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私の知らない世界でも、時は刻まれている  作者: カドイチマコト
三章、外出編

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第40話、山がある、煙突もある像も……あれ?5


「ねぇ、ごはん」


 不意に声が聞こえ、気になり瞼を開く。声のする方へ顔を向けると、両手を床につき正座したカナが話しかけていた。


「ねぇ、ごはん」


 再びそう聞いて、ゆっくりと体を起こし、私は返事をする。


「先生、さっき食べましたよね?」


 そう言い終わった後、どこからか、別の声が聞こえてきた。


「アカリさん、夕食に行きませんか?」


 目をこすりつつ、視線をやる。あおりが開けられ、イツキとラクノが立っていた。すっかり暗くなってしまった外の様子を目にして、呟く。


「あれ……寝てたのか……」


 どうやら、睡魔には勝てなかったようである。


「ん?」


 そして次の瞬間、二人の方に足が向いていたことに気づいた。慌てて隠すようにスカートを両手で押さえながら、床にぺたんと座り込む。


「はしたない姿をお見せしてしまい……」


 そう告げたところ、イツキは両手を頭の後ろで組み、口を開いた。


「いやー、興味はあるけど、ここからではその辺りは真っ暗でほとんど見えないんだよね」


 ラクノが続けて言葉を発する。


「そうですね、残念ながら見えません」


 二人の言葉に顔が熱くなるのを感じながらも、心の中で安堵した。


「よかった……」


 応えた直後、カナが信じられない行動に出る。


「大袈裟だよ、見せて減るもんじゃないし、スパッツも履いてるよね?」


 そう言って、私のスカートを指でつまむ。中を確認しようとする様子を察知し、阻止するべく押さえていた手に力を込め、左手で引っ叩く。


「ちょっと! やめてください!」


 眠かったこともあり、口調が荒くなったものの、カナは意に介さず、誤魔化すかのように軽く笑い声を上げた。


「えへへ」


 そのあるまじき態度に憤りを感じる。しかも道中はずっと爆睡し、職務怠慢であった。相手は講師とはいえ、ここは一つ、説教でもしてやろうかという思いが頭をよぎる。


 しかし、先週の授業のように拗ねてしまうと、宥めるのも煩わしい。考えを巡らせていたところ、眠気が勝り、めんどくさくなってきた。さらに、動きたくないという気持ちも高まる。その結果、提案は断ることにした。


「イツキさん、今回はちょっとご遠慮させていただきます」

「後でお腹がすくといけないから、持ち帰りしておくよ。好きな時に食べて」


 その優しさに感謝しつつ、礼を述べる。


「ありがとうございます」


 三人が食事に行った後、失態を繰り返さぬよう姿勢を変え、足を横の壁に向けた。




 不意に肩を突かれる感触を覚え、ゆっくり瞼を開ける。


「ねぇ、ごはん」


 またこのフレーズが耳に届いてきた。ぼんやりしたまま振り向くと、しゃがみ込んだカナが目に映る。


「なんですか?」


 そう問いかけた私に、カナは効果音とともに両手で箱を差し出した。


「ジャジャーン」


 ほのかに立ち昇る湯気で食事と気づく。音もせず、揺れてもいないため、馬車は止まっている。どうやら食事を終え、戻ってすぐ声をかけられた模様であった。


 寝かせろ。そう思いながらため息をつき、言葉を返す。


「置いておいていただけますか?」

「でも、冷めるよ?」


 それが気になるなら、一緒に食べに行っている。


「大丈夫です」


 そう応えた後、姿勢を戻し、瞼を閉じた。程なくして、ドタン、ドタンとなにか響いてくる。


「もう、今度はなに?」


 音のする方へ視線をやったところ、開け放たれたあおり付近に腰を下ろし、リズムよくメトロノームのように、左右に揺れているカナの後ろ姿が目に留まった。


 あの状況から察するに、バタバタしている足があおりにぶつかり、音が鳴っている模様である。ここまでの度重なる行動に、後ろから押したい衝動に駆られてしまう。しかし、実行してしまうとさすがにまずい。口頭で注意を促す。


「先生、うるさいですよ」


 この一言で、カナの動きも止まり、音も止む。


「ほんと、いい加減にしてよね……」


 小さく呟き、再び瞼を閉じた瞬間、叫び声が轟いた。


「いた!ちょっと止まってーーーーーっ」


 言葉に驚き、飛び起きる。その拍子に、前方の座席らしき板に頭をぶつけた。


「痛っ!」


 頭をさすり、カナに目をやると、立ち上がり、大きなハンマーを担いでいる。そして、馬車が止まった瞬間、カナは荷台から飛び降りた。何事かと私も立ち上がり、後を追うようにあおり間際に歩み寄り、視線を向ける。


 一目散に走っているカナ。その先に、地面より突き出て動く大きな物体があった。しかし、ここからでは正体が分からない。月明かりがあるとはいえ、外は暗く、距離も遠いためである。


「なんだろう、あれ……」


 途中で大きなハンマーを構え、駆け寄ったカナは、振り上げるように一気に叩きつけた。


「キュッ」


 短い悲鳴にドスンと鈍い音が聞こえた後、それは宙に舞う。続いて、落下した大きな物体に近づき、そのまま馬車まで引きずってきた。


「いっしっし、ごちそう手に入れたよ」


 手にしていたのは大きなモグラであった。ピクピク痙攣しているものの、愛くるしい姿に思わず尋ねる。


「それ、食べれるんですか」


 問いかけに、カナはうれしそうに答えた。


「おいしいよ、爪も革も丈夫だから素材になるし」


 そう言い、ひょいとこちらに放り投げる。


「きゃっ」


 押し潰されそうになった私は、小さく声を上げながら、慌てて奥へ逃げた。

ご拝読ありがとうございます。

次話更新は七月十二日となっております。


カクヨムでも同一名義で連載中。

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