第41話、山がある、煙突もある像も……あれ?6
「今日はいい仕事したな。ちょっと休むね」
そう告げたカナは横になる。しかし、私はモグラが気になり、寝られる気がしない。せめて空腹感を抑えようと、食事を取るべくカナに尋ねた。
「先生、私の夕食は?」
「ん? あ、ごめん、ペチャンコ」
「ペチャンコ?」
むくっと起き上がったカナは、モグラに向かって指を差す。早い話、下敷きということである。もはや、言葉にならない。
しばらくして、カナは寝てしまった。荷台の大部分をカナとモグラに占拠されてしまったため、私は片隅で壁にもたれ、小さくなりながら座る。そして、不安と空腹感に耐えつつ、時を過ごした。
夜が明け始めた頃、やや身体を持っていかれるような感覚に襲われる。おもむろに外へ目を向けると、ここから見える空の範囲が狭くなっていた。どうやら、斜面を上っているようである。続いて、両側に家らしき建物が見え始めた。
丸一日かかったものの、ようやく西の鉱山の麓に着いたようである。
しかし、この状態は辛いため、少し横になりたくなってきた。とはいえ、場所はない。立っていた方が楽かもしれないと思い、身を起こした時、モグラの後ろに若干隙間があることに、ふと気がつく。
少し動かせれば、横になれる空間が作れるような気がした。手で直接触れるのは抵抗があるゆえ、思案した結果、靴の裏を使い、足をくいっと伸ばして、押し出すことにする。
壁を背につけたまま、ゆっくり足に力を籠めると、モグラは滑っていく。想像以上に楽勝であったものの、ここで問題が発生した。
傾斜であるがゆえ、馬車が進むたびに発生する振動で、少しずつモグラがずり下がっていく。そして、あおりは閉じられておらず。このままでは荷台から落下するのも時間の問題である。
焦りつつ、小さく呟く。
「どうしよう……」
寝起きが悪いとイツキに聞いていたとはいえ、やむを得ず、寝ているカナを起こすことにした。
「先生、起きて」
耳元で話すものの、カナは反応しない。戸惑いながら、さらに大きな声で呼びかける。
「先生、大変です」
その言葉も空しく、モグラはずり落ちてしまった。ドサッという音を聞き、頭を抱える。遠ざかっていく姿を見送りつつ、ため息をつき、消え入りそうな声で嘆く。
「あーあ、モグラ落ちちゃった……」
この一言に、ガバッとカナは起き上がった。
「えーっ、また落ちたの?」
そう言って馬車を飛び降りた後、モグラに向かって颯爽と駆けていく。それを目にして、ふと思う。
今の声量で耳に届くのであれば、先ほどまでの呼びかけは、間違いなく聞こえているはずである。腑に落ちない。
さらに、先ほどの発言を思い出し、呟く。
「また?」
この言葉が、すごく引っかかった。額面通りに受け取ると、何回か同じことをしているということである。なんと学習能力のない先生であろうか。
呆れかえっていたところ、遠くから声が響いてくる。
「待ってええええええ」
目を向けると、モグラを引きずり、坂道をものともせず、カナがグイグイ駆け上がってきた。
「うわ、凄っ!」
人間離れした運動能力に、驚きを隠せない。とはいえ、やはり馬車の速度には敵うはずもなく、次第に遠ざかる。それを横目に見ながら、ふと悩む。
御者に声をかければ、馬車は止まってくれるであろう。しかし、呼びかけを無視した結果、こうなったのである。
「うん、あれは空耳だ」
罰ということで、カナの叫びに気がつかぬふりをして、横になった。
しばらくして、大きな建物の前で馬車が止まる。すぐに小さな窓が開き、御者に声をかけられた。
「到着いたしました」
言葉を聞き、ゆっくり起き上がる。そして立ち上がり、礼を述べた。
「ありがとうございました」
軽く頭を下げて、あおりまで足を進める。すると、二人はすでに外で立っていた。顔を合わせた瞬間、イツキに問いかけられる。
「遅かったね。なにかあったの?」
カナがモグラを捕らえる際、馬車が止まったことに気づいていなかったらしい。
「ちょっと食材の調達で……」
「食材?」
イツキはそう言った後、確認するかのように荷台を覗き込んだ。
「あれ? カナちゃんと踏み台は?」
その言葉を聞き、私は振り返って中を確認する。そこにあったのは、カナのハンマーと、圧壊された箱のみであった。どうやら、踏み台はモグラと一緒に落ちてしまったようである。とはいえ、不確実なことには答えられない。
「先生は飛び降りていなくなりました」
この件のみ伝えた。すると、イツキに尋ねられる。
「どういうこと?」
「言葉通りですけど」
話を進めていたところ、あの掛け声が響いてきた。
「よいしょ、よいしょ」
カナである。程なく朝日に照らされながら、上下に揺れるモグラの顔が見えてきた。
「なにあれ?」
イツキの問いに即答する。
「たぶん先生です」
「いやいやいやいや、そうじゃなくて……」
焦って語りかけるイツキとは打って変わって、私は淡々と答えた。
「調達した食材です」
「あれが?」
数分後、全貌が明らかになる。カナは頭の上にモグラの顔を乗せ、両腕をがっちりと掴むように持ち、背負うように運んでいた。
不覚にも、あのような上着があれば、かわいいかもしれないと思ってしまう。そして、カナが到着し、モグラの手と一緒に両手を突き上げ、雄叫びを上げた。
「やっと着いたーっ」
その姿があまりにも可愛らしく、脳内で声が変換されてしまう。
「キュッキュキュッキュー」
乙女心にも火がついたのであろうか、ますます欲しくなってくる。しかし、ここで水を差すかの如く、イツキが問いかけた。
「これ、食えんの?」
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は七月十七日となっております。
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