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私の知らない世界でも、時は刻まれている  作者: カドイチマコト
二章、授業編

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第27話、大変だ、貴族はびこるゆとり校、9


「う~ん」


 ふっかふかのベッドからゆっくりと起き上がり、大きく伸びをする。しかし、昨日の出来事で悩み、なんだか気持ちがスッキリしない。身体の周りをゆっくりと飛び回っている精霊たちも、安定せず上下に動き、困惑しているように見えた。


「精霊さん、おはよう……どうしようかな……」


 手の中に精霊たちが姿を消した後、大きな置時計に目をやる。時刻は午前七時であった。


 少し早く目が覚めてしまったようである。とはいえ、二度寝する気も起きず、気分転換にシャワーを浴びることにした。お湯に打たれ、落ちる水滴の音を聞きながら、ぼんやり呟く。


「何かお腹が空いた……」


 そういえば、昨日は夕食を食べていなかった。食堂へ行こうと、浴室を出て身体を拭き、学生服に着替える。そして、髪をとかしていた時、大事なことを思い出した。


「あっ、ミナのこと忘れてた……」


 慌てて身支度を整え、自室を飛び出し、ミナの部屋を訪れ、ドアをノックする。


「ミナ、生きてる?」

「おはよう、アカリ」


 ミナがドアから姿を出す前に、目を瞑って、顔の前で両手を合わせ、すかさず謝罪した。


「ごめん、昨日忙しくて、晩ごはん持っていくの、すっかり忘れてた」

「あれから、あのメイドさんがお世話してくれたから、大丈夫だったよ」


 片目をゆっくり開け、表情を確認する。ミナは笑顔で立っており、怒ってはいなかった。安心しつつ尋ねる。


「足はもう痛くない?」

「ちょっと痛いけど、もう平気だよ」

「じゃあ、朝ご飯食べに行こっか?」

「うん、行く行く」


 返事を聞き、一緒に食堂へ向かう。階段を下りる様子を横で見て、もう大丈夫そうだと判断した。そして、一緒に食事を取り終え、部屋へ戻る際、ミナに尋ねる。


「今日、どうする?」

「午前中にもう一度マッサージを受けるから、ごめんね」

「ううん、分かった。私、授業に行ってくるね」


 ミナと別れた後、自室に戻り、支度を整える。


 水曜日の一限は精霊育成科であった。学園に到着し、教室に立ち入ると、私を含めて四人の生徒がいた。軽く会釈をして席につき、授業の開始を待っていたところ始業の鐘が鳴る。そこに、青白い顔の細身で不健康そうな男性が教室に入ってきた。


「講師のセイジです」


 教壇に立ち、自己紹介をする姿を見て心配になる。身体が左右にゆらゆら揺れており、すぐにでも倒れてしまいそうな気がした。


「ここは精霊を捕えたり、育てる方法を伝授する教科です。魔法の種類は……、精霊を介して行使できる力は……」


 そして、話が途切れがち。何を言っているのか全く理解できない。


「水・火・風・雷・土……」


 程なく頭がガクンガクンと動き出し、教壇に頭をぶつけそうな勢いとなる。その後、とうとう突っ伏してしまった。


「ぐーぐー」


 心配して慌てて駆け寄る。すると寝ていた。とはいえ、授業を開始してから、まだ時間はほとんどたっていない。


 しばらく様子を見ていた他の三人の生徒は、ぶつぶつ言いながら、一人、また一人と退席し、私だけになってしまった。気になる点があったので、少し待ってみる。しかし、起きる気配は一向にない。


「うーん」


 悩んだ末、諦めて寮へ戻ろうと席から立ち上がり、近くにあった上着をセイジにそっとかけ、ドアへと向かった。


 背後に光源を感じ、振り返ったところ、数え切れないほどの大きさの異なる精霊が、セイジの身体の周囲を飛び交っている。


「うわー、きれい」


 静かに呟き、そっと掌を差し出すと、精霊はゆっくり私に近づき、その上で停止した。


「あなたのご主人様は、お疲れのようね」


 そう語りかけて、しばらく眺める。その後、静かに教室を出て、寮へと戻った。


 続いて、午後一時半開始の二限は、医療健康科である。昼食を終え、一時過ぎにミナと一緒に寮を後にし、教室へ向かう。そこに坊主頭の男性が一人いた。しかし、ここまで髪が短い人も珍しい。そんなことを思っていると、ミナが呟く。


「髪の毛、短いね」

「ちょっと……」


 ミナに肘で軽く突っ込みながら、軽く会釈をし、席につく。程なく始業の鐘が鳴り、入学式で見たオールバックの男性が、白衣に身を包んで現れた。


「講師のシュニンです。新入生のお二方、よろしくお願いします」


 そう言って、丁寧に頭を下げた後、話を続ける。


「医療健康科というのは、病気や怪我の状態を把握し、適切な処置を判断するための知識を学ぶ学科です。人々にとって、非常に重要な役割を担っています」


 言い終わったところで、シュニンは坊主頭の男性に顔を向け、こう告げた。


「ヤク君は去年も聞いた話になりますが、復習のつもりで、もう一度聞いておいてください」


 男性が頷くと、シュニンは教科書を手に取った。


「では、始めます」


 そう言った後、ページを開き、淡々と読みながら説明し続ける。その声だけが教室に響く中、この学園に来て初めてまともな授業だと、私は感動していた。休憩を挟んでからもそれは続き、やがて終業の鐘が鳴る。


「今日は、ここまでとしましょう」


 その言葉を聞き、帰るべく席を立ち、ミナと一緒にドアへ向かった。次の瞬間、シュニンに呼び止められる。


「少しよろしいでしょうか?」


 そう言われたため、ミナを教室の外に残し、話を聞くことにした。


「シドウ様から、くれぐれもよろしく頼むと仰せつかっております。何か困ったことがあれば、遠慮なくご相談ください」


 その言葉に、貴族育成科の出来事が頭に浮かぶ。しかし、平手打ちしてしまった手前、相談しにくい。それに加え、ミナを待たせており、時間をかけたくなかった。


「分かりました。ありがとうございます」


 切り上げるためそう告げ、微笑んだ後、軽く頭を下げる。そして、教室の外へ足を進め、ミナに声をかけた。


「おまたせ、帰ろっか」

「うんうん」


 廊下を並んで歩いていた時、ミナに尋ねられた。


「何の話だったの、アカリ?」


 予想外の質問で、言葉に詰まる。


 孤児院より引き取られた先の事を知っているのは、おそらく園長のアスナのみ。生い立ちは他の人に一切話をしていない。里親が見つかるだけでも奇跡に近いはずである。それゆえ、領主の娘になったと知られれば、周囲がどう反応するか想像もつかない。


「うーんとね……」


 どのようにはぐらかそうか、悩んでいる私に、ミナが謝罪した。


「変なこと聞いちゃったね。ごめん、アカリ」

「ううん、そんなことないよ」


 話を逸らすため、何かないかと考えた結果、思わず口走る。


「よーし、ミナ、寮まで競争しよ!」


 そう言って、廊下を駆け出す。


「えーっ、待って、アカリーっ」


 こうして、三日目の授業が終わった。

ご拝読ありがとうございます。

次話更新は五月十六日となっております。


カクヨムでも同一名義で連載中。

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