第36話、山がある、煙突もある像も……あれ?1
「う~ん」
ふっかふかのベッドからゆっくりと起き上がり、大きく伸びをする。
寝惚け眼を擦りつつ、大きな置時計に目をやり、時刻を確認したところ、午前五時。昨日、気が高ぶってすぐに眠れなかったものの、無事に起きられたようである。
「精霊さん、おはよう。楽しみだね」
いつものように、身体の周りをゆっくりと飛び回っている精霊たちに声をかけ、差し出した掌に消えていく姿を見届けると、パジャマから学生服に着替えた。そして、前日に用意していた荷物の入った赤いトランクケースを手に持ち、みんなを起こさぬよう、音を立てず静かに部屋を後にする。
ひとまず食堂へ足を運び、お願いしていた道中で食するお弁当を受け取り、続いて警備室に立ち寄った。
「魔導鍛冶科の授業で外泊します」
「了解しました」
そう告げた女性警備員に、軽くお辞儀をして、学園に向かう。
グラウンドに着いたところ、三台の馬車が停車していた。飾り気のない質素な荷台の馬車が二台。そして、もう一台は豪華な客車がついた馬車。
「これで行くのかな……」
近づいた後、そこにいた御者に軽くお辞儀をし、歩きながら外観を見て回る。
質素な方は、普段利用しているような全体が木で作られた客車とは違い、土台以外は布で作られており、窓もない。
豪華な方は、入学試験の時に見たあのキラキラと輝く大きな馬車には劣るものの、立派であった。
まじまじと眺めていると、客車のドアが開き、声をかけられる。
「あっ、おはよう」
「お、おはようございます、イツキさん」
まさか中にいるとは思わず、急に呼びかけられたゆえに、少し焦ってしまう。
「では、おぼっちゃま。お気をつけて」
「ああ」
その声の後、豪華な客車がついた馬車は走り去ってしまった。ということは、西の鉱山までの足は質素な馬車になる。少し落胆していたところ、イツキに話しかけられた。
「家から歩いてきたの?」
「いえ、寮に入居しています」
「あれ、貴族じゃなかったっけ?」
「一応貴族ですけど……」
「あー」
言葉を濁したイツキは頭を掻き、顔を背けて沈黙する。なんとなく表情が変わった感じがしたため、気になった私は尋ねてみた。
「どうかしましたか?」
イツキは少し唸り、ゆっくりと口を開く。
「まぁ、学園に近い方が、通学に便利だよね」
「そうですね」
違和感を覚えつつも、波風を立てぬよう、穏やかに答えた。その直後、イツキは私の身体を避けるように首を傾け、声を上げる。
「おう、おはよう」
振り返った私の目に映ったのは、荷物を持って歩く男子生徒。教室で質問していた人であった。男性が軽く頭を下げる姿を見て、私もすぐにお辞儀を返す。
「これで全員揃ったね」
イツキの言葉を聞き、私は問いかける。
「あれ、先生は?」
「ん? あそこ」
親指を立て、荷台を指しながらイツキは腕を振る。それを見て歩み寄り、覗き込むと、なんとそこで眠っていた。
「ええっ」
もはやどっちが先生か分からないくらいである。困惑していたところ、思わぬ呼び方をされた。
「じゃ、ビンタの人は……」
さすがにそれは勘弁してほしい。すぐさま冷静に諭す。
「すみません、アカリです」
「ごめんごめん。アカリさんはカナちゃんと乗って、君は俺と一緒にこっち」
「わかりました」
返事をして指示に従い、馬車へ向かおうとした時、驚愕の一言を耳にする。
「これで、みんな気兼ねなくおならをこけるってもんだ」
その言葉に思わず足が止まり、どう反応すれば分からず固まった。
「失敬、今のは例えとして、長時間馬車に乗るから気を遣わずに済むってこと」
冷たい空気を感じたのか、イツキは打ち消すように訂正する。馬車のレベルから割と裕福そうなのに品がない。そう思いながらも、私は軽く頭を下げ、礼を述べた。
「ご配慮ありがとうございます」
しかし、この面子で四日間過ごせるのか、やや不安にはなる。暗い気分であおりに手をかけ、荷台によじ登ろうとした時、イツキが叫んだ。
「ああ、ちょっと待って」
今度は何だ。また変なことを口走るのかと思いきや、あおりを開けて中にあった踏み台を手に持ち、地面に置いた。
「これで乗りやすくなった。気をつけてね」
先ほどの失点を取り戻すかの如く、見事な振る舞いに感謝しつつ、礼を述べる。
「あ、ありがとうございます」
私が乗り込むと、イツキは踏み台を戻し、あおりを閉めた。
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は六月二十二日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




