第37話、山がある、煙突もある像も……あれ?2
「出発いたします」
御者のその声と共に馬車は、ゆっくりと動き出す。
柱に掴まり立っていたものの、揺れ出して不安定なため、まずは腰を下ろせる場所を探すべく荷台の中を見回してみる。すると、前方に板を横に渡した座席らしきものがあった。とはいえ、そこは暗すぎて視界が悪い。馬車酔いしそうな気がする。
とりあえず行き過ぎる景色でも眺めよう。そう考え、あおり付近にハンカチを敷き、そこに座ることにした。正門を通過し、外周にある道を通り、遠ざかっていく学園。それを目にして思わず呟く。
「行ってきます」
それから十分ほど揺られ、見慣れた門をくぐった。どうやら、農業特区へ入ったようである。
この特区は、王都の食糧を一手に引き受けている台所ということもあり、まだ早い時間だというのに、行き交う人も多く、既に活動を始めていた。進むにつれ、馬車の往来も次第に増え始める。
さらに一時間ほど進み、区の中心部にある中央市場を通過した時、荷を積む人々の姿が数多く見られた。
「早くからありがたいな……」
この人たちのおかげで食事を取れるのだと、感謝しつつ馬車は過ぎ去る。
その後も次々とすれ違う馬車を見送りながら順調に進んでいく。そして、日が高くなってきた頃、門らしき場所を通過した。しばらくして、壁というより柵が眼前に広がり、確信する。
「農業地帯に入った!」
しかし、前方を見ることはできず。どのような風景が待ち受けているのか、ここからでは知る由もない。とはいえ、門の状況を見る限り、ここは安全そうであった。大森林のある東に比べ、王国騎士団員の影も見えず、警備が緩いためである。
愛読書の「わが国の成り立ち」によれば、三方が海に面しており、安全を確保しやすいという理由から、二十年ほど前に大森林のある東側の外壁を建築した後、生息していた魔物をことごとく討伐し、開拓したと記されていた。
この広大な農地のおかげで、安全かつ安定的に食糧を得られるようになった王都に人々は集まり、大陸有数の人口を誇る都市に発展したとされる。
遠ざかるにつれ、農園が辺り一面に広がり、のどかな風景となっていく。しかしながら、ずっと三角座りをして眺めていた結果、あちこち痛くなってきた。
体勢を変えるべく、前方にあった板に座るため、立ち上がる。ついでにそこで朝食を取ることにした。腰を下ろした後、お弁当の包みを開き、蓋を開ける。
「ん? なんだろう」
そこには、変わった色のパンが並んでいた。
「いただきます」
小さく呟くと、緑色のやつを一つ手に取り、口に運ぶ。砕いた木の実を練り込んで焼き上げており、食感がよい。続いて、オレンジ色のパンを試してみる。こちらは果物の角切りを使用しているらしく、甘酸っぱさが口に広がり、食が進む。
「んー、おいしい」
全て平らげてしまいそうな勢いになったものの、寝ているカナが目に留まり、手が止まった。この様子を見る限り、朝食はとっていないであろうと思われる。そして、他の馬車に乗っている二人の生徒もその可能性は否定できない。
「料理人のおじさん、ごちそうさまでした」
カナが食べる分を袋に取り分け、蓋を閉じ、食事を終える。お腹も一杯になり満足した私は、暇つぶしを兼ね、板を支えに軽く運動することにした。
「まずは腕立てからと」
ゆっくり時間をかけ、三十回ほど繰り返した後、直立姿勢から膝を曲げ伸ばしして、足を鍛える。そんなことをしていたところ、馬の鳴き声がかすかに響いてきた。運動を中断し、外を見られる後方へ移動する。
とはいえ、風景に変化はない。しかし、進むにつれ、鼻を突くにおいが風に乗り、漂ってきた。この先に見える景色に期待しつつ、待ち焦がれていると、しばらくして左側に木製の壁が現れる。
「なんだろう、これ。大きいな……」
眺めながら考えていたところ、馬車が停車した。
次の瞬間、後ろからカタっという音が聞こえて、気になり振り返る。すると、小さな窓から顔を出す御者が目に留まった。
「馬を交換いたします。しばらくお待ちください」
あんなところに窓あったんだと思いつつ、軽く頭を下げ、向き直る。そこにイツキが歩いてきた。
「ちょっと時間かかるから、降りる?」
そう提案を受け、即答する。
「はい、降ります」
そう言うと、乗った時と同じようにあおりが開けられ、踏み台が下ろされた。その後、イツキから手を差し伸べられる。
「アカリさん、どうぞ」
またもや見事な振る舞いであった。
「ありがとうございます」
感謝しながら礼を述べ、手を取り、地面を踏みしめる。とはいえ、今朝の言葉遣いと格差が気になった。しかし、ここに丁度いいネタがあったため、一計を案じてみることにする。
「なんか、くさいですね」
「馬糞のにおいだね。俺はあまり気にならないけど」
前振りしたものの、返ってきたのはごく普通の答えであった。ますます分からなくなってしまった私は、目をつむり、両手を頭の上で組み、呟く。
「そっちかぁ……」
「ん、どうかした?」
胸の前で両手を小さく振り、答える。
「いえいえ、なんでもありません」
とはいえ、考えたところで解決する話でもない。そのうち分かるであろうと諦め、時間が来るまで周囲を散策することにした。
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は六月二十七日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




