第26話、大変だ、貴族はびこるゆとり校、8
「そんな……困ります……」
メイドがそう告げながら、目に少しずつ涙を溜めていく。その姿を見て、乗り気ではないものの、しぶしぶイスから立ち上がる。
「困らせちゃってごめんなさい」
そう言い残し、歩いて新入生たちが並んでいる最後尾に向かう。しかし足取りは重かった。列の前にいたのはソウナで、後ろには誰もおらず、私が一番最後である。
新入生たちが一人、また一人と、次々に挨拶を終えていく中、ソウナまで順番が回ってきた。次は自分の番である。憂鬱な気分で教壇へと足を進めるソウナの姿をぼんやりと見つめていたところ、突然、罵声が聞こえた。
「引っ込め! クソ女」
生徒の一人が立ち上がり、教壇の前に立ったソウナに何かを投げつけた。そしてガチャンという音とともに、ソウナがうずくまる。それを目にしてとっさに駆け寄ると、床に赤い点々が多数見えた。
「えっ、血? これ使って」
頭を押さえ、しゃがみ込むソウナに、そう言って慌ててハンカチを差し出す。
「ありがとうございます。あれは私の兄で、製造特区領主の息子です。関わるとあなたに迷惑がかかります。放っておいてください」
そう私に告げたソウナは、身を起こし生徒たちに頭を下げた後、教室を飛び出すように退出した。即座に生徒たちの笑い声が巻き起こる。
非常に気分が悪い。理解できないこの状況に、苛立ちを感じながら立ち上がった。
「あの子、誰?」
「うおおおぉ」
なぜか歓声が聞こえる。うるさい、鬱陶しい。もはや、我慢の限界である。この不快な空間から、一秒でも早く抜け出したい。
「私はあなたたちにお教えする名前を、あいにく持ち合わせておりません。これにて失礼させていただきます」
そう口にした後、片足を斜め後ろの内側に引き、反対の足の膝を軽く曲げ、両手でスカートの裾をつまみ持ち上げる。程なく、教室は静まり返った。
「では、ごきげんよう」
ぼそっと呟き、教室を出て、廊下を歩き始めると、すぐさま一人の生徒が私を追い越し、立ち塞がる。
「おい、おまえ。ハク様がお呼びだ。戻ってこい」
無視して生徒を避け、足を進めたところ、髪の毛を引っ張られた。
「痛っ、このっ」
この行動により怒りが爆発した私は、振り向きざまに頬を目がけ、渾身の力で平手打ちをする。強烈な音が廊下に響いた瞬間、その生徒は白目を向き、腕の力が抜けて膝から崩れ落ちた。
その姿を見下ろしながら髪をかき上げ、低い声で語りかける。
「無礼ですよ? あなた」
追加で蹴り上げてやろうと思ったものの、ふと視線を上げると、教室の窓から成り行きを見ていた他の生徒たちと目が合う。
「まぁいいか……」
少し気が晴れた私は、その生徒たちに微笑んだ後、ゆっくり振り返り、ジンジン痛む手をさすりながら寮へ戻った。
こうして、二日目の授業が終わった。
「やっちゃったあああああ」
自室のベッドで、ごろごろ転がりながら反省する。
「でも、あの状況ならしょうがないよね。女の子の髪の毛を引っ張るとか最低だし、首を痛める可能性だってあるわけだし、教室に連れ戻されたら何されるか分からないし……」
動きを止め、自己弁護するように語りつつ状況を思い出し、再びごろごろと転がり始める。
「でも叩いちゃったから停学とかあるかも、あああああ、シエン様に何言われるか……」
そんなことをしていると、部屋のドアをノックされた気がした。
「はい」
起き上がって返事する。しかし反応はない。
不審に思い、ドアに歩み寄り開けてみたところ、頭に包帯を巻いた痛々しい姿のソウナが立っていた。
「これ。ありがとう」
手に持っていたハンカチを、私に差し出す。
「頭の怪我、大丈夫?」
その問いかけに、言葉なくソウナは頷く。
自分にしか使ったことないゆえ、効果があるか分からない。とはいえ、あれを試してみることにした。
「早く治るおまじないしてあげる。少し目を閉じてて」
遠慮するソウナの目を右手で覆い、半ば強引に閉じさせる。そして、怪我をしている頭付近に左手をかざし、白い精霊を顕現させた後、聞こえないくらい小さな声で唱えた。
「精霊さんお願い。単式魔法陣、光」
精霊が光り輝き、辺りを一瞬、優しく照らす。
「はい、終わり。何かあったら相談してね。力になるから」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておきます」
そう言い深々と礼をしたソウナは、部屋へと戻っていった。
色々ありすぎて食事も取る気が起きず、今日のことを考えながらベッドに横になる。すると、いつしか眠りに落ちていた。
ご拝読ありがとうございます。
次話更新は五月十三日となっております。
カクヨムでも同一名義で連載中。




