第39話、山がある、煙突もある像も……あれ?4
「食事か……」
太陽の位置から察するに、お昼をかなり過ぎている模様である。しかし、パンを食べ過ぎたのであろうか、あまりお腹は空いていなかった。とはいえ、農業地帯でどのような食べものが提供されるのか、少々気になる。
考えている最中、あおりが開かれ、とっさに言葉が出た。
「とりあえず、先生を起こさなきゃ」
「あー、カナちゃんは起こさなくていいよ」
イツキの冷たい一言に軽く戸惑いつつも、口を開く。
「でも……」
私が応えたところ、間髪入れず、イツキが話を続ける。
「寝起き悪いし、猫舌だから、熱いの食べれないんだ。持ち帰りにするから、寝かせておいて」
「そうなんだ」
理由を聞き、納得した。それにしても、イツキはカナのことをよく知っており、感心してしまう。
「じゃ、行こうか」
「はい」
荷台から降り立ち、建物へ足を進める。混雑する時間を過ぎているためなのか、貸し切り状態であった。席につくと、イツキは指を三本立て、叫ぶ。
「三人前おねがいします。あと、持ち帰りも」
「はいよ!」
威勢の良い声が聞こえ、しばらくしてこんがり焼けた丸くて平らな食べ物が運ばれてきた。
「お待ち!」
「いい匂い。いただきます」
切り分けて口に入れると、外はパリッと香ばしく、中はふわっとしており、食が進む。
「これ、おいしいですね」
「細かく切ったじゃがいもを焼いたものだよ」
「じゃがいも……」
そう聞いて今朝の言葉を思い出し、手が止まる。
「どうかした?」
「だからおならなんですか?」
私の放った一言に、イツキは噴き出す。
「いやいや、これは関係ないよ。あれは和ませようとしただけだって」
焦っているイツキの様子が面白かったのか、ラクノは下を向き、徐々に身体を震わせていった。どうやら、笑いを堪えているようである。
「ちょ、なに笑ってんの」
気づいたイツキがそう言った後、ラクノの腰付近を指でぐいぐい突っつく。すると反応するかの如く、そのままの姿勢から、無言でラクノの片手がゆっくり上がった。どうやら降参の合図らしい。
手を止めたイツキが話を続ける。
「ほんと失敗したわ。出発する前の雰囲気がもう少しよかったら、あんなこと口走らなかったのに」
そう聞いて、ちょっとイツキを和ませるネタを思いつく。
「そういうことなら、私、あの時、へーって言えばよかったですね」
この一撃でラクノが壊れた。
「うはははは、屁って」
なにはともあれ、雰囲気がよくなり、以降の行動がしやすくなったことは間違いない。心の中でイツキに感謝しつつ、食事を終える。
そして馬車は、再び鉱山へ向かって走り出す。
しばらく景色を眺めていたものの、畑が広がる変化のない風景には、さすがに飽きてきた。前方の板に座り、本を開く。目を落としていたところ、寝ていたカナがむくっと起き上がった。
「ふわーっ、お腹空いた……」
その言葉を聞き、話しかける。
「パン、食べます? 他にじゃがいもを焼いたのもありますよ」
「食べる」
カナはぶっきらぼうに言い放った。
先生なのだから、もう少し言葉遣いを考えてくれないかな。そう思いながら、本を置く。そして、それらの食べ物を手に歩み寄り、そっと手渡した。カナは受け取ると、すぐに口に運び、短く雄叫びを上げる。
「おいひぃ」
その後、黙々と食べ進める姿を見て、ずっと気になっていたことを思い出し、尋ねてみた。
「先生は魔法使えないのですか?」
「ふふひへ」
口に食べ物が入った状態で答えられたため、聞き取りにくい。すかさず苦言を呈す。
「口の中を空にして話してください」
「どうして?」
この返答ではどちらに疑問を持っているのか把握できない。要領を得ない回答にもやっとしつつ、勝手に解釈して話を進める。
「いえ、眠っている間、精霊さんを見かけなかったもので」
「起きたら、いつもくるくる回ってて気持ち悪かったから、あげたよ」
「えっ、あげたんですか!」
「うん」
精霊を他人に譲れるということは、奪うこともできるはず。疑っていたわけではないものの、セイジが言っていたことが正しいと、図らずも証明されてしまった。
呆気に取られ、言葉を失っていたところ、カナは告げる。
「だって、別にいなくなっても困らないよ」
私にとって精霊は非常に大切な存在であった。そのため困惑を隠せず、あやふやな返答になってしまう。
「そう……なんだ……」
しかしながら、全くつかみどころのない先生である。カナは手渡した食べ物をぺろりと完食し、ごろんと横になった。
「お腹いっぱいになったから、もうひと眠りするね」
寝過ぎというよりも、胃酸が逆流するため身体に悪い。とはいえ、指摘したところで聞き入れるはずもなく。ため息混じりで応える。
「はぁ……」
寝てしまったカナを横目で見ながら、食べ物が入っていた容器を片付け、読書の続きをしようと本を開く。しかし、時間が経つにつれ、少しずつ明るさが減り、文字が見にくくなってきた。
ふと顔を上げ、外に目をやる。すると、だいぶ日が落ち、夕暮れの色に染まっていた。さらに読み進めていたところ、集中力が途切れたのであろうか、睡魔に襲われる。
「今日は朝早かったからな……」
赤いトランクケースに本をしまい、代わりに大きなバスタオルを取り出す。そして、服が汚れぬよう下に敷き、床に横になった。
「うわっ、ガチガチ……これでよく先生は寝られるな……」
布団類がないため、冒険者組合にある二階の宿のベッドより、間違いなく硬い。
瞼を閉じ、しばし考える。出発から半日ほど経過したものの、未だに至る兆しすら見えず。いつになれば西の鉱山へ辿り着くのであろうか。
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は七月七日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




