね。なにかあったの?」


 カナがモグラを捕らえる際、馬車が止まったことに気づいていなかったらしい。


「ちょっと食材の調達で……」

「食材?」


 イツキはそう言った後、確認するかのように荷台を覗き込んだ。


「あれ? カナちゃんと踏み台は?」


 その言葉を聞き、私は振り返って中を確認する。そこにあったのは、カナのハンマーと、圧壊された箱のみであった。どうやら、踏み台はモグラと一緒に落ちてしまったようである。とはいえ、不確実なことには答えられない。


「先生は飛び降りていなくなりました」


 この件のみ伝えた。すると、イツキに尋ねられる。


「どういうこと?」

「言葉通りですけど」


 話を進めていたところ、あの掛け声が響いてきた。


「よいしょ、よいしょ」


 カナである。程なく朝日に照らされながら、上下に揺れるモグラの顔が見えてきた。


「なにあれ?」


 イツキの問いに即答する。


「たぶん先生です」

「いやいやいやいや、そうじゃなくて……」


 焦って語りかけるイツキとは打って変わって、私は淡々と答えた。


「調達した食材です」

「あれが?」


 数分後、全貌が明らかになる。カナは頭の上にモグラの顔を乗せ、両腕をがっちりと掴むように持ち、背負うように運んでいた。


 不覚にも、あのような上着があれば、かわいいかもしれないと思ってしまう。そして、カナが到着し、モグラの手と一緒に両手を突き上げ、雄叫びを上げた。


「やっと着いたーっ」


 その姿があまりにも可愛らしく、脳内で声が変換されてしまう。


「キュッキュキュッキュー」


 乙女心にも火がついたのであろうか、ますます欲しくなってくる。しかし、ここで水を差すかの如く、イツキが問いかけた。


「これ、食えんの?」

ご拝読ありがとうございます。

次話更新は七月十七日となっております。


カクヨムでも同一名義で連載中。

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