第38話、山がある、煙突もある像も……あれ?3
「ほんと、大きな建物だな……」
外された馬がそこに引かれていくのを目にして、中の様子に興味が湧く。入口に歩み寄り、中を覗き込むと、そこには無数の馬房が並んでいた。これだけ馬がいれば、匂わないはずはないと納得しつつ、さらに足を進める。
「これ、何頭いるんだろう……」
暇つぶしに数えようとしたところ、声をかけられた。
「お嬢さん、危ないから入らないで。噛まれるから」
「ごめんなさい」
馬って噛むんだ、そう思いつつ、即座に深く頭を下げる。そして、急いで入口付近に戻り、そこで作業を見学することにした。
あちらこちらで手押し車で藁を運んだり、ほうきで掃除したり、ブラシで毛並みを整えたり、機敏に動く人々の姿が多数見える。
中に入っていった馬に目をやると、ちょうど空いている馬房に入れられている最中であった。続いて、隣の馬房にいた馬が代わりに連れてくるのを目撃し、そろそろ戻ろうという考えが頭に浮かぶ。
踵を返し、足を進め、馬車へ到着した時、どこからか声が聞こえてくる。
「おぉ、ラクノではないか」
通りかかった馬車から、おじさんが生徒に話しかけていた。
「おっちゃん、久しぶり」
「ええ服着て、どこか行くんか?」
「授業で鉱山だよ」
「おおーええな、そうだ、今朝取れたこれもってけや」
そう言い、おじさんは後ろを振り返り、荷台をごそごそする。程なくして、籠が手渡された。それを受け取り、中を覗いたラクノが告げる。
「トマトか、うまそうだね。おっちゃんありがとう」
「いいってことよ。またな、元気でやれや」
おじさんはそう言い残し、馬車はゆっくりと走り去っていく。
「ん」
その直後、ラクノから短い一言とともに、トマトを持った手が差し出された。先ほどの饒舌な語り口とは打って変わり、寡黙である。シャイなのかなと思いつつ、礼を述べた。
「ありがとうございます」
すぐに表面を手で拭き、かじりつく。
「んー」
ほんのり酸味が効き、さっぱりとしておいしい。思わず感嘆の声を上げてしまう。ゆっくりと味わっていたところ、うめくような言葉が耳に届く。
「うーん、くちゃい、くちゃいです」
荷台に目を向けると、カナが起き上がり、愚痴っている。一人だけ除け者にするのも不味いゆえ、勧めてみた。
「おはようございます。先生もいかがですか?」
反対側の手に持っていたトマトを掲げて見せる。すると、即座に返事が返ってきた。
「うー、トマトきらいです」
だから、身長伸びないんじゃないのかな、と思ってみたりする。
カナはぶつぶつ言いながら再び横になった。また眠ってしまったようである。寝る子は育つとは聞くものの、やや疑問に思えてきた。
ここでふと、取り置きしてあるパンも嫌いと言われたらどうしようと考えてしまう。とはいえ、これで大切なことを思い出した。
「あ、そうだ!」
さっと荷台に飛び乗り、前方に駆け寄ると、置いていたお弁当を手に取り、舞い戻る、そして、トマトを分けてくれたお礼として、ラクノに両手で手渡す。
「美味しいパンです。後でお二人でどうぞ」
微笑みながら告げたところ、ラクノは顔を背け、消え入りそうな声で返事をした。
「あ、ありがとう」
ラクノが軽く頭を下げ、それを受け取った後、私は対照的に元気に応える。
「どういたしまして」
会話が途切れた瞬間、イツキから質問が飛んできた。
「アカリさんって運動神経いいね。なにか運動やってるの? 力も強そうだし」
「力ですか?」
「ほら、一撃で」
イツキよ、それには触れてくれるな。と思いつつ、返事を考える。
依頼をこなす上で支障をきたさぬよう、多少鍛えたりはしたものの、さすがに冒険者やってますとは言えない。無難にこう答えた。
「特になにもしていませんが……」
とはいえ、発言するまで若干間が空いてしまったため、額面通りには受け取ってもらえなかったようである。
「ふーん、そうなんだ」
そう答えたイツキは、顎に手を当て、なにか言いたげな様子に見えた。ちょっと失敗したかもしれない。しかし、運よくここで御者から声がかかる。
「そろそろ出発いたします」
「わかりました」
大きな声で返事をした後、イツキに告げた。
「さあ、待たせると悪いので急ぎましょう」
強引に会話を終わらせ、足早に馬車へ向かう。そして荷台に乗り込み、踏み台をしまおうとしたところ、イツキから声をかけられた。
「あっ、閉めるよ」
「ありがとうございます」
あおりを閉め、二人は前方へ歩いて行く。そして姿が消えて間もなく、馬車は動き出した。
そこからさらに三時間ほど走り、また建物の前で馬車が止まる。御者の発言に注目していると、反対側から声が聞こえた。
「アカリさん、お昼にしましょう」
振り返ると、二人が知らぬ間に、馬車の外に立っていた。
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は七月二日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




